《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

 ぎこちない沈黙を振り払うように、麻里奈はビールのグラスを持ち上げた。
 
「さ、桜井さんも、飲みましょ!
 せっかくの飲み会ですし……ね?」
 
 声が、ほんの少し上ずっている。
 笑顔を作っているはずなのに、胸の奥は苦しかった。
 
 光輝の言葉も。
 大和の、探るような視線も。
 どちらもあまりにまっすぐで、逃げ場がなかった。
 
 だから、ただ――グラスを口に運んだ。
 
 泡の弾ける音が、何かを誤魔化すように喉を抜けていく。
 苦いはずのビールが、なぜかやけに飲みやすかった。
 
 気づけば、テーブルの上には空いたジョッキがいくつも並んでいる。
 
 胸の奥に沈む、光輝の低い声。
 ちらちらとこちらを気にする、大和の視線。
 どれも、まともに受け止められない。
 
「……ちょっと、飲みすぎだよ」
 
 隣から、光輝が低く囁いた。
 その声音には、心配よりも、抑えきれない苛立ちが混じっている。
 
 けれど麻里奈は、無理に笑って返した。
 
「だいじょーぶ、です……っ。
 これくらい、平気……ですから〜」
 
 ろれつが、少し怪しい。
 身体がふらりと揺れて、グラスを置いた手がすべり――
 
 カラン、と乾いた音が鳴った。
 
「麻里奈さん……!」
 
 慌てて立ち上がったのは、大和だった。
 向かいの席から椅子を引き、すぐ隣へ来ると、その肩を支える。
 
「……顔、真っ赤じゃないですか。無理しないでください」
 
 その腕に支えられたまま、麻里奈は頬をくしゃりと緩めた。
 
「なんか……苦しくって……」
 
「え?」
 
 大和が聞き返す前に、麻里奈はぽつりと続ける。
 
「……誰にも、好きになっちゃダメって言われるの……
 初めてだったんですよ……」
 
 空気が、一瞬で凍りついた。
 周囲の笑い声が、遠のく。
 
 光輝は、グラスを静かにテーブルへ置いた。
 そして表情を崩さぬまま、ゆっくりと立ち上がる。
 
「麻里奈くん。もう帰ったほうがいいな。
 ……俺が送っていく」
 
 低い声の奥に、わずかな怒気が滲んでいた。
 
 大和も、何も言わずに立ち上がろうとする。
 けれど――
 
 麻里奈は、大和のシャツの裾を、きゅっと握っていた。
 
「……わたし、どうしたらいいんだろう」
 
 かすれた、小さな声。
 頬は赤く、目元は潤んでいる。
 
 何もわかっていないようでいて、
 きっと――いちばんわかってしまっている。
 
 光輝の視線が、静かにその手元へと落ちた。
 その瞳の奥で、何かがゆっくりと、確かに動き出していた。