《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

 撮影が思いのほか早く終わった日の夕方。
 機材の片づけが進むスタジオで、須田光輝が朗らかな声を張った。
 
「よし、今日はこのあと空きだな。
 たまには親睦も兼ねて、軽く飲みに行くか。なぁ、桜井くんも麻里奈くんも、付き合ってくれるよな?」
 
 スタッフたちがざわつき、数人が「行きます!」と元気よく返事をする。
 麻里奈と大和は、思わず顔を見合わせた。
 
 須田の笑顔はどこまでも自然で、上司としての気遣いそのものに見える。
 けれど――麻里奈にはわかっていた。
 
(……須田さん、確かめに来てる)
 
 あの視線の奥に潜む、静かな探りの色を。

  
 居酒屋。
 落ち着いた照明の下、半個室の席には小皿とグラスが並ぶ。
 須田の隣には麻里奈、向かいの席には大和が座っていた。
 
「おつかれさまー!」
 
 乾杯の声が響き、グラスが軽く触れ合う。
 他のスタッフたちは笑いながら談笑していたが、麻里奈の胸は妙に落ち着かなかった。
 
(……やっぱり)
 
 大和はいつもより静かで、笑っていてもどこかぎこちない。
 視線が合うと、すぐに逸らされる。
 
 昨夜、つないだ手のぬくもりが不意によみがえり、心臓が痛いほど高鳴った。
 
「そういえばさ」
 
 ふいに、須田が口を開く。
 笑い声が一瞬止まり、場の空気がわずかに張りつめた。
 
「最近、二人の間の“よそよそしさ”がなくなったよな?
 前はもっと距離があっただろ。……何かあったのか?」
 
 麻里奈の手が、グラスの中で止まる。
 
「い、いえ……特に何かあったわけじゃなくて。
 現場で、少しずつ話せるようになっただけです」
 
「ふーん?」
 
 須田はグラスを口に運び、意味ありげに目を細めた。
 
「まあ、いいけどさ。
 桜井くんは、うちの大事なタレントだから――
 妙な噂は、立てられないようにしてくれよ?」
 
 グラス越しに響く声は、低く、どこか重かった。
 
 大和は黙ったまま俯き、
 麻里奈は胸の奥に、ひやりとした痛みを覚えて言葉を失う。
 
 須田は笑った。
 それは、誰が見ても完璧な“上司の笑顔”。
 
「ま、桜井くんは真面目だし、
 そんな心配、する必要もないとは思ってるけどな!」
 
 冗談めいた口調。
 けれど、その言葉の端々には、確かに嫉妬の色が滲んでいた。
 
 麻里奈の横で、須田の肘がコツンと軽く触れる。
 
「それに――麻里奈くんも、うちのタレントに惚れちゃダメだからな?」
 
「っ……そ、そんなこと……」
 
 必死に否定しているのに、声がわずかに震える。
 
 そのとき。
 向かいの席で、大和が静かにグラスを置いた。
 
 カラン――。
 
 その音が、妙に冷たく響いた。
 俯いた彼の目元に、ほんの一瞬、影が落ちる。
 
 須田は、笑っていた。
 だが、麻里奈にはもう――
 その笑顔の裏に潜む棘が、はっきりと見えていた。
 
 そして大和もまた、
 その奥にある“何か”を、確かに感じ取っていた。
 
(……須田さん。あなた、どこまで気づいてる?)
 
 テーブル越しに、ふたりの視線がほんの一瞬だけ交錯する。
 沈黙は、音もなく夜の喧騒に溶けていった。