《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

 撮影現場のスタジオには、今日も掛け声と笑い声が飛び交っていた。
 カメラのシャッター音、スタッフの指示、モニターに映る光。
 すべてがいつも通りのはずなのに――麻里奈の胸の奥では、わずかな違和感が渦を巻いていた。
 
(……大和くん、昨日のこと……やっぱり気にしてる?)
 
 視線が合うと、彼はすぐに目を逸らす。
 あの夜、手をつないで歩いた帰り道。
 確かに近づいたはずの距離が、今日はまた少し遠く感じられた。

 
 その変化に、最初に気づいたのは――やはり彼だった。
 
「最近、空気が変わったな。君と、桜井くんの間」
 
 低く落ち着いた声。
 振り向いた瞬間、麻里奈は息をのむ。
 
 すぐ背後に立っていたのは、須田光輝だった。
 いつもの柔らかな笑みは消え、その瞳には静かな鋭さが宿っている。
 
「え……?」
 
「朝、スタジオに入ってきたときの雰囲気。気づかないと思った?」
 
「そ、そんな……な、何もありませんよ」
 
 慌てて返した声が、わずかに裏返る。
 光輝の眉が、ほんの少しだけ動いた。
 
「……君らしくないな。嘘をつくとき、少しだけ目線が下に落ちる」
 
「……っ」
 
(バレてる……?)
 
 喉が詰まる。
 でも、知られたくなかった。
 あの夜の大和の笑顔も、指先に残る手の温もりも――
 今だけは、自分だけの宝物にしておきたかった。
 
「……本当に、なんでもないんです。たまたま、話す機会があっただけで……」
 
「ふうん」
 
 光輝は肩をすくめる。
 けれど、その視線に浮かんだのは納得ではなく、観察の色だった。
 
「“たまたま”にしては……君のほうが、ずいぶん意識しているように見えるけどな」
 
「……!」
 
 言い返そうとして、言葉が喉で止まる。
 
 その沈黙を切るように、光輝がふっと息を吐いた。
 
「君が誰を好きになろうと、俺が口を挟むことじゃない。……でも」
 
 一拍置いて、ゆっくりと視線が重なる。
 その瞳は、優しさと確かめるような色を同時に宿していた。
 
「俺は、見てるからな。……君の笑顔が、誰に向いているのか」
 
 逃げ場のない言葉。
 胸がきゅっと締めつけられる。
 
 そこにあるのは、守るような声音と、逃がさない視線。
 優しさと支配の境界が、曖昧に混じり合っていた。
 
「……須田さん」
 
 名を呼ぶ声は、かすかに震える。
 
 言葉にできない動揺が、静かに胸の奥を波立たせていた。