私、由紀澪が須藤造園の花屋に納品に行くと、義妹の花音さんが出迎えてくれた。

 ……まだ瑞希さんと籍は入れていないけど、タイミングを相談している段階だし、一年近く由紀の家に住まわせてもらっているので、お義父さんとお義母さんの許可を得て「由紀」を名乗っている。


「いらっしゃい、澪さん」


 花音さんは瑞希さんの妹だ。

 私が瑞希さんとお見合いをする前に須藤さんと結婚して家を出ていた。


「お花、お持ちしました」

「ありがとう、運ぶの手伝うね」


 花音さんはお義母さんや瑞希さんによく似たキリッとした顔をしているけれど、瑞希さんほど険しい印象はない。

 ご主人である須藤さんが穏やかで優しい方だから、似たのかもしれない。

 でもそうなると、私の顔もそのうち険しくなるのかな。

 想像できない……。


 お花を全て納めて、受領書を受け取る。

 ふと顔を上げたら、カレンダーがかかっていた。


「花音さん、このカレンダー、すごいですね」

「ああ、それ?」


 花音さんはいたずらっぽく笑った。

 あ、少し瑞希さんに似てる。


「お花屋さんってさ、”○○の日”にすごい影響受けるんだよね。だから、そういうの全部書きだしてあるの」

「まるほど……」


 そう、張り出された大きなカレンダーには、毎日の「○○の日」がびっしり書き込まれていた。

 例えば9月の6日は生クリームの日、10日はパンケーキの日で、19日はシュークリームの日。


「今日は食いしん坊の日なんですね。ふふ、瑞希さんにぴったりです」

「ねー。お兄ちゃん、たくさん食べるし、甘いの大好きだもんね。お父さんが冷蔵庫にあるもの勝手に食べるから、しょっちゅうケンカしてたよ」

「今でもしてますけど、最近は瑞希さんが気づく前に、私が買い足してます」

「お父さん甘やかしちゃ駄目だよー」


 花音さんに別れを告げて、お店を出る。

 明日はいちごの日らしいし、いちごをデザートに出そうかな。

 帰ってから、晩ごはんの前にパンケーキを焼いた。

 明日の朝ごはんにしよう。

 パンケーキの日は過ぎているけれど、食いしん坊で甘い物が好きな瑞希さんは喜ぶと思う。


「ただいまー」

「はーい、おかえりなさい」


 玄関で瑞希さんを迎えた。

 家のすぐ裏の畑から戻るだけなのに、早く会いたくて、できるだけ玄関に顔を出す。

 ……お義父さんお義母さんがいないときは、おかえりなさいのキスもしてくれるし。


「なんかいい匂いがする」


 キスの後、瑞希さんは台所の方を覗いた。

 本当に食いしん坊だ。


「明日の朝用にパンケーキを焼いたんです。明日の、朝用です」

「い、言い直さなくたって、デザートにしたりしねえよ」

「今日はデザートないので、早めに寝ましょう」

「へいへい、『デザートは私です』って素直に言えよ」

「そ、そういうつもりじゃ……っ」


 瑞希さんは笑って風呂に行ってしまった。

 ……今日は、私も念入りに体を洗っておこう。

 食いしん坊の夫に、どこを食べられてもいいように。