年末の花屋は忙しい。

 バレンタインから母の日にかけて……の次くらいに忙しい。

 その次はお盆。

 ともかく、俺、須藤藤乃は忙しかった。

 実家に併設している造園屋兼花屋で働いていて、妻子と共に実家に同居しているのに、最近子供たちの顔を寝顔でしか見ていなくて、忘れられそう。

 まあ、息子は勝手に店に顔を出して行くから、まだ大丈夫。

 でも妻の花音ちゃんに家のことを任せきりだから、愛想を尽かされそう。

 イヤイヤ期の双子の娘たちにも拒否されるかも。


「疲れすぎだろ」


 そう笑うのは、花の納品に来た幼馴染みの瑞希だ。

 花音ちゃんの兄で、カウンターでみかんを食べている息子、藤也の伯父でもある。

 いや、藤也はいつの間に来たんだ。

 そのみかん、どこから出したのさ……。


「忙しすぎて、忙しいんだよ」

「ウケる。おい、藤也。俺にもみかん寄越せ」

「どうぞ」

「一粒かよ。まるごとくれ」

「あんまりたべると、きいろくなるって、ミニ○ンになるって、かあさんがいってた」

「なんねえよ」


 瑞希は藤也が持っていた袋(アンパン○ンのエコバッグ)からみかんを出して、皮を剥いたら二口で食べた。


「お前の親父にもやれよ。糖分とクエン酸」

「みかんにクエン酸って入ってる?」

「知らねえ」

「適当かよ」

「とうさん、あい」

「ありがと」


 藤也からみかんをもらって食べたら、びっくりするくらい酸っぱかった。

 藤也も瑞希も、よく普通に食べられるな……?


「おいし?」

「すっぱかった」

「こんなもんだろ。俺帰るわ」

「うん、ありがと」


 瑞希に受領書を返すと、藤也が椅子から降りて瑞希の背中を追いかけた。


「つぎは、みおちゃんつれてきてね」

「澪、今忙しいんだよ。年末だから。花菜がイヤイヤ言ってるし。」

「ぶー」

「いっちょ前にブーイングしてんじゃねえよ。年始に親父とうちに来いよ。ついでに花菜の相手してやってくれ。菊花と蓮乃の相手で慣れてるだろ」

「わかった! またね」


 花菜ちゃんは瑞希の長女で、菊花と蓮乃はうちの長女と次女だ。

 三人とも同い年なので、同じようにイヤイヤ言っているらしい。

 それに澪さんは二人目を妊娠中だから、余計に外出は難しそうだ。

 瑞希が出て行くと、藤也はまた椅子に戻って、新しいみかんを出して食べ始めた。

 袋を見ると、あと三つみかんが入っている。


「藤也、今日だけでいくつみかん食べたんだ?」

「いち、にー、さん……いっぱい」

「いっぱいかあ」


 ああ、だから花音ちゃんに「食べ過ぎると黄色くなってミニ○ンになる」なんて言われたのか。

 少し笑ってから、俺は仕事に戻った。

 夜中に帰宅したら、花音ちゃんから


「藤也が幼稚園に行ってる間に買ったみかんが、一日で一袋なくなっちゃったんだよ!」


 と聞かされるまで、あと半日だ。