その日、俺……須藤藤乃は花屋で店番をしていた。
母親は配達、親父はお得意様の庭の剪定、妻の花音ちゃんは二歳の双子を連れて、五歳の長男を幼稚園に迎えに行っていた。
店には昔なじみの江里理人が顔を出していて、理人が管理しているマンションの剪定の時期について相談していた。
それから、理人はもうすぐ結婚式をするから、そこに飾るためのアレンジの相談も。
「できるだけシンプルにしたいです。レイラさんが一番きれいなので、それを引き立てるようなものがよくて」
「んー、ピンクとかオレンジ、グリーン多めかな。嫁さんのお色直しのドレスの色は?」
「まだドレスを決めに行ってないんですよね。何色にしたいか、確認しておきます」
「よろしく……ん?」
店の裏口が騒々しく開いたと思ったら、足元に何かが突撃してきた。
「おとーさん、ただいま!!」
「おかえり、藤也。お母さんは?」
「藤也くん、おかえりなさい」
「まいてきた! りひとだ! こんちわ!」
「まいてきた? 心配してるだろうに」
スマホを出して、花音ちゃんに藤也は店にいるとメッセージを入れておく。よく見たら幼稚園の制服のままで、カバンもかけているから、きっと玄関で花音ちゃんが双子を家に入れている間に逃げ出してきたんだろう。
藤也は日に日にやんちゃになっていて、伯父の瑞希そっくりでおもしろい。
「りひと、なにしにきたの?」
「藤也くんのお父さんに、お花をお願いしにきました」
「おはな、どうするの? たべる?」
「レイラさんに渡すんです」
「ふうん。レイラさんって、りひとのいちばん?」
「はい、僕の一番大切な人です」
理人がニコッと笑うと、藤也は難しい顔で頷いた。
最近、藤也は幼稚園の運動会で「一番」という概念を覚えてきた。
だから何かと「それ、いちばん?」と聞いてくる……ということを理人に説明する。
「お父さんのいちばんは、お母さんなんだって。ぼくはにばん」
「藤乃さん、大人げないですよ」
「ダメだ、それは譲らない。俺の一番は死ぬまで花音ちゃんだ」
「藤也くんの一番はいるんですか?」
理人に聞かれて、藤也はニヤッと笑った。俺は気を利かせて、予約の花束を作り始めて、聞いていないフリをする。
「あのねえ」
藤也は理人の隣で手を口元に当てて背伸びをした。
理人が屈むと、藤也はきょろきょろして、俺が聞いていないことを確認した。
「ぼくのいちばんはね、みおちゃんなの」
「みおさん? 幼稚園のお友達ですか?」
「ううん。みずきのおくさん」
「ふふ、そうなんですね。これは瑞希さんもうかうかしていられませんね」
理人が目配せしてきたから、俺は笑って頷いた。
何があったのか知らないけど、いつのまにか藤也のライバルが瑞希になっていたらしい。
「でも、みおちゃんは、みずきがだいすきだから」
「そうですね。じゃあ、藤也くんは瑞希さんよりかっこよくならないといけませんね」
「なれるかな」
「なれますよ。藤乃さんの子ですから。きっと誰よりもかっこいい一番星になれます」
理人の言葉に、藤也は笑顔で頷いた。
「じゃあ、かっこよくなるから、ちゃんと、て、あらってくる」
「はいはい。うがいもしろよ」
藤也はばたばたと店の裏口から走り去って行った。
俺は俺の一番に、息子が向かったと連絡する。
それから理人の一番に、一番似合う花を選んでやろう。
母親は配達、親父はお得意様の庭の剪定、妻の花音ちゃんは二歳の双子を連れて、五歳の長男を幼稚園に迎えに行っていた。
店には昔なじみの江里理人が顔を出していて、理人が管理しているマンションの剪定の時期について相談していた。
それから、理人はもうすぐ結婚式をするから、そこに飾るためのアレンジの相談も。
「できるだけシンプルにしたいです。レイラさんが一番きれいなので、それを引き立てるようなものがよくて」
「んー、ピンクとかオレンジ、グリーン多めかな。嫁さんのお色直しのドレスの色は?」
「まだドレスを決めに行ってないんですよね。何色にしたいか、確認しておきます」
「よろしく……ん?」
店の裏口が騒々しく開いたと思ったら、足元に何かが突撃してきた。
「おとーさん、ただいま!!」
「おかえり、藤也。お母さんは?」
「藤也くん、おかえりなさい」
「まいてきた! りひとだ! こんちわ!」
「まいてきた? 心配してるだろうに」
スマホを出して、花音ちゃんに藤也は店にいるとメッセージを入れておく。よく見たら幼稚園の制服のままで、カバンもかけているから、きっと玄関で花音ちゃんが双子を家に入れている間に逃げ出してきたんだろう。
藤也は日に日にやんちゃになっていて、伯父の瑞希そっくりでおもしろい。
「りひと、なにしにきたの?」
「藤也くんのお父さんに、お花をお願いしにきました」
「おはな、どうするの? たべる?」
「レイラさんに渡すんです」
「ふうん。レイラさんって、りひとのいちばん?」
「はい、僕の一番大切な人です」
理人がニコッと笑うと、藤也は難しい顔で頷いた。
最近、藤也は幼稚園の運動会で「一番」という概念を覚えてきた。
だから何かと「それ、いちばん?」と聞いてくる……ということを理人に説明する。
「お父さんのいちばんは、お母さんなんだって。ぼくはにばん」
「藤乃さん、大人げないですよ」
「ダメだ、それは譲らない。俺の一番は死ぬまで花音ちゃんだ」
「藤也くんの一番はいるんですか?」
理人に聞かれて、藤也はニヤッと笑った。俺は気を利かせて、予約の花束を作り始めて、聞いていないフリをする。
「あのねえ」
藤也は理人の隣で手を口元に当てて背伸びをした。
理人が屈むと、藤也はきょろきょろして、俺が聞いていないことを確認した。
「ぼくのいちばんはね、みおちゃんなの」
「みおさん? 幼稚園のお友達ですか?」
「ううん。みずきのおくさん」
「ふふ、そうなんですね。これは瑞希さんもうかうかしていられませんね」
理人が目配せしてきたから、俺は笑って頷いた。
何があったのか知らないけど、いつのまにか藤也のライバルが瑞希になっていたらしい。
「でも、みおちゃんは、みずきがだいすきだから」
「そうですね。じゃあ、藤也くんは瑞希さんよりかっこよくならないといけませんね」
「なれるかな」
「なれますよ。藤乃さんの子ですから。きっと誰よりもかっこいい一番星になれます」
理人の言葉に、藤也は笑顔で頷いた。
「じゃあ、かっこよくなるから、ちゃんと、て、あらってくる」
「はいはい。うがいもしろよ」
藤也はばたばたと店の裏口から走り去って行った。
俺は俺の一番に、息子が向かったと連絡する。
それから理人の一番に、一番似合う花を選んでやろう。



