私――美園百(みその もも)の母にとって、最も大切なものは弟の(もとい)だった。

 学校の成績は私の方が良く、読書感想文や書き初めでたくさんの賞ももらった。それでも母が褒め、跡取りにしたのは基だった。

 そんな私を認めてくれた人が、たった一人だけいた。

 その人がいたから私は家庭を持とうと思い、自分以外の人間が温かい存在だと知ることができた。


 ……でも、その人は娘の澪が物心がつく前に事故で亡くなった。

 本当は後を追いたかったけど、澪を一人遺すわけにはいかなかった。

 死に物狂いで育てた澪は、私の大嫌いな弟にそっくりで、物静かで大人しい娘だった。

 自己主張はほとんどなく、笑うことも怒ることもしない。

 淡々と従い、たまに不満そうに黙り込むことがあるくらいで、それだけだった。

 どうして私は、最愛の人がいないこの世界で、大嫌いな弟そっくりの娘と生きていかねばならないのだろう。

 再婚しないことで母に責められながらも、私は歯を食いしばってあの人の忘れ形見を育てた。


 その娘が家を出た。

 基と付き合いのある旧家に嫁いでいった。

 あんな何もできない娘に旧家の嫁が務まるのだろうか。

 私の不安とは裏腹に、澪は由紀家でよくしてもらっているらしい。

 私は、もういいのだろうか。

 あの人のいない世界で、もう私にやることはない。

 最後に澪の結婚式にだけ出て、それでおしまいにしよう。

 式で澪は輝いていた。

 隣に立つ由紀の長男は、澪を私なんかよりずっと大切に扱っていた。

 肩の荷が下りた。


 ええ。もう大丈夫。


 そう思ったのに、式の終盤に澪が母への手紙を読んだ。

 穏やかで、柔らかくて、優しい声だった。

 それで私はやっと気付いた。

 澪はあの人によく似ているんだ。

 穏やかで優しい性格や、物静かで、あまり感情は表わさないけど思慮深いところ。

 それは大嫌いな弟ではなくて、大好きなあの人から継いだものだ。

 ……どうして、気付かなかったんだろう。


「お母さん。たった一人でここまで私を育ててくれてありがとうございました。うまく行かないこともありましたけど、いつかは、二人でお茶でも飲みながら笑えたらと思います」


 涙が止まらなかった。

 喉が震えて、言葉が出ない。

 隣に座る基がハンカチを差し出すから、素直に受け取った。


「……ねえ、基」

「うん」

「私ね、あなたのこと大嫌いだわ」

「知っているよ。でも僕は姉さんのことそれなりに好きだし尊敬してる。姉さんは一度だってうつむかなかったじゃないか」

「当たり前じゃない。うつむいたら、あの人の背中が見えなくなるもの」


 澪は夫となる人に微笑みかけている。

 ……あの人にそっくりの顔で。

 スマホで写真を撮った。

 帰りに印刷して、あの人の写真に並べておこう。

 私、あなたに話したいことがたくさんあるの。