由衣はレオにしがみついたまま、少しの変化も見逃さないよう、じっとしていた。
乳白色の霧のようなものには、今のところ何の変化も見当たらない。
まもなく、どこかに到着するかもしれないという期待が、崩れていく。
由衣は不安になる。
(時空が歪んでしまったのだろうか?)
このまま状況が変わらなければ、いったい私達はどうなるんだろう?
いつ果てるともなく、時空を漂い続けるのだろうか?
「ねぇ、ずっとこのままだったらどうしよう」
レオに目を向け、問いかける。
「そうだね、なんでこんなに時間がかかっているんだろう。原因が分からないな」
困惑した面持ちで、レオは首を振る。
仮に、ずっとこのまま状況が変わらなかったとしたら、と考えると恐怖を感じる。
今までは、レオがいるから怖くないと思ってたけど……。
もしかしたら死後の世界は、こんなふうに音も何も感じない静寂の世界なのでは? と、とりとめもないことを由衣は考える。
そうしているうちに、視界に少しずつ変化が現れ始める。
乳白色の霧のようなものが、徐々に薄くなっていった。
「やっと、どこかに到着しそうだね」
レオがホッとしたように言う。
由衣とレオは顔を見合わせ、安堵の笑みを交わす。
希望が見え始め、先刻までの恐怖感が、す~っと消えていった。
やがて、霧が晴れた後のように、視界に少しずつ色彩が戻り始める。
2人は、どこか大きな建物の中に立っていた。と同時に喧騒に包まれる。
その時、前方から勢いよく駆けて来る男性と、由衣は危うくぶつかりそうになった。
由衣は、パッと横に避ける。
「危ないなぁ、あの人」
レオは駆け抜けて行った男性を睨む。
「由衣、大丈夫か?」
「うん、びっくりしたけど、大丈夫よ」
と言いながら、由衣は周りを見渡す。
多くの人々が、前後左右を行き交っている。
少し離れた場所に、時刻表や売店、改札口が見える。
「ここ、どこかの駅みたいだね」
「どこの駅かな?」
レオも周囲を、ぐるりと見渡す。
由衣は電光掲示板に視線を移す。
東北の各県に向かう地名が表示されている。
改札口は混雑し、人の出入りが激しい。
駅の規模はかなり大きめと思われる。
それらを見ながら、由衣は推測する。
「たぶん、どこかの県庁所在地かもね」
まずは安全のために、地下へと移動することにした。
駅ビルは、たいがい地下街があるから、探す手間がかからなくていい。
途中で売店に寄り、新聞を手に取って日時を確かめた。
今日の日付けは、2030年、10月20日だ。
「数年後の未来に来たのね」
由衣は日付けに目を当てたまま、しみじみと言った。そして、思わず新聞を購入した。
「未来に来た記念ね」
楽しそうに由衣が言うと、レオが笑みを返す。
「ちょっとだけ、外に出てみようか?」
レオの提案で、2人は一旦外に出てみる。
タクシー乗り場はかなりの広さで、客待ちのタクシーが、ずらっと並んでいる。
駅前の大通りの両側には、高いビルがずっと遠くまで連なっていた。かなり大きな街だ。
振り返って駅ビルを見上げるてみると、仙台駅の看板が見えた。
「ここ、仙台だったんだ、私、初めて来たわ」
僕もだ、とレオが頷く。
「本当は観光したいところだけど、悠長なこと言ってられないしね」
そうよね、と由衣も同意し、2人は再び駅ビルに戻る。
かなり大きな駅のせいか、エスカレーターやエレベーターが、どこにあるのかよく分からなかった。
うろうろしているとエスカレーターが見つかり、2人はそこへ向かって歩き出す。
と、その時、耳をつんざく異様な金属音が辺りに響き渡った。
由衣とレオは目を見開き、顔を見合わせる。
「今の音、何?」
と、由衣が言うや否や、再び金属音が響く。
「キャ~!!」
後方で悲鳴が上がった。
振り返ると、大勢の人々がしゃがみこんで姿勢を低くしていた。
そしてその先に、例の軍服姿の上官達がいた。それも、1人2人ではなく、10人以上はいそうだ。皆、鋭い目つきをしている。
由衣とレオも、さっとしゃがみこむ。
「また現れやがった。なんて諦めの悪い連中なんだ! しかも人数が増えてる」
レオは吐き捨てるように言う。
「どうしよう、きっと今の音、銃声だわ。今までは、銃なんて打ったことはなかったのに」
由衣は恐怖におののく。
「確かに、そうだな。でもたぶん、僕の命を狙ってるんじゃなくて、威嚇のためだと思う。ねぇ由衣、エスカレーターのところまでダッシュできる?」
「えっ……」
エスカレーターまで、約10メートルくらいはありそうだ。果たして、銃で打たれることなく、逃げきれるだろうか?
でも、迷っている暇などない。やるしかない。
レオが由衣の手を、ギュツと握る。
「さあ、行くぞ!」
由衣が頷く。
2人はパッと立ち上がる。
脇目も振らず、一目散に駆け出す。
また、銃声が響いた。
耳もとを銃弾がかすめていった。由衣は震え上がる。
また、大勢の悲鳴が上がった。
恐怖と戦いながら、足がもつれそうになりながら、由衣は走った。
やっとエスカレーターに辿り着く。
2人はすぐさまエスカレーターに乗ると、身を低くする。そして転ばないよう歩を進め、下りていく。
すると、またしても後方から銃声が響く。
未来の上官達に追いかけられるのは、もうこれで何度目? と、由衣は逃げながら考える。
でも、レオと運命を共にすると誓った以上、レオについて行くしかない。
エスカレーターを下りきると、そこは1階だった。地下へ下りるエスカレーターは、どこにあるのか分からなかった。探す余裕もない。
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえる。次第にサイレンの音が大きくなり、急に辺りが騒がしくなった。
「どさくさに紛れて、外に脱出したほうがいいかもしれないな。由衣、大丈夫かい?」
「うん、今のところ、なんとか大丈夫」
レオは由衣の手をしっかりと握る。
2人は人々を掻き分け、駅の外へと駆け抜けて行く。
後方から、上官達も駅を出て追ってくる。
周りの人々は立ち止まり、ギョッとした顔でそれらを見ていた。
軍服姿の上官達は皆一様にいかめしい顔つきで、一糸乱れぬ様子で追いかけてくる様は、なんとも異様だったから当然ともいえる。
そこへ複数の警察官が出動し、辺りは一挙にものものしい雰囲気となった。
由衣とレオは大通りの歩道を真っ直ぐに駆けて行った。
駅前では、警察官と上官達が小競り合いしている。
レオが振り返り、
「すごいことになってるね。今のうちに、少しでも遠くに行こう」
由衣は頷き、2人は当て所なく駆けて行った。
途中、レオが振り返る。
「ん? 2人がこっちに向かって来てるぞ。小競り合いから抜け出したのか?」
「えっ、ホント?」
多少、余裕を感じていたせいか、由衣は焦った。
「いざとなったら、またタイムマシンで移動してもいいんだけど、それだときりがないな」
走りながら、レオが呟く。
確かに、レオの言う通りだ。一時、タイムマシンで逃げても、また上官達が追ってくるのは容易に想像できる。これだといつまでたっても、いたちごっこだ。完全にこの連鎖を断ち切る方法があればいいのだが、と由衣は考える。
大きな交差点に差しかかると、またしても、銃声が響く。
後方で悲鳴が上がった。
「またかよ!」
レオが叫ぶ。
由衣は恐怖で身がすくむ。
交差点に入り、横断歩道を渡りきらないうちに赤信号になった。激しくクラクションを鳴らされ、2人は急いで渡りきる。
由衣は次第に息が上がり、苦悶の表情になる。だけど、立ち止まるわけにはいかない。
「由衣、あそこの公園に入ろう。いい考えを思いついたんだ」
前方の右側に、かなり広そうな公園が見えてきた。
レオの口調に少しの希望を感じ、由衣は同意する。
するとまた、後方から銃声が響き渡った。
銃弾から逃れるように2人は公園に足を踏み入れ、どんどん奥へと突き進む。辺りは豊かな木々に囲まれ、街中にある小さな森のようだ。
「あの大きな木の所に行こう!」
レオは公園の一角にある大木へと、由衣をいざなう。
そこに行き、改めて木を見てみると、とても幹が太く、樹齢が何百年もありそうな巨木だった。
2人はその根元にうずくまる。
「由衣、頼みがある。弘樹さんのスマートウオッチを貸してくれないか?」
レオは真剣な顔で由衣を見つめる。
なぜ、弘樹のスマートウオッチが必要なのか意味が分からないまま、由衣はバックからスマートウオッチを取り出してレオに渡す。
レオは自身の左手首に埋め込まれている銀色の端末を剥き出しにすると、スマートウオッチのセンサー部分をそこに押し当てた。銀色の端末から青白いホログラムが浮かび上がり、無機質な音声が響く。
『生体ID照合中……。未登録のバイタルデータを検出。同期を開始します』
「うっ! くっ……!」
すると、レオの顔が苦しそうに歪んだ。
由衣は驚き、声をかける。
「大丈夫? 何が、どうなってるの?」
「上官達の探知機は、僕の心拍数と脳波を追っている。だから、このスマートウオッチに残っている弘樹さんのバイタルログを、僕の生体信号に上書きするんだ。そうすれば、上官達が持ってる探知機には……」
『同期完了。バイタルサイン停止。対象の死亡を確認しました』
無機質な音声が、淡々と響く。
ホログラムに表示された波形が、1本の平坦な線に変わった。
レオは深い溜め息をつく。
その様子を見守りながら、由衣は思った。
(そういえば、上官達はどこまで追って来てるんだろう?)
由衣は顔を上げる、大木の向こう側にある広場の真ん中に、呆然としたように立ち尽くす上官達がいた。
レオは荒い息をつきながら、由衣を見つめる。
「これでいい。上官達が持っている探知機は、僕の生存を見失った。未来の記録上、僕は約200年前のこの場所で死んだことになった。もう、安心だ。誰も僕を追ってこない」
「そうなの? 良かった。そういうことだったのね。弘樹のスマートウオッチが、役に立ったのね。もう、上官達は追ってこないのね」
由衣は心底ホッとする。
涙腺が緩み、涙が込み上げてくる。
何度も繰り返された逃亡劇は、これでもう終わりだ。
「ねぇ、レオ、見て。上官達が公園を出て行くわ」
由衣は、去って行く上官達を指差す。
「あぁ、せいせいするよ。もう、奴らの顔を見なくていいんだ。やっと自由になれる」
解放感に溢れた顔で、レオは上官達に視線を向ける。
由衣は感無量の思いに浸る。
弘樹の死のデータが、レオを救った。
皮肉だが、これでレオとの確実な未来を手に入れることができた。
「由衣、協力してくれて、ありがとう。穏やかな日常を取り戻せて嬉しいよ。これからは兵士ではなく、由衣が生きている時代で、由衣のパートナーとして生きていきたい。いいかな?」
「もちろんよ。もう、上官達に怯えなくてもいいのね。堂々と地上を歩けるね!」
解放感と嬉しさのあまり、由衣はレオに抱きついていった。レオはしっかりと由衣を受け止め、力強く抱きしめる。
「ストレスから解放されて、ホッとしたよ。ホント、いい気分だ。そうだ、せっかく仙台にいるんだから、観光してみようか? でも、上官達がまだいるかもしれないから、少し時間が経ってからのほうがいいかもね」
レオの提案に、由衣も笑顔で頷く。
初冬とはいえ、深い緑に囲まれた公園は空気が新鮮に感じる。穏やかな陽の光に照らされて心地良い。
これからの、レオとの幸福な未来を暗示されているように思えてくる。
心身ともに、満たされていく。
由衣は、ささやかな幸せを噛み締めた。
※ ※ ※
由衣とレオが数年後の未来から現代に戻ったのは、それから約3日後。
レオは清々しい気分でマサト達の住居に向かった。が、1つ気がかりなことがあった。それは、まだミオがいるのかどうか、ということだ。途中、1度マサトに電話してみると、まだミオはいると告げられた。
(3年前にタイムトラベルした場所にもミオは現れたが、またここに戻ってくるとは、ずいぶん諦めが悪いな)
マサト達の住居に到着すると、レオは物音を立てないよう、忍び足でマサトの部屋に向かう。控えめにドアをノックすると、すぐにドアが開かれた。レオは素早く中に入る。
マサトが笑顔で迎える。
「レオ、大変だったな。無事で良かった。それから、ミオは未来に戻って行ったよ」
「えっ?! ホントか?」
予想外の展開に、レオは拍子抜けした。
「ついさっき、ミオの両親がやってきて、ミオを説得して帰って行ったよ」
「そうか、良かった。安心したよ。でも、両親は何で、ミオがここにいることが分かったのかな?」
「両親が心配してると思って、あらかじめ、ここに当分いると伝えていたんだってさ。まあ、ミオはかなり粘ってたけどね」
「なるほど。でもまあ、連れて帰ってくれて、ホント助かったよ」
心配事が解消され、レオは屈託のない笑顔になる。
「それより、さっき電話で聞いて驚いたけど、上官達から追われる心配は、もうないんだよな?」
「うん。もう、その心配はないだろう。由衣の亡くなった恋人のスマートウオッチを借してもらってトリックを施したら、奴らは退散した。僕は奴らにとって、もう死んだことになってる」
「そうか、そうか、よく思いついたな」
マサトは感心したように何度も頷く。
「毎回、逃げてばかりだと、らちが明かないと思って、何とか考えだしたんだ。さあ、これでやっと安心して就職活動ができるよ。金銭面で、ずっとマサトに負担かけてきて、申し訳ないと思ってる。ホント、ありがとうな」
レオは信頼と感謝に満ちた面持ちで、頭を下げる。
「いや、いいんだよ。レオは大事な仲間なんだから、僕にとってはどうってことないよ。あっ、そういえばレオがいない間に、また奴らが現れて、1人を連れ去っていったよ。レオは親しくなかったかもしれないが、ユウジっていう、ちょっとおとなしい男だ。実はそれに、アキラが絡んでいたんだ」
「えっ、そんなことがあったのか? 酷いな、いったいアキラは何をしたんた?」
「奴らと、取引してたらしい。誰でもいいから2人を奴らに差し出せば、アキラは恩赦を受けられる、ってことになってたそうだ」
マサトは苦々しい顔をする。
「そうだったんだ、もともと怪しいと思ってたが、やはりそうだったか。しかし仲間を売るなんて、許せないな。で、アキラはどうしてる? 未来に戻ったのか?」
「それは、分からない。頭にきて、追い出してやったから、奴の居場所は分からない。いずれ、未来に戻るという話しを聞いたと、誰かが言ってたな」
レオは複雑な顔で溜め息をつき、
「そうか。連れ去られて行った、マコトとユウジが不憫だな。不当な扱いをされてなければいいんだが……」
「うん。でも、どうしようもないよな。僕らにできることはないからね。あとは、ここに残ってる仲間達と、穏やかに暮らしていくしかない」
マサトの言葉に、レオは頷く。
由衣との未来のために、まずは生活の基盤を整えるのが先決だ。
「そうだな、うん、とにかく、就職情報誌買わないと。あと、明日ハローワークに行くよ!」
レオは力強い口調で、自身に活を入れる。
「仕事、早く見つかるといいな。応援するよ」
マサトの友愛に満ちた笑顔に、レオは勇気づけられた。
新天地での第2の人生を切り開く。大いなる目標を得て、全身に力が漲っていった。
※ ※ ※
ささやかな幸せって、こういうこと。
それは、すごくシンプル。
愛する人が傍にいて、微笑んでいる。それだけで、あとは何もいらない。望まない。
大げさかもしれないが、仮に明日、地球が滅亡するとしても、レオがいれば怖くない。2人抱き合ったまま、生を終える。
それもまた、幸せだわ。
由衣の膝枕で眠るレオを見下ろす。
無防備な寝顔、いつまでも見ていられる。
レオの額に落ちる前髪を、そっとかき上げる。
レオの目蓋が震え、薄く開かれる。
由衣と目が合うと、
「いつの間にか、寝てしまった……」
クスッと由衣は笑い、
「いいのよ、もっと寝ていても」
「うん、由衣の膝枕、気持ちいいからすぐ眠くなるよ。でも、膝痛くない?」
「大丈夫よ、レオが寝てしまうと、信頼されてるみたいで、嬉しいもの」
にっこりと由衣は微笑む。
レオを見下ろしながら、ふと、ある一点に注意を引かれた。レオが着ているトレーナーが少しまくれ上がり、腰の辺りにある傷が見えていた。
今までそれに気づかなかったのは、なぜだろうと思いながら、由衣はその傷にそっと手を添え、指で優しくなぞった。
「この傷、兵役についていた時にできたの?」
約10センチくらいの傷跡は、やや薄くなっているが、皮膚が少し盛り上がっている。
「うん、海外の紛争地域に復興支援のために派遣されて、その時にできた傷なんだ。運悪くテロ攻撃に合って、体が吹っ飛んでしまってさ、死ぬかと思ったよ」
レオは当時を思い出したのか、悲痛な面持ちになる。
「そんなことが、あったの……。大変な目に合ったのね。でも、レオが生きていて良かった。じゃないと、こんなふうに巡り逢えなかったよね」
しんみりと由衣は言う。
そしてレオの傷跡を、指先でそっとさする。
「うん、あの時死ななくて、ホント良かったよ。生きていたからこそ、由衣と出逢えたからね」
レオは起き上がり、真摯な眼差しを向けてくる。
由衣はその眼差しを受け止める。
その時、レオの首もとに目が止まった。
「あっ、そういえば、今日はあのペンダントしてないの?」
「ん? あぁ、してないよ。もう、これからはしないことにした。由衣を悲しませたくないからね」
「嬉しい、ありがとう。実はね、私も弘樹からもらった指輪、外したの。もう、はめないつもり」
由衣は左手の甲を、レオの前に掲げる。
「そっか、気づかなかったよ。ずっと前に気にしてないと言ったけど、それでもちょっとは引っかかってたんだ。ありがとう。まあでも、1人でいる時に取り出してみて、故人を偲ぶのはいいと思うよ」
そうよね、と由衣も共感する。
「そういえばね、私今まで輪廻とか生まれ変わりとか、信じてなかったけど、レオと巡り逢って考えが変わったの。だって、どう考えてもレオは弘樹の生まれ変わりだと思うもの。レオとなら、何度生まれ変わっても巡り会いたい、必ず見つけ出すわ」
「う~ん、素敵な考え方だね。僕も、マリは由衣の生まれ変わりじゃないかと思ってる。僕も由衣となら、何度生まれ変わっても巡り会いたい」
2人はお互いの瞳の奥を見るように、じっと見つめ合う。
一時そうしていたが、レオが思い出したように、声を上げる。
「そうだ、言うの忘れてた。仕事決まったよ。来週から行くことになった。運送会社で仕分けと配達業務に就くよ」
「そう、良かったね。大変だと思うけど、頑張ってね」
由衣の顔が、パッと明るくなる。
「ありがとう。あの兵役に比べたら、そう大変じゃないと思うから、きっと大丈夫だよ。うんと稼いだら、由衣とマンションに引っ越したいね」
「えっ、ここでずっと一緒に暮らしてもいいのよ」
「うん、今は由衣のアパートでも充分だけど、将来のために部屋数が多いほうがいいよ。子供たちのためにもね」
「そっか、そう言われてみると、そのほうがいいのかな」
由衣は、まだ見ぬレオとの子供に思いを馳せた。
「私達の子供って、きっとレオに似て、ハンサムな子供が産まれるかもね」
「由衣、男とは限らないよ」
「あっ、そうね」
由衣は照れ笑いする。レオもつられて笑っている。
「そろそろ、夕食の支度するね。今日は、ずっと前にレオが食べたいと言ってた、ハンバーグとシチューを作るからね」
「ホント? 由衣、覚えていてくれたんだ。嬉しいな、楽しみだな」
由衣はにっこりと笑い、キッチンへ向かう。冷蔵庫から材料を取り出し、刻み始める。
すると、由衣の中で声が聞こえた。
(由衣、いいパートナーと出逢えて良かったね。キミが幸せになるよう、ずっと見守ってるよ)
今の声は、弘樹?
きっと、そうだわ。
(ごめんね、弘樹。ずっと、弘樹のことだけ愛し続けると誓ったのに。弘樹、ありがとう……)
振り返ると、レオがこちらを見て微笑んでいる。
第二の人生をレオと歩んでいく。
由衣は新しい人生を、夢見るような心地で想像した。
了
乳白色の霧のようなものには、今のところ何の変化も見当たらない。
まもなく、どこかに到着するかもしれないという期待が、崩れていく。
由衣は不安になる。
(時空が歪んでしまったのだろうか?)
このまま状況が変わらなければ、いったい私達はどうなるんだろう?
いつ果てるともなく、時空を漂い続けるのだろうか?
「ねぇ、ずっとこのままだったらどうしよう」
レオに目を向け、問いかける。
「そうだね、なんでこんなに時間がかかっているんだろう。原因が分からないな」
困惑した面持ちで、レオは首を振る。
仮に、ずっとこのまま状況が変わらなかったとしたら、と考えると恐怖を感じる。
今までは、レオがいるから怖くないと思ってたけど……。
もしかしたら死後の世界は、こんなふうに音も何も感じない静寂の世界なのでは? と、とりとめもないことを由衣は考える。
そうしているうちに、視界に少しずつ変化が現れ始める。
乳白色の霧のようなものが、徐々に薄くなっていった。
「やっと、どこかに到着しそうだね」
レオがホッとしたように言う。
由衣とレオは顔を見合わせ、安堵の笑みを交わす。
希望が見え始め、先刻までの恐怖感が、す~っと消えていった。
やがて、霧が晴れた後のように、視界に少しずつ色彩が戻り始める。
2人は、どこか大きな建物の中に立っていた。と同時に喧騒に包まれる。
その時、前方から勢いよく駆けて来る男性と、由衣は危うくぶつかりそうになった。
由衣は、パッと横に避ける。
「危ないなぁ、あの人」
レオは駆け抜けて行った男性を睨む。
「由衣、大丈夫か?」
「うん、びっくりしたけど、大丈夫よ」
と言いながら、由衣は周りを見渡す。
多くの人々が、前後左右を行き交っている。
少し離れた場所に、時刻表や売店、改札口が見える。
「ここ、どこかの駅みたいだね」
「どこの駅かな?」
レオも周囲を、ぐるりと見渡す。
由衣は電光掲示板に視線を移す。
東北の各県に向かう地名が表示されている。
改札口は混雑し、人の出入りが激しい。
駅の規模はかなり大きめと思われる。
それらを見ながら、由衣は推測する。
「たぶん、どこかの県庁所在地かもね」
まずは安全のために、地下へと移動することにした。
駅ビルは、たいがい地下街があるから、探す手間がかからなくていい。
途中で売店に寄り、新聞を手に取って日時を確かめた。
今日の日付けは、2030年、10月20日だ。
「数年後の未来に来たのね」
由衣は日付けに目を当てたまま、しみじみと言った。そして、思わず新聞を購入した。
「未来に来た記念ね」
楽しそうに由衣が言うと、レオが笑みを返す。
「ちょっとだけ、外に出てみようか?」
レオの提案で、2人は一旦外に出てみる。
タクシー乗り場はかなりの広さで、客待ちのタクシーが、ずらっと並んでいる。
駅前の大通りの両側には、高いビルがずっと遠くまで連なっていた。かなり大きな街だ。
振り返って駅ビルを見上げるてみると、仙台駅の看板が見えた。
「ここ、仙台だったんだ、私、初めて来たわ」
僕もだ、とレオが頷く。
「本当は観光したいところだけど、悠長なこと言ってられないしね」
そうよね、と由衣も同意し、2人は再び駅ビルに戻る。
かなり大きな駅のせいか、エスカレーターやエレベーターが、どこにあるのかよく分からなかった。
うろうろしているとエスカレーターが見つかり、2人はそこへ向かって歩き出す。
と、その時、耳をつんざく異様な金属音が辺りに響き渡った。
由衣とレオは目を見開き、顔を見合わせる。
「今の音、何?」
と、由衣が言うや否や、再び金属音が響く。
「キャ~!!」
後方で悲鳴が上がった。
振り返ると、大勢の人々がしゃがみこんで姿勢を低くしていた。
そしてその先に、例の軍服姿の上官達がいた。それも、1人2人ではなく、10人以上はいそうだ。皆、鋭い目つきをしている。
由衣とレオも、さっとしゃがみこむ。
「また現れやがった。なんて諦めの悪い連中なんだ! しかも人数が増えてる」
レオは吐き捨てるように言う。
「どうしよう、きっと今の音、銃声だわ。今までは、銃なんて打ったことはなかったのに」
由衣は恐怖におののく。
「確かに、そうだな。でもたぶん、僕の命を狙ってるんじゃなくて、威嚇のためだと思う。ねぇ由衣、エスカレーターのところまでダッシュできる?」
「えっ……」
エスカレーターまで、約10メートルくらいはありそうだ。果たして、銃で打たれることなく、逃げきれるだろうか?
でも、迷っている暇などない。やるしかない。
レオが由衣の手を、ギュツと握る。
「さあ、行くぞ!」
由衣が頷く。
2人はパッと立ち上がる。
脇目も振らず、一目散に駆け出す。
また、銃声が響いた。
耳もとを銃弾がかすめていった。由衣は震え上がる。
また、大勢の悲鳴が上がった。
恐怖と戦いながら、足がもつれそうになりながら、由衣は走った。
やっとエスカレーターに辿り着く。
2人はすぐさまエスカレーターに乗ると、身を低くする。そして転ばないよう歩を進め、下りていく。
すると、またしても後方から銃声が響く。
未来の上官達に追いかけられるのは、もうこれで何度目? と、由衣は逃げながら考える。
でも、レオと運命を共にすると誓った以上、レオについて行くしかない。
エスカレーターを下りきると、そこは1階だった。地下へ下りるエスカレーターは、どこにあるのか分からなかった。探す余裕もない。
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえる。次第にサイレンの音が大きくなり、急に辺りが騒がしくなった。
「どさくさに紛れて、外に脱出したほうがいいかもしれないな。由衣、大丈夫かい?」
「うん、今のところ、なんとか大丈夫」
レオは由衣の手をしっかりと握る。
2人は人々を掻き分け、駅の外へと駆け抜けて行く。
後方から、上官達も駅を出て追ってくる。
周りの人々は立ち止まり、ギョッとした顔でそれらを見ていた。
軍服姿の上官達は皆一様にいかめしい顔つきで、一糸乱れぬ様子で追いかけてくる様は、なんとも異様だったから当然ともいえる。
そこへ複数の警察官が出動し、辺りは一挙にものものしい雰囲気となった。
由衣とレオは大通りの歩道を真っ直ぐに駆けて行った。
駅前では、警察官と上官達が小競り合いしている。
レオが振り返り、
「すごいことになってるね。今のうちに、少しでも遠くに行こう」
由衣は頷き、2人は当て所なく駆けて行った。
途中、レオが振り返る。
「ん? 2人がこっちに向かって来てるぞ。小競り合いから抜け出したのか?」
「えっ、ホント?」
多少、余裕を感じていたせいか、由衣は焦った。
「いざとなったら、またタイムマシンで移動してもいいんだけど、それだときりがないな」
走りながら、レオが呟く。
確かに、レオの言う通りだ。一時、タイムマシンで逃げても、また上官達が追ってくるのは容易に想像できる。これだといつまでたっても、いたちごっこだ。完全にこの連鎖を断ち切る方法があればいいのだが、と由衣は考える。
大きな交差点に差しかかると、またしても、銃声が響く。
後方で悲鳴が上がった。
「またかよ!」
レオが叫ぶ。
由衣は恐怖で身がすくむ。
交差点に入り、横断歩道を渡りきらないうちに赤信号になった。激しくクラクションを鳴らされ、2人は急いで渡りきる。
由衣は次第に息が上がり、苦悶の表情になる。だけど、立ち止まるわけにはいかない。
「由衣、あそこの公園に入ろう。いい考えを思いついたんだ」
前方の右側に、かなり広そうな公園が見えてきた。
レオの口調に少しの希望を感じ、由衣は同意する。
するとまた、後方から銃声が響き渡った。
銃弾から逃れるように2人は公園に足を踏み入れ、どんどん奥へと突き進む。辺りは豊かな木々に囲まれ、街中にある小さな森のようだ。
「あの大きな木の所に行こう!」
レオは公園の一角にある大木へと、由衣をいざなう。
そこに行き、改めて木を見てみると、とても幹が太く、樹齢が何百年もありそうな巨木だった。
2人はその根元にうずくまる。
「由衣、頼みがある。弘樹さんのスマートウオッチを貸してくれないか?」
レオは真剣な顔で由衣を見つめる。
なぜ、弘樹のスマートウオッチが必要なのか意味が分からないまま、由衣はバックからスマートウオッチを取り出してレオに渡す。
レオは自身の左手首に埋め込まれている銀色の端末を剥き出しにすると、スマートウオッチのセンサー部分をそこに押し当てた。銀色の端末から青白いホログラムが浮かび上がり、無機質な音声が響く。
『生体ID照合中……。未登録のバイタルデータを検出。同期を開始します』
「うっ! くっ……!」
すると、レオの顔が苦しそうに歪んだ。
由衣は驚き、声をかける。
「大丈夫? 何が、どうなってるの?」
「上官達の探知機は、僕の心拍数と脳波を追っている。だから、このスマートウオッチに残っている弘樹さんのバイタルログを、僕の生体信号に上書きするんだ。そうすれば、上官達が持ってる探知機には……」
『同期完了。バイタルサイン停止。対象の死亡を確認しました』
無機質な音声が、淡々と響く。
ホログラムに表示された波形が、1本の平坦な線に変わった。
レオは深い溜め息をつく。
その様子を見守りながら、由衣は思った。
(そういえば、上官達はどこまで追って来てるんだろう?)
由衣は顔を上げる、大木の向こう側にある広場の真ん中に、呆然としたように立ち尽くす上官達がいた。
レオは荒い息をつきながら、由衣を見つめる。
「これでいい。上官達が持っている探知機は、僕の生存を見失った。未来の記録上、僕は約200年前のこの場所で死んだことになった。もう、安心だ。誰も僕を追ってこない」
「そうなの? 良かった。そういうことだったのね。弘樹のスマートウオッチが、役に立ったのね。もう、上官達は追ってこないのね」
由衣は心底ホッとする。
涙腺が緩み、涙が込み上げてくる。
何度も繰り返された逃亡劇は、これでもう終わりだ。
「ねぇ、レオ、見て。上官達が公園を出て行くわ」
由衣は、去って行く上官達を指差す。
「あぁ、せいせいするよ。もう、奴らの顔を見なくていいんだ。やっと自由になれる」
解放感に溢れた顔で、レオは上官達に視線を向ける。
由衣は感無量の思いに浸る。
弘樹の死のデータが、レオを救った。
皮肉だが、これでレオとの確実な未来を手に入れることができた。
「由衣、協力してくれて、ありがとう。穏やかな日常を取り戻せて嬉しいよ。これからは兵士ではなく、由衣が生きている時代で、由衣のパートナーとして生きていきたい。いいかな?」
「もちろんよ。もう、上官達に怯えなくてもいいのね。堂々と地上を歩けるね!」
解放感と嬉しさのあまり、由衣はレオに抱きついていった。レオはしっかりと由衣を受け止め、力強く抱きしめる。
「ストレスから解放されて、ホッとしたよ。ホント、いい気分だ。そうだ、せっかく仙台にいるんだから、観光してみようか? でも、上官達がまだいるかもしれないから、少し時間が経ってからのほうがいいかもね」
レオの提案に、由衣も笑顔で頷く。
初冬とはいえ、深い緑に囲まれた公園は空気が新鮮に感じる。穏やかな陽の光に照らされて心地良い。
これからの、レオとの幸福な未来を暗示されているように思えてくる。
心身ともに、満たされていく。
由衣は、ささやかな幸せを噛み締めた。
※ ※ ※
由衣とレオが数年後の未来から現代に戻ったのは、それから約3日後。
レオは清々しい気分でマサト達の住居に向かった。が、1つ気がかりなことがあった。それは、まだミオがいるのかどうか、ということだ。途中、1度マサトに電話してみると、まだミオはいると告げられた。
(3年前にタイムトラベルした場所にもミオは現れたが、またここに戻ってくるとは、ずいぶん諦めが悪いな)
マサト達の住居に到着すると、レオは物音を立てないよう、忍び足でマサトの部屋に向かう。控えめにドアをノックすると、すぐにドアが開かれた。レオは素早く中に入る。
マサトが笑顔で迎える。
「レオ、大変だったな。無事で良かった。それから、ミオは未来に戻って行ったよ」
「えっ?! ホントか?」
予想外の展開に、レオは拍子抜けした。
「ついさっき、ミオの両親がやってきて、ミオを説得して帰って行ったよ」
「そうか、良かった。安心したよ。でも、両親は何で、ミオがここにいることが分かったのかな?」
「両親が心配してると思って、あらかじめ、ここに当分いると伝えていたんだってさ。まあ、ミオはかなり粘ってたけどね」
「なるほど。でもまあ、連れて帰ってくれて、ホント助かったよ」
心配事が解消され、レオは屈託のない笑顔になる。
「それより、さっき電話で聞いて驚いたけど、上官達から追われる心配は、もうないんだよな?」
「うん。もう、その心配はないだろう。由衣の亡くなった恋人のスマートウオッチを借してもらってトリックを施したら、奴らは退散した。僕は奴らにとって、もう死んだことになってる」
「そうか、そうか、よく思いついたな」
マサトは感心したように何度も頷く。
「毎回、逃げてばかりだと、らちが明かないと思って、何とか考えだしたんだ。さあ、これでやっと安心して就職活動ができるよ。金銭面で、ずっとマサトに負担かけてきて、申し訳ないと思ってる。ホント、ありがとうな」
レオは信頼と感謝に満ちた面持ちで、頭を下げる。
「いや、いいんだよ。レオは大事な仲間なんだから、僕にとってはどうってことないよ。あっ、そういえばレオがいない間に、また奴らが現れて、1人を連れ去っていったよ。レオは親しくなかったかもしれないが、ユウジっていう、ちょっとおとなしい男だ。実はそれに、アキラが絡んでいたんだ」
「えっ、そんなことがあったのか? 酷いな、いったいアキラは何をしたんた?」
「奴らと、取引してたらしい。誰でもいいから2人を奴らに差し出せば、アキラは恩赦を受けられる、ってことになってたそうだ」
マサトは苦々しい顔をする。
「そうだったんだ、もともと怪しいと思ってたが、やはりそうだったか。しかし仲間を売るなんて、許せないな。で、アキラはどうしてる? 未来に戻ったのか?」
「それは、分からない。頭にきて、追い出してやったから、奴の居場所は分からない。いずれ、未来に戻るという話しを聞いたと、誰かが言ってたな」
レオは複雑な顔で溜め息をつき、
「そうか。連れ去られて行った、マコトとユウジが不憫だな。不当な扱いをされてなければいいんだが……」
「うん。でも、どうしようもないよな。僕らにできることはないからね。あとは、ここに残ってる仲間達と、穏やかに暮らしていくしかない」
マサトの言葉に、レオは頷く。
由衣との未来のために、まずは生活の基盤を整えるのが先決だ。
「そうだな、うん、とにかく、就職情報誌買わないと。あと、明日ハローワークに行くよ!」
レオは力強い口調で、自身に活を入れる。
「仕事、早く見つかるといいな。応援するよ」
マサトの友愛に満ちた笑顔に、レオは勇気づけられた。
新天地での第2の人生を切り開く。大いなる目標を得て、全身に力が漲っていった。
※ ※ ※
ささやかな幸せって、こういうこと。
それは、すごくシンプル。
愛する人が傍にいて、微笑んでいる。それだけで、あとは何もいらない。望まない。
大げさかもしれないが、仮に明日、地球が滅亡するとしても、レオがいれば怖くない。2人抱き合ったまま、生を終える。
それもまた、幸せだわ。
由衣の膝枕で眠るレオを見下ろす。
無防備な寝顔、いつまでも見ていられる。
レオの額に落ちる前髪を、そっとかき上げる。
レオの目蓋が震え、薄く開かれる。
由衣と目が合うと、
「いつの間にか、寝てしまった……」
クスッと由衣は笑い、
「いいのよ、もっと寝ていても」
「うん、由衣の膝枕、気持ちいいからすぐ眠くなるよ。でも、膝痛くない?」
「大丈夫よ、レオが寝てしまうと、信頼されてるみたいで、嬉しいもの」
にっこりと由衣は微笑む。
レオを見下ろしながら、ふと、ある一点に注意を引かれた。レオが着ているトレーナーが少しまくれ上がり、腰の辺りにある傷が見えていた。
今までそれに気づかなかったのは、なぜだろうと思いながら、由衣はその傷にそっと手を添え、指で優しくなぞった。
「この傷、兵役についていた時にできたの?」
約10センチくらいの傷跡は、やや薄くなっているが、皮膚が少し盛り上がっている。
「うん、海外の紛争地域に復興支援のために派遣されて、その時にできた傷なんだ。運悪くテロ攻撃に合って、体が吹っ飛んでしまってさ、死ぬかと思ったよ」
レオは当時を思い出したのか、悲痛な面持ちになる。
「そんなことが、あったの……。大変な目に合ったのね。でも、レオが生きていて良かった。じゃないと、こんなふうに巡り逢えなかったよね」
しんみりと由衣は言う。
そしてレオの傷跡を、指先でそっとさする。
「うん、あの時死ななくて、ホント良かったよ。生きていたからこそ、由衣と出逢えたからね」
レオは起き上がり、真摯な眼差しを向けてくる。
由衣はその眼差しを受け止める。
その時、レオの首もとに目が止まった。
「あっ、そういえば、今日はあのペンダントしてないの?」
「ん? あぁ、してないよ。もう、これからはしないことにした。由衣を悲しませたくないからね」
「嬉しい、ありがとう。実はね、私も弘樹からもらった指輪、外したの。もう、はめないつもり」
由衣は左手の甲を、レオの前に掲げる。
「そっか、気づかなかったよ。ずっと前に気にしてないと言ったけど、それでもちょっとは引っかかってたんだ。ありがとう。まあでも、1人でいる時に取り出してみて、故人を偲ぶのはいいと思うよ」
そうよね、と由衣も共感する。
「そういえばね、私今まで輪廻とか生まれ変わりとか、信じてなかったけど、レオと巡り逢って考えが変わったの。だって、どう考えてもレオは弘樹の生まれ変わりだと思うもの。レオとなら、何度生まれ変わっても巡り会いたい、必ず見つけ出すわ」
「う~ん、素敵な考え方だね。僕も、マリは由衣の生まれ変わりじゃないかと思ってる。僕も由衣となら、何度生まれ変わっても巡り会いたい」
2人はお互いの瞳の奥を見るように、じっと見つめ合う。
一時そうしていたが、レオが思い出したように、声を上げる。
「そうだ、言うの忘れてた。仕事決まったよ。来週から行くことになった。運送会社で仕分けと配達業務に就くよ」
「そう、良かったね。大変だと思うけど、頑張ってね」
由衣の顔が、パッと明るくなる。
「ありがとう。あの兵役に比べたら、そう大変じゃないと思うから、きっと大丈夫だよ。うんと稼いだら、由衣とマンションに引っ越したいね」
「えっ、ここでずっと一緒に暮らしてもいいのよ」
「うん、今は由衣のアパートでも充分だけど、将来のために部屋数が多いほうがいいよ。子供たちのためにもね」
「そっか、そう言われてみると、そのほうがいいのかな」
由衣は、まだ見ぬレオとの子供に思いを馳せた。
「私達の子供って、きっとレオに似て、ハンサムな子供が産まれるかもね」
「由衣、男とは限らないよ」
「あっ、そうね」
由衣は照れ笑いする。レオもつられて笑っている。
「そろそろ、夕食の支度するね。今日は、ずっと前にレオが食べたいと言ってた、ハンバーグとシチューを作るからね」
「ホント? 由衣、覚えていてくれたんだ。嬉しいな、楽しみだな」
由衣はにっこりと笑い、キッチンへ向かう。冷蔵庫から材料を取り出し、刻み始める。
すると、由衣の中で声が聞こえた。
(由衣、いいパートナーと出逢えて良かったね。キミが幸せになるよう、ずっと見守ってるよ)
今の声は、弘樹?
きっと、そうだわ。
(ごめんね、弘樹。ずっと、弘樹のことだけ愛し続けると誓ったのに。弘樹、ありがとう……)
振り返ると、レオがこちらを見て微笑んでいる。
第二の人生をレオと歩んでいく。
由衣は新しい人生を、夢見るような心地で想像した。
了



