障害のある恋ではないのに、なぜこんなに思い詰めてるのか。
理由は分かってる。レオの亡き恋人、マリへの嫉妬心のせいだ。
由衣は鬱々とした気分で、鍵穴にキーを差し込む。と同時に、着信音が鳴った。
玄関ドアを開け、部屋に入るとバックからスマホを取り出す。
電話は母からだ。
「由衣、どうしてるの? 忙しいの? この前、夏には帰ってこなかったけど、年末年始はどうなの? 帰ってこれるの?」
「サービス業なんだから、年末年始は無理だって、いつも言ってるじゃない。正月が過ぎたら休めるけど」
帰省しなかったのには理由がある。
帰省する度に結婚の話しを持ち出されるのに、正直うんざりしていたからだ。
未だに弘樹への想いが根強く残っているため、母が持ってきたお見合い写真を見せられても、ちっとも心が動かなかった。むしろ、迷惑だった。
「由衣、まだ弘樹さんのこと、忘れられないの? 気持ちは分かるけど、もうすぐ25になるんだから、そろそろ結婚を考えないと」
「私、まだ23だよ。それに、まだやりたいこともあるし、もちろん弘樹のことも、まだ忘れられない。今は結婚のことは考えられないの」
本当の理由を、母に伝えるのは時期尚早だ。
レオと巡り会ってしまったから、今は他の人との結婚なんて考えられない。
「まあ、由衣の気持ちも分からないわけじゃないけど。とにかく、正月が終わってからでもいいから、帰ってきてね。由衣の顔も見たいし」
「うん、分かった。考えておくね。じゃあね」
円満に電話を終わらせるため、由衣は納得したふりをする。
電話を切るとベッドに横になり、溜め息をつく。
(母がレオを見たら、きっとびっくりするわね。誰が見たって、レオは弘樹にそっくりだもん)
今の由衣の頭の中は、レオが弘樹で、弘樹がレオ、と混同している。要するに、両者は同一人物になっている。
または、弘樹が生き返ったという錯覚もある。
それより、さっき母には年始には帰省するふりをしたが、どうしようか?
何か、帰省できない口実を考えなくてはいけない。
※ ※ ※
先日、レオと気まずい雰囲気になったのを、由衣はまだ気にしていた。
そこで、あることを思いつく。
今日は休みだし、仲直りの意味を込めて、レオに手料理を持って行こうか。
レオが喜ぶ顔を想像すると、自然と顔が綻ぶ。
(いや、それより、向こうのキッチンを借りて、レオとレオの仲間達のぶんも作ってあげようか?)
彼らの、何となく心を病んでるような表情が由衣の心に残っている。
手料理で、少しでも彼らを癒すことができたらいい。
と、そこでふと思う。
(でも、もし迷惑だったらどうしよう。
親切の押し売りみたいに思われるだろうか?)
一度、マサトに聞いてみようか。
キッチンを借りて、皆に料理を振る舞ってもいいものかどうか。OKなら、皆のぶんは次回に作ることにしよう。
とりあえず、今日はレオのぶんだけ作って持っていこうか。
由衣は早速スーパーマーケットに出かけ、食材を揃えた。冷めてもそのまま食べられるように、メニューはポテトサラダと唐揚げにした。
もともと料理は得意ではないが、レオのためなら頑張れる。
帰宅すると、すぐさま調理に取りかかる。
好きな人のために材料を刻んだり、茹でたり、油で揚げる、それら全てに由衣は幸せを感じる。レオが美味しそうに食べる姿を想像し、満たされる。
調理を終えると粗熱を取り、タッパーに詰める。バックに入れ、お気に入りの水玉模様のワンピースに着替える。
アパートを出ると、駅へ向かう。
好きな人に会いに行く。それだけで気分が高揚する。
こんな気持ちになるのは、久しぶりだった。弘樹と死別して以来、恋とは無縁だったせいだ。
(あぁ、早くレオに会いたい)
レオのもとに到着すると、由衣はすぐさま部屋に向かう。ドアをノックする。ドキドキしながら、レオが現れるのを待ち構える。が、反応がない。もう一度ノックする。結果は同じだった。
(いないのかしら? それとも、寝てるのかな?)
ドアノブを回す。鍵はかかっていない。
「レオ、開けるわよ」
部屋に入る。ベッドはもぬけの殻だった。
(出かけてるのか。それとも仕事が決まって、早々に勤務してるのかしら?)
一旦部屋を出て、食堂に行ってみる。
こんばんは、と言いながら中に入る。何人かが食事中で、その中にマサトがいた。
由衣はマサトの隣に座り、
「こんばんは、食事中すみません。レオは、もう仕事してるんですか?」
「あっ、由衣さん、だっけ? こんばんは。もう食べ終えたよ。うん、レオは仕事決まって、今日から働いてる。もう帰って来てるんじゃない? 部屋にいなかった?」
「さっき行ったら、いなかったんです」
「えっ、おかしいな。確か、仕事は5時までと言ってたけど。残業かな」
マサトは腕時計に目を向ける。
「そうなんだ。レオ、仕事決まったんだ。良かった。何の仕事?」
「地下鉄の工事のバイトって言ってたよ。地下なら、未来からの追っ手に捕まる確率が低いからね」
「そっか、やっぱり肉体労働にしたんだ」
「ここにいる皆は、だいたいそうだよ。身元が曖昧だから、公務員や大手企業に就職するのは、まず無理だからね」
マサトの言葉に、由衣は頷く。
「じゃあ私、レオの部屋で待ってます」
由衣は食堂を出ると、レオの部屋に向かう。ベッドに腰を下ろし、周りを見渡す。まだ、家具も何もなくて殺風景だ。
(いつかレオと一緒になれたなら、どこに住んで、どんな部屋にしようかしら)
だけど、住むとなると、やはり地下? になるのだろうか?
レオはいつまで、未来の追っ手から逃げ続けなければならないのだろうか。
たぶん、この時代に住んでる限り、ずっと? かもしれない。
でも、それだと気が休まらないのではないか?
由衣も、常に警戒することになるだろう。
また、両親にも、レオの境遇を説明しなければならない。レオは未来から来たと言ったら、両親は驚くだろう。イヤ、その前に、弘樹が生き返った? と驚愕するかもしれない。
それより、と由衣はスマホで時刻を確かめる。間もなく20時になろうとしている。建設業の現場は残業が多いのだろうか? よく分からないが、ちょっと不安になってくる。
そうしているうちに少し眠気を感じ、由衣はベッドに横になった。
そのうち帰ってくるよね、そう自分に言い聞かせる。
廊下を通る人々の足音や話し声を、聞くともなしに聞いているうちに、いつの間にか眠りに落ちていった。
どれくらい時間が過ぎたのか、由衣はハッとして目覚める。半身を起こし、隣を見る。レオはいない。スマホで時刻を見ると、22時を過ぎていた。
(仮に残業だったとしても、ちょっと遅すぎるんじゃない?)
由衣はベッドから立ち上がり、とりあえず食堂を見て見ることにする。
入り口に立つと明かりは消えている。
中に入ると無人だった。
トイレットやシャワールームも確認してみたが、無人だ。
一旦廊下に出て、はて、どうしたものかと佇んでいると、部屋から出てきたマサトが由衣に気づく。
こちらに向かって来ると、
「あれ、レオはまだ帰ってないの?」
「そうなんです。何かあったのかな」
由衣は不安そうな顔をする。
「うん、こんなに遅くなるのはおかしいね。さっきレオに譲ったスマホに電話してみたけど、何回かけても出ないんだよ」
「えっ……」
「レオ、もしかしたら部屋にスマホを忘れていったんじゃないかな? 今確認してみるよ」
マサトはレオの部屋に向かった。由衣も後に続く。
マサトはベッドの下や、マットレスの間を調べる。
「あった!」
マサトはベッドの下から、スマホを拾い上げる。
「やっぱり忘れていったんだな」
連絡が取れない原因が分かり、由衣はホッとした。とはいえ、問題が解決したわけではない。
レオの帰りを、ただここで待つだけ、というのは落ち着かない。
「帰って来る途中で、事故にでもあったのかしら?」
ぽつり、と由衣は呟く。
「う~ん。ん? まさか、イヤ……」
マサトが言葉を濁す。
「何? 心当たりあるの?」
由衣が尋ねる。
「何か、嫌な予感がする。可能性はゼロではないだろうな」
マサトは腕を組み、神妙な目つきになる。由衣はそんなマサトを、じっと見る。不安が、ますます膨らむ。
「上官達が、再びレオを捕まえようとしてる、というのも考えられる」
「えっ、だとしたら、大変だわ! どうしよう……。その、上官達ってしつこいのね」
「そうだね、レオはまだ逃亡して日が浅いから、上官達はまだ諦められずにいるのかもしれない」
「私、駅の近辺とか、ちょっと様子を見に行こうかな」
「女性が1人で外出するには、時間的に危険だよ。僕も一緒に行く。車があるから、すぐ準備するよ」
助手席に由衣が乗り込むと、マサトはすぐさま発進させる。
由衣は車内を見回し、
「やっぱり、車があると便利よね」
「そうだね、この時代に来てから2年になるけど、車買ったのは、つい最近なんだ。中古ですごい安かったんだよ。免許証は偽造だけど、未来ではよく運転してたから大丈夫だよ」
「そうだったんだ。じゃあ、警察に免許証を見られる機会を作らないよう、違反しないように気をつけないとね」
「うん、ホントそうなんだよ」
マサトが笑う。
「まずは、駅の方に行ってみるか」
安い中古車でも特に支障はなく(たぶん、スズキのアルト?と由衣は思っている)スムーズに加速している。
「レオ、道に迷ったりとかしてるのかしら」
由衣は車窓から、左右の歩道に目を向ける。
「その可能性もあるかもなぁ。レオはこの時代に来てまだ日が浅いしね。でも駅から僕らの住居までは単純な道のりだから、迷うとしたら職場というか、工事現場の方角だろうな」
だいぶ夜もふけて、通行人はほぼ皆無だ。
マサトの予想通り、レオは未来の上官達に捕らえられたのか? と不安が増す。
「レオが働いてる現場って、どこなの?」
由衣はマサトに尋ねる。
「詳しい場所は分からないな。ちゃんとレオから聞いておくべきだった」
最寄りの駅が見えてきた。
駅前には数名の通行人がいるが、その中にレオらしき姿は見えない。
「この辺りにはいないようだな」
そうマサトは言うと、駅を通り過ぎる。
その時、反対側の車線をバイクが猛スピードで迫って来た。耳をつんざくほどの爆音に、由衣とマサトはびくっとする。
「ずいぶんスピード出してるな、危ないな」
マサトが呟く。
バイクがマサトの車の横を通り過ぎる瞬間、2人は同時にそちらを見る。ヘルメットはしていなかった。
「あれ?! レオじゃないか?」
マサトが叫ぶ。
顔が見えたのは一瞬だが、由衣もレオではないのかと思った。細い鼻梁が、レオの雰囲気と一致していた。
マサトは急ブレーキを踏むと、車を回転させた。すぐさまバイクの後を追った。
「あいつ何でバイク乗ってんだよ」
「レオ、やっぱり上官達に追いかけられてるのかもね? 初めて私と会った時も追いかけられて、逃げる途中でバイクを盗んだの」
「えっ、そうだったの?」
マサトが驚く。
「ヤバいな。上官達は、どの辺りにいるんだろう。逃げきれるかな?」
バイクのスピードが早すぎて、バイクとマサトの車との距離がどんどん開いていく。
バイクは猛スピードで前方の交差点を左折した。が、手前でスピードを緩めずに左折したため、曲がりきれなかった。
バイクは激しく転倒した。
「大変だ!」
マサトが叫ぶ。
由衣も動揺した。
理由は分かってる。レオの亡き恋人、マリへの嫉妬心のせいだ。
由衣は鬱々とした気分で、鍵穴にキーを差し込む。と同時に、着信音が鳴った。
玄関ドアを開け、部屋に入るとバックからスマホを取り出す。
電話は母からだ。
「由衣、どうしてるの? 忙しいの? この前、夏には帰ってこなかったけど、年末年始はどうなの? 帰ってこれるの?」
「サービス業なんだから、年末年始は無理だって、いつも言ってるじゃない。正月が過ぎたら休めるけど」
帰省しなかったのには理由がある。
帰省する度に結婚の話しを持ち出されるのに、正直うんざりしていたからだ。
未だに弘樹への想いが根強く残っているため、母が持ってきたお見合い写真を見せられても、ちっとも心が動かなかった。むしろ、迷惑だった。
「由衣、まだ弘樹さんのこと、忘れられないの? 気持ちは分かるけど、もうすぐ25になるんだから、そろそろ結婚を考えないと」
「私、まだ23だよ。それに、まだやりたいこともあるし、もちろん弘樹のことも、まだ忘れられない。今は結婚のことは考えられないの」
本当の理由を、母に伝えるのは時期尚早だ。
レオと巡り会ってしまったから、今は他の人との結婚なんて考えられない。
「まあ、由衣の気持ちも分からないわけじゃないけど。とにかく、正月が終わってからでもいいから、帰ってきてね。由衣の顔も見たいし」
「うん、分かった。考えておくね。じゃあね」
円満に電話を終わらせるため、由衣は納得したふりをする。
電話を切るとベッドに横になり、溜め息をつく。
(母がレオを見たら、きっとびっくりするわね。誰が見たって、レオは弘樹にそっくりだもん)
今の由衣の頭の中は、レオが弘樹で、弘樹がレオ、と混同している。要するに、両者は同一人物になっている。
または、弘樹が生き返ったという錯覚もある。
それより、さっき母には年始には帰省するふりをしたが、どうしようか?
何か、帰省できない口実を考えなくてはいけない。
※ ※ ※
先日、レオと気まずい雰囲気になったのを、由衣はまだ気にしていた。
そこで、あることを思いつく。
今日は休みだし、仲直りの意味を込めて、レオに手料理を持って行こうか。
レオが喜ぶ顔を想像すると、自然と顔が綻ぶ。
(いや、それより、向こうのキッチンを借りて、レオとレオの仲間達のぶんも作ってあげようか?)
彼らの、何となく心を病んでるような表情が由衣の心に残っている。
手料理で、少しでも彼らを癒すことができたらいい。
と、そこでふと思う。
(でも、もし迷惑だったらどうしよう。
親切の押し売りみたいに思われるだろうか?)
一度、マサトに聞いてみようか。
キッチンを借りて、皆に料理を振る舞ってもいいものかどうか。OKなら、皆のぶんは次回に作ることにしよう。
とりあえず、今日はレオのぶんだけ作って持っていこうか。
由衣は早速スーパーマーケットに出かけ、食材を揃えた。冷めてもそのまま食べられるように、メニューはポテトサラダと唐揚げにした。
もともと料理は得意ではないが、レオのためなら頑張れる。
帰宅すると、すぐさま調理に取りかかる。
好きな人のために材料を刻んだり、茹でたり、油で揚げる、それら全てに由衣は幸せを感じる。レオが美味しそうに食べる姿を想像し、満たされる。
調理を終えると粗熱を取り、タッパーに詰める。バックに入れ、お気に入りの水玉模様のワンピースに着替える。
アパートを出ると、駅へ向かう。
好きな人に会いに行く。それだけで気分が高揚する。
こんな気持ちになるのは、久しぶりだった。弘樹と死別して以来、恋とは無縁だったせいだ。
(あぁ、早くレオに会いたい)
レオのもとに到着すると、由衣はすぐさま部屋に向かう。ドアをノックする。ドキドキしながら、レオが現れるのを待ち構える。が、反応がない。もう一度ノックする。結果は同じだった。
(いないのかしら? それとも、寝てるのかな?)
ドアノブを回す。鍵はかかっていない。
「レオ、開けるわよ」
部屋に入る。ベッドはもぬけの殻だった。
(出かけてるのか。それとも仕事が決まって、早々に勤務してるのかしら?)
一旦部屋を出て、食堂に行ってみる。
こんばんは、と言いながら中に入る。何人かが食事中で、その中にマサトがいた。
由衣はマサトの隣に座り、
「こんばんは、食事中すみません。レオは、もう仕事してるんですか?」
「あっ、由衣さん、だっけ? こんばんは。もう食べ終えたよ。うん、レオは仕事決まって、今日から働いてる。もう帰って来てるんじゃない? 部屋にいなかった?」
「さっき行ったら、いなかったんです」
「えっ、おかしいな。確か、仕事は5時までと言ってたけど。残業かな」
マサトは腕時計に目を向ける。
「そうなんだ。レオ、仕事決まったんだ。良かった。何の仕事?」
「地下鉄の工事のバイトって言ってたよ。地下なら、未来からの追っ手に捕まる確率が低いからね」
「そっか、やっぱり肉体労働にしたんだ」
「ここにいる皆は、だいたいそうだよ。身元が曖昧だから、公務員や大手企業に就職するのは、まず無理だからね」
マサトの言葉に、由衣は頷く。
「じゃあ私、レオの部屋で待ってます」
由衣は食堂を出ると、レオの部屋に向かう。ベッドに腰を下ろし、周りを見渡す。まだ、家具も何もなくて殺風景だ。
(いつかレオと一緒になれたなら、どこに住んで、どんな部屋にしようかしら)
だけど、住むとなると、やはり地下? になるのだろうか?
レオはいつまで、未来の追っ手から逃げ続けなければならないのだろうか。
たぶん、この時代に住んでる限り、ずっと? かもしれない。
でも、それだと気が休まらないのではないか?
由衣も、常に警戒することになるだろう。
また、両親にも、レオの境遇を説明しなければならない。レオは未来から来たと言ったら、両親は驚くだろう。イヤ、その前に、弘樹が生き返った? と驚愕するかもしれない。
それより、と由衣はスマホで時刻を確かめる。間もなく20時になろうとしている。建設業の現場は残業が多いのだろうか? よく分からないが、ちょっと不安になってくる。
そうしているうちに少し眠気を感じ、由衣はベッドに横になった。
そのうち帰ってくるよね、そう自分に言い聞かせる。
廊下を通る人々の足音や話し声を、聞くともなしに聞いているうちに、いつの間にか眠りに落ちていった。
どれくらい時間が過ぎたのか、由衣はハッとして目覚める。半身を起こし、隣を見る。レオはいない。スマホで時刻を見ると、22時を過ぎていた。
(仮に残業だったとしても、ちょっと遅すぎるんじゃない?)
由衣はベッドから立ち上がり、とりあえず食堂を見て見ることにする。
入り口に立つと明かりは消えている。
中に入ると無人だった。
トイレットやシャワールームも確認してみたが、無人だ。
一旦廊下に出て、はて、どうしたものかと佇んでいると、部屋から出てきたマサトが由衣に気づく。
こちらに向かって来ると、
「あれ、レオはまだ帰ってないの?」
「そうなんです。何かあったのかな」
由衣は不安そうな顔をする。
「うん、こんなに遅くなるのはおかしいね。さっきレオに譲ったスマホに電話してみたけど、何回かけても出ないんだよ」
「えっ……」
「レオ、もしかしたら部屋にスマホを忘れていったんじゃないかな? 今確認してみるよ」
マサトはレオの部屋に向かった。由衣も後に続く。
マサトはベッドの下や、マットレスの間を調べる。
「あった!」
マサトはベッドの下から、スマホを拾い上げる。
「やっぱり忘れていったんだな」
連絡が取れない原因が分かり、由衣はホッとした。とはいえ、問題が解決したわけではない。
レオの帰りを、ただここで待つだけ、というのは落ち着かない。
「帰って来る途中で、事故にでもあったのかしら?」
ぽつり、と由衣は呟く。
「う~ん。ん? まさか、イヤ……」
マサトが言葉を濁す。
「何? 心当たりあるの?」
由衣が尋ねる。
「何か、嫌な予感がする。可能性はゼロではないだろうな」
マサトは腕を組み、神妙な目つきになる。由衣はそんなマサトを、じっと見る。不安が、ますます膨らむ。
「上官達が、再びレオを捕まえようとしてる、というのも考えられる」
「えっ、だとしたら、大変だわ! どうしよう……。その、上官達ってしつこいのね」
「そうだね、レオはまだ逃亡して日が浅いから、上官達はまだ諦められずにいるのかもしれない」
「私、駅の近辺とか、ちょっと様子を見に行こうかな」
「女性が1人で外出するには、時間的に危険だよ。僕も一緒に行く。車があるから、すぐ準備するよ」
助手席に由衣が乗り込むと、マサトはすぐさま発進させる。
由衣は車内を見回し、
「やっぱり、車があると便利よね」
「そうだね、この時代に来てから2年になるけど、車買ったのは、つい最近なんだ。中古ですごい安かったんだよ。免許証は偽造だけど、未来ではよく運転してたから大丈夫だよ」
「そうだったんだ。じゃあ、警察に免許証を見られる機会を作らないよう、違反しないように気をつけないとね」
「うん、ホントそうなんだよ」
マサトが笑う。
「まずは、駅の方に行ってみるか」
安い中古車でも特に支障はなく(たぶん、スズキのアルト?と由衣は思っている)スムーズに加速している。
「レオ、道に迷ったりとかしてるのかしら」
由衣は車窓から、左右の歩道に目を向ける。
「その可能性もあるかもなぁ。レオはこの時代に来てまだ日が浅いしね。でも駅から僕らの住居までは単純な道のりだから、迷うとしたら職場というか、工事現場の方角だろうな」
だいぶ夜もふけて、通行人はほぼ皆無だ。
マサトの予想通り、レオは未来の上官達に捕らえられたのか? と不安が増す。
「レオが働いてる現場って、どこなの?」
由衣はマサトに尋ねる。
「詳しい場所は分からないな。ちゃんとレオから聞いておくべきだった」
最寄りの駅が見えてきた。
駅前には数名の通行人がいるが、その中にレオらしき姿は見えない。
「この辺りにはいないようだな」
そうマサトは言うと、駅を通り過ぎる。
その時、反対側の車線をバイクが猛スピードで迫って来た。耳をつんざくほどの爆音に、由衣とマサトはびくっとする。
「ずいぶんスピード出してるな、危ないな」
マサトが呟く。
バイクがマサトの車の横を通り過ぎる瞬間、2人は同時にそちらを見る。ヘルメットはしていなかった。
「あれ?! レオじゃないか?」
マサトが叫ぶ。
顔が見えたのは一瞬だが、由衣もレオではないのかと思った。細い鼻梁が、レオの雰囲気と一致していた。
マサトは急ブレーキを踏むと、車を回転させた。すぐさまバイクの後を追った。
「あいつ何でバイク乗ってんだよ」
「レオ、やっぱり上官達に追いかけられてるのかもね? 初めて私と会った時も追いかけられて、逃げる途中でバイクを盗んだの」
「えっ、そうだったの?」
マサトが驚く。
「ヤバいな。上官達は、どの辺りにいるんだろう。逃げきれるかな?」
バイクのスピードが早すぎて、バイクとマサトの車との距離がどんどん開いていく。
バイクは猛スピードで前方の交差点を左折した。が、手前でスピードを緩めずに左折したため、曲がりきれなかった。
バイクは激しく転倒した。
「大変だ!」
マサトが叫ぶ。
由衣も動揺した。



