A D2245からの逃亡者。未来からやってきた彼は、亡き恋人の生まれ変わり?

レオに触れたい。レオの温もりに包まれたい。
レオに弘樹を重ね合わせているせいか、出逢ってから数時間しか経っていないのに、既にレオと恋人同士なのだという錯覚に陥る。
弘樹の死後、頑なに1人で生きてきたが、やはり寂しさと孤独感が、ずっとまとわりついていた。

由衣の心情を察したかのように、レオが手を差し伸べてくる。
その手に、由衣は自身の手を重ねる。
レオはもう片方の手を添え、由衣の手を包み込む。
じんわりと伝わってくるレオの手の温もりに、由衣の胸が温かいもので満たされていく。

「こんなにも満たされるのは、マリが亡くなって以来だ。長い兵役で心がずっと殺伐としてた。由衣、僕のものになってくれる?」

レオは由衣の瞳を探るように、覗き込む。
由衣は大きく目を見開き、頷く。

「うん、断る理由なんかないわ。レオと巡り逢うために、ずっと1人でいたんだから。レオに求められて私、幸せだわ」

レオは由衣の肩を炊き寄せ、壊れ物を扱うかのように、そっと胸に抱き締める。
由衣もレオの背に慈しみを込めて、両腕を回す。
久しく忘れていた幸福感が、由衣の身も心も満たしていく。

(生きていて良かった。この幸せ、ずっとずっと続いてほしい……)

心が通じ合えた喜びが全身に満ちていく。孤独から解放され、希望に溢れた未来への入り口に、やっと辿り着いたと由衣は思った。



「そうだ。ねぇ、由衣。ずっとここにいるのは危険かもしれない」

「えっ、さっきの警察のこと?」

由衣は閉じていた目蓋を開く。

「いや、例の上官が、また追跡してくると思う」

レオの胸元から、由衣は顔を上げる。

「また? しつこいのね。もう、諦めたのかと思ってたわ」

「奴らはそんなに甘くないよ。きっと、どこまでも追いかけてくる」

レオは険しい目つきになる。

「断言できるの?」

レオは頷き、左手首を由衣の前に掲げ、指差す。

「兵役に就いてから、ここに体温や心拍数を測る端末が埋め込まれたんだ。万が一、逃亡しても追跡できるように。奴らが持ってるスキャナーは、僕のバイタルサインに反応するようになってる。それを見て追ってくるだろう。それから逃れるのは、かなり困難だと思う」

由衣はレオの手首を、まじまじと見つめる。

「ここに、そういうのが埋め込まれてるなんて。外側から見ただけでは、分からないわね。じゃあ、今すぐここから出る?」

「うん、そうしたいけど、奴らのスキャナーから逃れるには、地下に逃げたほうがいいんだ。それと、逃亡に由衣を付き合わせるのはいいんだろうか? って思う。由衣、明日も仕事なんだろう?」

レオは心配そうな顔をする。

「大丈夫。仕事は体調不良ってことにして、何日かは休めるわ。だって私、レオの傍にいたいから」

由衣は、きっぱりと言いきる。

「本当にいいのかい?」

「うん、気にしないで」

由衣はレオを安心させるために、とびきりの笑顔で言う。

「由衣、ありがとう。とりあえず、地下に移動したい。どこかいい場所、あるかな?」

「う~ん、地下で適当な場所っていうと……」

由衣は、しばし考える。

「あっ、そういえば、地下にあるネットカフェがあったはず。どこだったかな」

バックからスマホを取り出し、検索する。

「あっ、あった。徒歩で10分くらいの場所よ」

「ネットカフェって、何?」

レオが尋ねる。

「えっ、あっ、そっか。レオの時代にはないのかな?」

突如、着信音のような音が鳴り響く。
レオがスマホのような端末をポケットから取り出し、耳に当てる。

「はい。あっ、マサト? びっくりしたよ。元気か?」

レオが誰かと話し始める。
親しみが込められた声音から、相手は親友かもしれないと推測する。
由衣は会話が終わるのを待つ。

「うん、分かった。行ってみるよ。じゃあ、後で」

会話を終えたレオは、由衣に向き直る。

「驚いたよ。僕のかつての仲間からだ。未来で一緒に兵役に就いてたんだ。彼も未来から逃げて、今ここの時代にいると言ってた」

「そうなんだ。レオの仲間からだったのね」

「うん、マサトっていうんだけど、僕が兵役から逃亡したという噂を聞きつけてた。今、彼は未来から逃げてきた仲間達と、地下に住んでるらしい。一緒に暮らさないかと誘われたよ。これから行ってみるけど、由衣はどうする?」

「どんな所か気になるから、私も行っていい?」

「もちろんさ。でも由衣、大丈夫か?ちょっと遠いみたいだし、僕のせいで疲れてるんじゃないか?」

レオは心配そうな顔をして、由衣を覗き込む。

「ここで少し休めたから、大丈夫よ。じゃあ、すぐ出ましょうか」

2人はすぐさま、ホテルを後にした。
背後に注意を向けながら、人気のない寝静まった街を駆け出す。

「仲間がいる場所は、どこなの?」

由衣が尋ねる。

「フェリー埠頭の近くらしいよ」

その時、ちょうど通りかかったタクシーに向かって、由衣は手を上げた。

「ちょっと遠いから、車で移動したほうがいいよね?」

由衣の問いに、レオは頷く。
2人はタクシーに乗り込む。
由衣が運転手に告げる。

「フェリー埠頭の近くまでお願いします」

由衣はレオに向き直ると、

「10分くらいで着くと思うよ」

「うん、どんな所か楽しみだ」

レオは由衣の手に自身の手を重ね、握りしめる。
2人は目を合わせ、親密に微笑み合う。

行き交う車は少ない。
閑散とした道路を、タクシーはスムーズに走行する。ほどなく目的地に近づく。

「そろそろ、フェリー埠頭よ」

由衣はレオに声をかける。
レオは例の端末を見ながら、

「送られてきた地図によると、この辺りかもしれない」

「じゃあ、降りようか」

由衣は運転手に声をかけ、精算を済ませる。
人気のない道路に、2人はタクシーから降り立つ。

「使われていない倉庫の近くらしいよ」

レオが言う。
由衣は注意深く辺りを見回す。
人っ子1人いない無人の道路の少し先に、倉庫らしき建物が並んでいるのが見えた。

「あっちの方に行ってみようか?」

そう由衣は言いながら、歩を進める。
レオが由衣に手を差し伸べる。
2人は手を繋ぎ、ひっそりとした往来を進む。
周辺に目を配り、自然と早足になる。
前方に見える倉庫の陰から、誰かが現れた。その人物が、こちらに向かって歩いてくる。
由衣とレオは緊張しながら見つめる。
顔を判別できるほどの距離になると、レオが言った。

「マサトだ!」

レオが駆け出す。
黒いダウンジャケットのようなものを纏ったマサトらしき人物も、レオに向かって走り出す。
由衣はホッとする。

(レオが身を隠せる場所に辿り着けて良かった)

由衣もレオのもとに駆け寄る。
マサトはレオと同年齢のような顔立ちに見えた。長めの前髪を左右に分け、すっきりとした一重目蓋をしている。
レオがマサトに由衣を紹介する。

「こちらは中嶋由衣さん。昨日、知り合ったばかりなんだ」

マサトがびっくりしたような顔で由衣を見つめ、呟く。

「マリ?」

あり得ないもの、まるで幽霊でも見ているように、目を丸くする。
レオが口を開く。

「びっくりして当然だよね。由衣、マリに生き写しだよね」

「あぁ、ホント、びっくりしたよ。あまりにもそっくりで。すみません、じ~っと見てしまって」

マサトが謝る。

「いいえ、謝らなくても大丈夫です」

由衣は薄く微笑む。
マサトが2人に声をかける。

「じゃあ、僕達の住居に案内するよ」

由衣とレオはマサトの後に続く。
レオは度々後ろを振り返る。
静まり返る深夜だからこそ、由衣も警戒心が増す。

「後、つけられてないよね?」

由衣はレオに聞く。

「うん、たぶん大丈夫」

マサトは古びた倉庫の裏へと進む。
建物全体がかなり黒ずんでいて、所々外壁も剥がれ落ちている。恐らく今は使われていないのだろう。
マサトは一旦立ち止まり、しゃがみこむと、地面に突き出た取っ手を掴む。約1メートル四方の蓋が開く。

「ここから下りていくんだ。あっ、蓋は閉めてくれ」

そう言うと、マサトは階段を下り始める。由衣とレオも、素早く下りる。
下りた先は、細長い廊下へと続いている。両脇に等間隔にドアが並んでいた。

「ここには未来から逃げてきた、元兵士たち10人が暮らしてる。 皆、日雇いやバイトで生計を立てている。この地下の住居は、皆で協力して作ったんだ」

そう、マサトが説明する。

「今は皆寝てるから、朝になったら2人を紹介するよ。レオ、今日からこの部屋に住んでいいよ。まずは、ゆっくり休んでくれ」

マサトは突き当たりにあるドアを指差す。

「ありがとう、マサト。恩に着るよ!」

レオの言葉にマサトは笑顔で頷き、別室に向かう。

「やっと、ゆっくり休めるね」

レオが労るような眼差しを由衣に向ける。

「うん、ホッとするね」

2人は突き当たりにあるドアを開け、部屋へと入って行く。
6畳くらいの広さで、シングルベッドが2つ配置されているだけの、簡素な部屋だ。地下で窓がないせいか、多少圧迫感を感じる。

「シングルベッドに2人で寝るのは狭いかな?」

レオは少し照れたように言う。
由衣は首を振る。

「狭くても関係ないわ」

「じゃあ、由衣、一緒に寝てくれる?」

「もちろんよ」

言いながら由衣はレオに抱きつく。
そのまま2人はベッドに倒れこんだ。
レオは由衣のおでこにそっと唇を押し付ける。そのまま唇へと移動し、ついばむように重ねる。由衣は、うっとりと目を閉じた。
こうしていると、今抱き合っているのが弘樹なのではないかと、そんな錯覚に陥る。と同時に、罪悪感を抱く。

(弘樹を思い出すなんて、レオに対して失礼よね)

由衣は自分を戒める。

「由衣、今日はずっと僕についてきてくれて、ありがとう」

レオは由衣の髪を、慈しむように撫でながら耳もとで囁く。
レオの手の感触の心地よさに由衣は目を細め、眠りの淵を彷徨う。
幸福感に抱かれながら、やがて2人は眠りに落ちていった。


混濁した意識の中に、足音が聞こえる。
時折、ぼそぼそと話す声が混じる。
どこから聞こえてくるのだろう。
覚めやまぬ夢の中で、由衣は不思議に思う。
耳もとで、かすかに寝息が響く。誰かが寝返りを打つ気配がした。

(誰?)

次第に眠りの底から上昇し始める。
ゆっくりと目蓋が開かれる。辺りは薄暗い。視界には何もない。アパートの自分の部屋ではないことは確かだ。
隣に目を向ける。仰向けに眠る男性を見て、ハッとした。

(弘樹?)

ゆるゆると、記憶が巻き戻る。
バタバタと駆け込んだ終電で、弘樹にそっくりの男性、レオと出逢ったのを思い出す。その後、様々なアクシデントを経て、今に至った。ヒヤッとする出来事もあったが、時間が経つにつれ、レオとの絆が強くなっていった。そしてここ、レオのかつての仲間が暮らす地下の住居に辿り着いた。

「由衣、起きたの?」

レオの声に反応し、由衣はそちらに顔を向ける。すかさず、レオが唇を重ねてくる。由衣はそれに応える。

「今、何時かな?」

レオが聞く。

「時計がないから、分からないよね」

その時、ノックの音が響いた。

「起きてるかい? 入っていいかな?」

マサトが声をかけてくる。

「いいよ」

レオが答えるとドアが開き、マサトが入ってくる。

「おはよう、ちゃんと眠れた? でも数時間しか経ってないから、たぶんまだ眠いよね」

「そうだね、まだ寝足りない気分だね」

レオが笑いながら言う。

「隣に洗面所があるから、使っていいよ。その後、すぐそこの食堂に来てくれ。皆に紹介するよ」

「分かった、ありがとう、マサト」



由衣とレオは軽く身だしなみを整えると、食堂に入って行く。
テーブルに着いているもと兵士達は食事を終え、各々寛いでいた。

マサトは由衣とレオの隣に立つと、

「皆、新しい仲間を紹介するよ。以前、未来で僕と一緒に兵役に就いていたレオ、そして隣の女性はレオの友人だ。仲良くしてやってくれ」

レオと由衣は笑顔を作りながら、頭を下げる。

「初めまして。住む所が決まって、ホッとしてます。こちらは中嶋由衣さん。今の時代の女性です。皆、よろしくお願いします」

レオはハキハキと言う。

「私はここから少し離れた場所のアパートに住んでますが、時々ここに来ると思います。よろしくお願いします」

由衣は再度、頭を下げる。
皆、柔らかい笑みを湛え、2人を見ている。が、どことなく暗い影が、皆の表情に刻まれているように見えた。未来の兵役で心を壊し、未だに怯えている、とでもいうような……。
由衣の胸が、チクリと痛む。
その中の1人が、声を発した。

「こちらこそ、よろしく! ここでの生活、きっとすぐ慣れるよ」

ちょうどその時、1人の男性が食堂に入ってきた。
そして、由衣を見た瞬間、

「キミ、マリさんじゃないのか? イヤ、マリさんにそっくりだ……」

男性は驚きを露わにしている。

「マコト?」

レオはマコトらしき男性を見つめ、そう言った。そして、懐かしそうに微笑む。

「レオ! あぁ、キミだったのか。1人入居することが決まったと聞いて、誰かと思ったら、まさかレオだったとは」

マサトがその様子を見ながら、

「そうか、キミたち、知り合いだったのか」

「あぁ、マコトとは同じ部隊だった。僕より先に逃亡して、ずっと安否が気になってた。会えて良かったよ」

と、レオは安堵に満ちた表情で言う。

「そっか、レオもあの時代から逃げて来たんだ」

マサトはうんうん、と頷きながら、

「それにしても彼女、マリさんにそっくりで、びっくりしたよ」

また、レオの亡き恋人にそっくりだと言われ、由衣は少し嬉しいような、嬉しさとはちょっと違うような、複雑な心境になる。

「うん、マリに似てるよね。彼女、名前は中嶋由衣さん。昨日知り合ったばかりなんだ」

そう、レオが紹介する。

「そうか、中嶋さん、よろしく! マコトって言います」

マコトが握手を求めるように、由衣に手を伸ばす。
由衣も手を差し伸べると、マコトは力強く握り返し、大げさに手を振りながら握手する。

そうだ、とマサトが声をかける。

「お腹減っただろう? パンと卵しかないけど、すぐ用意するから適当に座って待っててくれ」

「マサト、すまん。何から何まで」

レオがマサトにお礼を言う。
そんな光景を、周りに気づかれないよう、不敵な笑みを浮かべている男性がいた。
もちろん、由衣とレオは気づいていない。その男性、アキラが謎の笑みを浮かべていることに。
由衣とレオは空いている席に座り、その隣にマコトも座った。
アキラは和やかに談笑する彼らを横目に見ながら、そそくさと食堂から出て行く。


翌日、由衣は仕事を終えると、すぐさまレオのもとに駆けつけた。
何気なく食堂に目を向けると、レオが椅子に座り、真剣な表情で雑誌のようなものを見ていた。

由衣はレオの隣に座り、

「何見てるの?」

「あっ、由衣、来てくれたんだ」

レオは顔を上げ、嬉しそうに言う。

「うん、だって、レオに会いたいから」

「ありがとう、由衣が来てくれて嬉しいし、助かるよ。なるべく地上には出たくないからね」

「そうよね。ところで、何見てるの?」

「求人情報誌があったから、ちょっと見てみたんだ。ここに置いてもらってるから光熱費もかかるし、何か仕事しないとね」

「そっか、そうよね。何か、いいのあった?」

由衣は求人情報誌を覗きこむ。

「バイトは結構たくさんあるよ。僕がいた時代と違って、肉体労働が多いね。僕の時代は、そういうのは全てAIがやってたんだ。だからここの時代より職種は少なかった」

「そうなんだ、未来は人間がやってた仕事、結構AIがやってるのね。まあ、今も既にAIに仕事を奪われてる職種もあるけど。レオの時代だと、仕事探すの大変だったのね」

「あっ、そういえば……」

とレオが言いかける。
何? と由衣は目で問いかける。

「仕事するとなると、身分証明書が必要だよね? 参ったな、どうしようか」

「大丈夫よ。私、ちゃんと用意してきたの」

由衣はバックに手を入れると、ある物を取り出す。

「ほら!」

取り出した物を、レオの前に掲げる。
レオはそれを、まじまじと見る。

「健康保険証、誰の?」

「弟から借りてきたの。レオが仕事探す時、必用になると思って」

「そっか、僕のためにそこまで考えてくれてたんだ。ありがとう由衣」

「うん、弟がしばらく使う予定はないと言ってたから、当分レオが持ってていいよ」

由衣はレオに保険証を手渡す。

「ありがとう、助かるよ。でも別人だというのが、ばれたりしないかな」

「たぶん大丈夫だと思う。私、前に友達に保険証を何回か貸したけど、大丈夫だったよ」

「そうか、じゃあ借りるよ。失くさないように気をつける。でも、由衣に弟がいたなんて。そのうち、由衣の弟に会ってみたいね」

レオが、好奇心に満ちた顔をする。

「いいよ。でも、きっとびっくりするかもね。レオは弘樹にそっくりだから。弟は何回か弘樹に会ったことがあるのよ」

「そうか。じゃあ、びっくりする可能性、濃厚だろうね。でも、どれだけそっくりなのか、写真があるなら見てみたいね」

「あるよ、写真。見てみる?」

由衣はスマホを取り出すと、保存している写真を表示させ、レオの前に差し出す。

「ほら、どう? 似てるでしょう?」

レオの目が、写真に釘づけになる。
微動だにしないレオ。
内心、酷く驚いているのが、その様子から見てとれる。

「信じられない。まるで、ドッペルゲンガーみたいだ。自分が自分を見ている、という気がしてくる」

「ドッペルゲンガー? どういう意味なの?」

初めて聞く言葉に、由衣は興味を示す。

「自分にそっくりな人物が、世界のどこかにもう1人いるってことだね。幻覚かもしれないという説もある。ドッペルゲンガーを題材にした小説やゲームもあるね」

「ふーん、確かに似てる人っているよね。友人かと思って声をかけようとしたら、別人だったとか。でも、自分に似てる人と出くわしたら、びっくりするよね」

レオは写真をまじまじと見ながら、

「まるで双子みたいだ。両親や友達が見たら、僕と勘違いするだろうな」

うん、うん、と由衣はしきりに頷く。

「そうだ、私もマリさんの写真、見てみたいな」

「いいよ。きっと由衣もびっくりするよ。あっ、部屋に行こうか。ここだと落ち着かないよね」

2人は立ち上がり、レオの部屋に移動する。
一緒にベッドに腰を下ろすと、レオは首からペンダントを外す。
レオがペンダントを付けていたのを、由衣は初めて知った。服の下に隠れていたため、今まで気づかなかった。
シルバーのスクエア型のペンダントを、由衣は待ちきれない思いで見つめる。
レオがペンダントのロケットを開くと、由衣の前に掲げる。

「マリだよ。由衣と同じ顔してる」

レオがにこりと微笑む。

(えっ!?) 

写真を見るや否や、由衣の表情が固まった。
写真の女性はダークブラウンのストレートセミロング。卵形の輪郭に、目尻が少し下がったアーモンド型の目。下唇がやや厚めの口元をしていて、由衣そのものに見えた。
ペンダントに収められた、ほのかな笑みを湛えた写真は、まるで自分を見ているようだった。
レオのかつての恋人が、自分に似てるだろうというのは、充分予想していたとはいえ、これほどそっくりだと驚くというより、実に奇妙な気分になる。
と同時に、嫉妬の感情が沸き上がる。
自分にそっくりとはいえ、自分ではないその女性が一時レオに愛され、写真を収めたペンダントを、レオが肌身離さず身につけていたのだから。

(私は、弘樹にどれくらい愛されていたんだろう?)

愛は目に見えないから、考えたって分からない。
写真から目を離せずにいる由衣に、レオが声をかける。

「由衣、声も出せないほど、驚いたみたいだね」

レオの声に、由衣は我に返る。

「こんなことって、あるんだね。自分にそっくりな人なんて、今まで見たことないし、ホント信じられない。よく、自分に似てる人は、この世界に約3人くらいいるって聞いたことあるけど、そうなんだなって、実感してる」

「うん、不思議だよね。だから初めて由衣を見た時、びっくりしすぎて心臓止まりそうだったよ」

レオはロケットを閉じると、ペンダントを首にかける。
そうして再びペンダントを肌に密着させる行為に、由衣はまた嫉妬を覚える。
嫉妬を抑えようとしても上手くいかず、思わずレオに問いかける。

「ねぇ、そのペンダント、これからもずっと、つけるつもりなの?」

「えっ、そのつもりだけど」

由衣はペンダントに視線を当てたまま、言うべきか否か逡巡する。

「由衣、どうしたの?」

レオが不思議そうな顔をする。

「マリさんが、ちょっと羨ましいな、と思ったの」

「羨ましい?」

「うん。だって、マリさんの写真を収めたペンダントを、レオが肌身離さず身につけていて、今もレオに愛されていて、マリさん幸せなんだな、と思ったら羨ましくなってしまって」

由衣は目を伏せる。
亡き人に対して、嫉妬する自分に嫌気が差す。

「ごめん、由衣。気がきかなくて」

「うん、でも、マリさんのほうがレオとの付き合いは長いんだから、私と比べるのも変かもしれないけど」

「マリとは、10年の付き合いだったしね。とはいえ、もし由衣もペンダントに弘樹さんの写真を入れて身につけてたら、僕も嫉妬したかもね」

好きなら嫉妬するのは当たり前。
そう、由衣は心の中で呟く。
そして、たった今芽生えた願望を、口にする。

「ねぇ、私のわがまま、聞いてくれる?」

レオが何? というように由衣を見る。

「そのペンダント、外してほしいの」

レオの顔に憂いが滲む。眉を寄せ、俯き加減になる。

「それは……」

「無理、なの?」

由衣の中に不満が宿る。

「もう、ペンダントは身につけるな、ということか?」

レオの言葉に、由衣は頷く。
少しの沈黙の後、レオが口を開く。

「いくら由衣の頼みでも、ちょっと難しいと思う」

「マリさんのこと、まだ愛してるのね?」

レオは口をつぐんだまま、じっとしている。無言の意味は、マリへの愛情の現れなのか。

(私、レオを追いつめてるのかしら)

知り合ってまだ日が浅いのに、異様にマリに嫉妬して、一方的に要求を押しつけている自分が、何だか酷い人間に思えてくる。

「少し、考えさせてくれないか」

レオにどう返答するべきか、由衣は言葉を探す。

「もし、由衣が逆の立場だったら、どうする? 例えば、弘樹さんからプレゼントされた指輪をいつも指にはめていたとして、それを見るのが辛いから捨ててくれ、と僕が頼んだとしたら……」

由衣は、ハッとして手もとを見る。
左手の薬指には、誕生日に弘樹からプレゼントされた指輪がはめられている。
18金の土台に、四ツ葉のクローバーをモチーフにしたピンクトパーズが配置されていて、とても気に入っている。由衣は指輪を毎日はめている。
レオはこの指輪が、弘樹からプレゼントされたものだと予想したのだろうか?
指輪をはめているのは、未だに弘樹を愛していることにほかならない。
指輪は手の一部として馴染んでいる。指輪をはめるのは当たり前の行為になっているから、朝にバタバタして指輪をはめるのを忘れて出勤すると、忘れ物をしたような、物足りない気分になる。

「由衣がしてるその指輪、弘樹さんからプレゼントされたものなんだろう?」

レオの問いに、由衣は無言で頷く。

「僕も、その指輪に嫉妬を覚えるよ。でも、何とか我慢してる。由衣に指輪を外してとは言えないよ」

由衣はどうしたものか、と考える。
これだと、レオにペンダントを外してほしいという欲求は、我慢しなければいけないということか。自分だけ、わがままを通すのは理不尽だろう。
ペンダントの件については、一旦保留にしようか?

「分かった。さっきの私の発言、撤回するね」

どことなく気まずい雰囲気が漂う。

(せっかくレオに会いに来たのに……)

今日はもう帰ろうか、と由衣は考え始める。

すると、レオが由衣、と言いながら向き直る。

「由衣の気持ちも尊重するよ。好きなら嫉妬するのは自然だし、抑えきれなくて
言葉にするのも分かる。僕に嫉妬してくれるのは、正直嬉しいよ。だけど、僕にも感情というものがあるから、もうペンダントをしないでと言われても、そうすぐに気持ちを切り替えるのは難しいよ。分かってくれるかい?」

真っ直ぐな眼差しを向けてくるレオ。
その純真な瞳に、由衣は痛いくらい心を打たれる。

「うん、分かった」

100パーセント納得したわけではなかった。でも、これ以上言い合いを続けるのは疲れる。しつこいと思われて嫌われるのも嫌だった。一旦、由衣は引き下がることにする。

「悩ませて、ごめんね。私、今日はもう帰るね」

由衣はベッドから立ち上がる。

「もう、帰るの?」

レオも立ち上がり、名残惜しい口ぶりで由衣を見る。

「うん、明日はちょっと早めに出勤しないといけないから」

「次は、いつ来れる?」

「まだ、分からない。周りの人の目もあるしね」

「周りは気にしなくていいよ。あまり間が空くと寂しい」

レオは由衣の肩に手をかける。レオの顔が近づき、由衣は目を閉じる。レオの唇が重なる。一旦仕舞いこんだ恋心が沸き上がる。切なくて、ギュッと胸が締めつけられる。

(レオを誰にも取られたくない。レオは私のもの)

亡き恋人、マリに対抗してるわけではないが、誰にも負けたくない、と由衣は思った。