ロマンスに、キス




ついさっきまで怒りの温度でぐつぐつ煮え立っていた胸の中が、 一瞬で“別の熱”に塗り替えられるなんて。

なんで。なんでこいつは──顔だけは、こんなにも、あたしのタイプなんだ。
スーツ、白手袋、整えたセンターパート。 普段のだるそうな雰囲気とは違う。けど、違うのに、ちゃんと“佐野”で。


刺さる。刺さりすぎる。

不覚にも、その場で固まって見惚れてしまい、扉の前で棒みたいに立ち尽くしていると、「なんだよ」 片眉を少し下げて、気だるそうに声を出す。

……なんだよ、はこっちのセリフだ。 ほんと、こんなのズルいでしょ。


“執事やるなら言っといてよ”なんて絶対言えない。そんなこと言ったら、顔がちょっといいからって絶対調子のる。 それも、全方面にめんどくさい方向で。


深呼吸。 いったん心の中に冷たい空気を流し込む。

さっきまで胸を占めていたイライラはどこかへ消え失せていて、その代わりに、佐野のスーツ姿を視界に入れた瞬間だけ、ドッと心拍が跳ね上がる。


落ち着け。顔に出すな。頼むから。



「一千華、休憩?」

「え? あぁ、うん」



……やばい。間抜けな声、出しちゃった。
恐る恐る佐野をちらり見る。気づいていない、っぽい。ほんの少し胸を撫で下ろす。