ロマンスに、キス




チュー、とストローでコーヒーを吸うと、佐野が言った。



「悪くねーよ。いいじゃん、一緒にいて楽しい」



思わず、ストローが口から外れた。



「猫かぶってるお前より、今の方がいい」



……なに?今、それを本気で言った? 天使のあたしより、あの完璧に整えた“柏谷一千華”より、こんな素のあたしがいいって? そんなの、あるわけないのに。



「なに?あたしのこと好きになった?」



むず痒さを誤魔化すみたいに、ついニコッと笑って言ってしまった。



「猫かぶってるとき、キモいって言っただけ。勘違いすんなよ」



……勘違いなんて、してませんけど。ほんと腹立つ。



「俺が初キス奪ったってことは、一千華誰とも付き合ったことないってこと?」

「下の名前で呼ばないでくれる?」

「かしわだにって長すぎんだよ。こんくらい許せよ」



そう言って、コーヒーのストローを口に咥えたまま、佐野は目線だけであたしを見る。

あたしのことを下の名前で呼ぶ人なんていない。そもそも“友だち”って呼べるような相手もいないし、作らなくても困らなかった。だから、昨日今日会っただけの、このよく分からない男に呼ばれたくない。でも、言ったところで絶対聞かない。

それに、佐野が言うみたいに苗字が長いのは事実で、呼びにくいから“一千華”ってだけなんだろう。そこに深い意味なんてあるはずない。


……あたしの寛大さに感謝してほしいくらい。