私、三枝メイサは学校の図書室に本を返しに来ていた。

 でもカウンターに本を出したら、後ろの本棚から聞き覚えのある声がした。


「これが読みやすいんじゃないかな」

「ゴールデンスランバー?」

「うん。あ、私はホワイトラビットと、アイネクライネナハトムジークも好きなんだけど……」


 従姉弟の一ノ瀬颯と、その彼女の柊莉子だ。

 気づいたら、もうダメだった。


「う……、く……」


 涙が溢れる。

 慌ててカバンからタオルを出して顔を押さえた。

 だって、私、颯のことがずっと好きだった。

 家が近くて、一緒に育ってきて、きっといつまでも一緒だと思っていたのは、私だけだった。



「……ウザ」

「は……?」


 低い声が聞こえて顔を上げたら、図書委員の男の子が私を睨んでた。


「そんなんだから振られるんだよ、ウザ」


 なっ……何、こいつ!?

 そいつのブレザーには1年生のカラーの校章がついている。

 
「な、なんでそんなこと……!」

「負け犬ってマジでよく吠えるんだな」

「……わ、私だって好きで負けたんじゃない!!」


 思わず、相手に詰め寄った。

 そいつは目を見開く。


「そんなに言うなら、私に勝たせてよ! 颯がやってたみたいに、100日で!」

「はあ……?」


 ぽかんとした顔に、ちょっと冷静になった。

 ……私、何言ってるの、初対面の1年生に。

 相手は口元を手で押さえて肩をふるわせている。


「ご、ごめん……八つ当たりした」

「く、ふふ、あはは、いいよ、負け犬先輩」

「えっ」


 1年生の手が伸びてきて、私の髪をさらりとすいた。


「あんたを、100日で勝たせてあげる」


 切れ長の一重の瞳が、鋭く私を射貫いた。