夜と最後の夏休み

「じゃあ、始めましょうか」


 夏休みの終わる数日前。僕はリビングで母さんと宿題の見直しをしていた。

 母さんはワークと読書感想文、工作が終わっていることを確認していった。


「読書感想文、誤字脱字があるわね」

「え」


 見直しは何度もしたのに。

 読書感想文を書いた原稿用紙を、母さんが家のコピー機でコピーした。

 そして間違っているところに赤ペンでチェックをつけていく。


「ほらここ、漢字が違う。あと一段下げ忘れてる」

「うわあ」

「自分でも、もう一度見直しをて。原稿用紙はまだあるから書き直しておいて」

「はい……」


 そして問題の自由研究にも母さんは目を通した。


「うん。いいんじゃない。やったこと、できたこと、できなかったことが全部書いてある。あと、そうねえ。この辺に総括っていうか、感想を書いておいてほしい」


 この辺に、と母さんは下の方のあいているところを指さした。


「夏の間、家事をしてみてどうだった?」

「思ったほど簡単じゃなかった」

「じゃあ、そういうことを書いて」


 それ、いるのかなあ。そんな僕の疑問を見透かすように、母さんはにやっと笑った。


「それが大事なのよ。やってみて自分がどう思ったか。楽しかった? 面倒だった? つまらなかった? 家事なんて楽しいものじゃないけど、これは別に嫌いじゃないとか、これは無理とかあるわけでね。自分の好きをのばしつつ、嫌いをどう緩和するか。それが家事を続けるコツよ」


 それじゃあ、あとは自分でね。そう言って母さんは台所へと行ってしまった。




 確かに家事にもいろいろあった。洗濯物を干すのは嫌いじゃない。干したタオルが風でふわっと広がるのも、取り込むときにお日様の匂いがするのもいいなって思う。

 逆に料理は苦手だ。計算ができない。ここに塩を足したら美味しくなりそうって思っても、塩を入れすぎたり、なんかちょっと違ったりする。めんつゆを入れたらだいたい美味しくなるからそればかり入れてたら、飽きちゃったし。

 掃除は? ゴミ捨ては? 他にもいろいろあって、たぶん僕には全部を把握なんてできていない。


 うんうん悩みながら感想を考えていると、母さんがコップを持って戻ってきた。


「そんなに難しく考えなくていいのよう。夜は料理が苦手でしょ。料理はまだコツがつかめなくて難しいとか、そんなのでいいの」


 そう笑ってコップを置いて、今度こそ出て行ってしまった。たぶん書斎で内職なんだろう。

 母さんが置いていったコップの中では炭酸がしゅわしゅわいっている。サイダーかラムネかな。すぐに水滴が集まってくる。


「……考えてもしょうがないか」


 さっき考えていたようなこと。洗濯物の事とかをさらさらと書く。

 こんなちょっとしたことを毎日やって、たったそれだけで、僕は自分のことが自分でできるようになるのかな? なんて思ったりもした。

 でも、そのちょっとしたことがまともにできないと知って、けっこうショックだったんだ。

 だから美海にもちょっと待っててほしいと言った。

 ちょっとしたこともまともにできない僕が、美海にすがらずに生きていけるわけがない。


「……匠海さんに習おうかなあ」


 匠海さんは料理ができる。美海に聞いた話だと、家事は一通りなんでもできるらしい。美海はそれが当たり前というか、それが普通だと思っているところがある。

 つまり、匠海さんくらいできないと、美海にがっかりされてしまう。


『お兄ちゃんの方が上手だよ』


 美海にそんなこと言われたら立ち直れないかもしれない。もうちょっと、頑張ろう。

 決意を新たに立ち上がろうとして……読書感想文のことを思い出して座り直した。あー……かっこ悪い。


 しゅわしゅわしゅわ。


 自信が、サイダーの泡のようにはじけて消えていくようだった。