夜と最後の夏休み

 私、矢崎詩音はサンダルを履いて、夜と美海にお待たせと駆け寄った。

 二人は待ってないよって笑って私を間に入れてくれる。


「詩音、海に行こう」


 夜が海岸のある方を指さした。


「貝を拾おう。お兄ちゃんが焼いてくれるって」


 美海はバケツと熊手を持っている。


「今の時期に貝ってとれるの?」


 潮干狩りって春の終わりじゃなかったっけ。


「何かいるよ」


 笑って美海は歩いて行った。




「二人に聞きたいことがあって」


 なんとなく。本当になんとなく思いついて二人に声をかけた。

 夜と美海は、なあにと振り返った。


「詩音の名前、どう思う?」

「どうって?」


 すかさず夜が聞き返してくる。


「よくわかんないけど、僕は好きだよ」


 詩音が返事をする前に夜は続けた。


「呼びやすいし。間違えないし。わかりやすいし」

「私も好きだな」


 夜に続けて美海が言った。


「きれいな名前だよね、詩音って。詩と音だよ。夜が言ってるみたいに呼びやすくてわかりやすいし、うん。私も好きだな。詩音の名前」


 二人の言葉に声が出なかった。どうしてこの二人はいつも詩音がほしい言葉をくれるんだろう。

 泣かないように下を向く。唇をかんで声を塞ぐ。

 二人はなにも言わずに隣を歩いていた。


「……ありがと」


 なんとかそれだけ言って、二人に遅れないように歩いた。





「こんな時期でも採れるもんなんだねえ」


 海につく頃には涙もおさまって、無事に夜と美海と一緒に貝を探すことができた。

 そして貝は思ったよりたくさんいた。


「もうバケツがいっぱいだ」

「そだね、これくらいにしとこ。海水をなみなみになるまで入れておいてってお兄ちゃんが言ってた」


 美海は貝を落とさないように、バケツに海水をくんだ。夜は熊手で砂の城を作っている。


「貝は焼いて食べるんだっけ」

「あとパエリヤ作りたいって言ってた。他にも頼めば作ってくれると思うよ」

「そっか。楽しみ」


 パエリヤってなんだろう。名前は聞いたことがあるけど、どんなものかがわからない。


「パエリヤってなに?」


 私が聞く前に夜が顔を上げた。


「おしゃれな炊き込みご飯」

「ふうん」


 夜は頷いて砂をかき集める作業に戻る。え、今のでわかった?


「詩音にはよくわかんなかった」

「えっとねー……貝とかの具材を……スープで炊いたモノ?」

「味は? 醤油じゃないんだよね?」

「たぶん塩……」


 美海はしどろもどろになってしまった。


「ごめん、問い詰めるつもりはなかったんだけど」

「ううん。私もよくわかんなくて。お兄ちゃんに聞いてくれる? たぶん詩音が聞いたら喜ぶし、いくらでも教えてくれるから」

「そう?」


 うん、と美海は頷いた。まあパエリヤのことをすごい知りたいかって言ったら、そうでもない。ただ知らなかったから聞いただけだ。

 美海のところは家族の仲がよくてうらやましい。だから美海のお兄さんが喜ぶというのなら聞いてみよう。ちょっと仲間に入れてもらえたような気になれるかもしれない。