夕方、庭で天体望遠鏡を設置していると美海がやってきた。
髪は肩の下で揺れていて、白いブラウスと青いふわっとしたハーフパンツがよく似合っている。そんなふうにまず考えるのは、詩音に服装について聞かれたからかもしれない。
「こんにちは、美海。こんばんは?」
「んー、こんばんは、かな。ねえ夜。今いい?」
「もちろん」
美海はちょっとしょんぼりした顔をしていた。なにかあったのだろうか。
「ちょっと待ってて」
縁側に美海を待たせて家に入る。麦茶を持って戻ると美海は少し嬉しそうにしてくれた。
「ありがと」
「暑いから」
僕は庭に戻って望遠鏡の設置を再開する。東の空の方にレンズを向けてピントを合わせたり、星座盤で最初に見えそうな星を確認する。
「夜はさ、したいことってある?」
「南十字星が見たい。もっと高いところに星を見に行きたい」
「そうじゃなく、将来の話」
今したいことを言ったら、どうも違ったらしい。
「将来? それもいろいろあるなあ。プラネタリウムで働くのもいいし、宇宙航空系の研究施設も憧れる。気象衛星系の研究所だって気になる」
「すごい」
美海ため息を吐いた。
「別にすごくない。僕は僕の好きなことや興味のあることを並べているだけ。そのためになにかしてるわけじゃない」
振り返ると、美海はうつむいて足をぷらぷらさせていた。
「どしたの」
望遠鏡がぐらついてないことを確認して、美海の横に座った。美海は顔を上げない。
「将来の夢を聞かれて、答えられなかった。詩音は受験するって自分で決めて勉強してるし、お兄ちゃんもちゃんと考えてるし、夜だってやりたいこといっぱいあるのに。私だけ、なんにもない」
ぼそぼそとしょぼくれた声。しょんぼりした美海はあんまり好きじゃないけど、それを言っても仕方ない、僕だって美海には山ほどかっこ悪い姿を見られてきているのだ。
「匠海さんはなにか言ってた?」
「お兄ちゃんは好きな科目や好きなものから考えたらいいって」
「美海はなにが好きだっけ」
「国語と英語」
国語と英語。そういうのが役立つ仕事ってなんだろう。
「あれだ、キャビンアテンダント。あと外国語教師。あと……えーっとあれ……ちょっと待って」
母さんが内職と呼んで、たまにやっている仕事。名前が出てこないので聞きに行った。
「ねえ美海。翻訳だって」
「翻訳?」
帰ってきたら、やっと美海は顔を上げてくれた。その目には涙がなみなみとたまっている。手元にハンカチもタオルもない。でもそのままになんてできない。
「きれいじゃないんだけど」
自分のシャツの裾で美海の目元を拭いたら、こすりすぎて赤くなってしまった。
「ごめん、痛い?」
「だいじょぶ。こっちこそ、ごめん」
また家の中に戻ってティッシュの箱を持ってきて美海に渡した。最初からそうすればよかった。
髪は肩の下で揺れていて、白いブラウスと青いふわっとしたハーフパンツがよく似合っている。そんなふうにまず考えるのは、詩音に服装について聞かれたからかもしれない。
「こんにちは、美海。こんばんは?」
「んー、こんばんは、かな。ねえ夜。今いい?」
「もちろん」
美海はちょっとしょんぼりした顔をしていた。なにかあったのだろうか。
「ちょっと待ってて」
縁側に美海を待たせて家に入る。麦茶を持って戻ると美海は少し嬉しそうにしてくれた。
「ありがと」
「暑いから」
僕は庭に戻って望遠鏡の設置を再開する。東の空の方にレンズを向けてピントを合わせたり、星座盤で最初に見えそうな星を確認する。
「夜はさ、したいことってある?」
「南十字星が見たい。もっと高いところに星を見に行きたい」
「そうじゃなく、将来の話」
今したいことを言ったら、どうも違ったらしい。
「将来? それもいろいろあるなあ。プラネタリウムで働くのもいいし、宇宙航空系の研究施設も憧れる。気象衛星系の研究所だって気になる」
「すごい」
美海ため息を吐いた。
「別にすごくない。僕は僕の好きなことや興味のあることを並べているだけ。そのためになにかしてるわけじゃない」
振り返ると、美海はうつむいて足をぷらぷらさせていた。
「どしたの」
望遠鏡がぐらついてないことを確認して、美海の横に座った。美海は顔を上げない。
「将来の夢を聞かれて、答えられなかった。詩音は受験するって自分で決めて勉強してるし、お兄ちゃんもちゃんと考えてるし、夜だってやりたいこといっぱいあるのに。私だけ、なんにもない」
ぼそぼそとしょぼくれた声。しょんぼりした美海はあんまり好きじゃないけど、それを言っても仕方ない、僕だって美海には山ほどかっこ悪い姿を見られてきているのだ。
「匠海さんはなにか言ってた?」
「お兄ちゃんは好きな科目や好きなものから考えたらいいって」
「美海はなにが好きだっけ」
「国語と英語」
国語と英語。そういうのが役立つ仕事ってなんだろう。
「あれだ、キャビンアテンダント。あと外国語教師。あと……えーっとあれ……ちょっと待って」
母さんが内職と呼んで、たまにやっている仕事。名前が出てこないので聞きに行った。
「ねえ美海。翻訳だって」
「翻訳?」
帰ってきたら、やっと美海は顔を上げてくれた。その目には涙がなみなみとたまっている。手元にハンカチもタオルもない。でもそのままになんてできない。
「きれいじゃないんだけど」
自分のシャツの裾で美海の目元を拭いたら、こすりすぎて赤くなってしまった。
「ごめん、痛い?」
「だいじょぶ。こっちこそ、ごめん」
また家の中に戻ってティッシュの箱を持ってきて美海に渡した。最初からそうすればよかった。



