「だって再来年の今頃は俺、受験勉強してんのよ? つまり進路決めなきゃってことでさあ。だからもはや将来の夢なんてかわいらしいもんじゃなくて、成績とそこから選べる進路っていう、現実的な分岐点だな」


 あーやだやだ。そう言って今度はざくざくとグラノーラにクリームを混ぜ始めた。私はまだ真ん中らへんのスポンジをちまちま食べていて、ジャーが結露でひたひたしてきた。


「お兄ちゃんは料理上手なんだから、そっち系いいと思う」

「そうだなあ。そういうのも考えてはいるんだけど。作り手じゃなくても栄養士とかあるし。学校や幼稚園の調理師も、あれって力仕事だから男でも行けそうだし」

「考えてるんだね」

「そらそうよ」


 やっぱりなにも考えてないの私だけじゃん。甘くておいしい気持ちが、またちょっと萎える。


「将来の夢って言うと大げさだけどさあ、好きな科目とか得意な教科とか、そういうのを伸ばしていくっていうのもアリだな。あと好きな本とかな」

「好きな本?」


 教科はわかるけど、本?


「同じクラスに不思議の国のアリスが好きな女子がいて、好き過ぎるから作者のルイスなんちゃら? の国の文学を専攻したいって言ってた」

「すごい」

「親からそんなん金にならねえって反対されたらしいんだけど、金がほしくて勉強するんじゃないんだよって大げんかしたって言ってて」

 ……ずいぶん詳しいね?


「それ元カノの話じゃ」

「うるせえ」


 お兄ちゃんはそっぽを向いてしまった。吹き出しそうになるのをなんとか堪える。


「おいしかった。ごちそうさまでした」

「おう。洗うのは任せた」

「はいはい」


 お兄ちゃんのジャーを受け取って台所に向かう。調理器具は置きっぱなしだけど、だいたい汚れは落とされているから食洗機にいれるだけでいい。




 明るい縁側から比べたら台所は暗闇だ。目が馴れなくてぜんぜん見えない。まだ縁側にいるお兄ちゃんの姿も逆光で影しか見えなかった。

 お腹いっぱいになったら、なんだか眠くなってきた。お父さんお母さんは今日は仕事でいないし、お兄ちゃんもたぶんこのあとバイトのはず。宿題はやってあるし、少し寝よう。


「疲れたから寝る」

「あいよ。俺は夕方前には家出るから、夕飯は適当にあるもので済ませとけよ」

「うん。お休み」


 手を振って自分の部屋に戻った。


 暗い家の中の、同じように暗い自分の部屋。だけどその暗さが安心できた。少なくとも、この家の中に私の将来を急かす人はいない。

 寝転がって目をつぶった途端に、穴に転がり落ちるみたいに眠りにおちた。