矢崎詩音との話を終えて家に帰ると、孝寿がスカイを切っていた。


「おかえり、ほのか」

「ただいま。孝寿は人の家で何してるの」

「母ちゃんが持ってけって言うから、持ってきたんだけど」


 孝寿は特に手を止めるでもなく返事をする。スイカがきれいに切り分けられて、大きな皿に並べられていく。


「お前の母ちゃんが冷蔵庫に入らないって言うから、切り分けてる」

「あ、そう。母さんは?」


 孝寿にスイカを切らせてどこに行ったんだろう? もらいものなんだから自分で切ればいいのに。


「こっちの半分の方をくりぬいて、フルーツポンチしたいんだと。だから材料買いに行った」

「……そう。じゃあ、くりぬくのやるよ」


 いくら相手が孝寿でも、そこまでやらせて、自分は食べるだけっていうのはあんまりだと思う。

 ダイニングのテーブルに新聞を敷いた。そこにスイカと出してきたボウルを乗せて、スプーンでスイカを一口サイズでくりぬいていく。フルーツポンチにするなら、種も取り除かないといけななあ。


「けっこう疲れるわね、これ」

「疲れたら替わるぞ」


 ちょっと不満を漏らすだけで孝寿は替わってくれようとする。今顔を上げたら、さっき矢崎詩音が行っていたような優しい顔をしているのだろうか。


「もうちょっと自分でやる」


 孝寿に優しくされるのも、甘やかされるのも嫌だからで首を振って作業を続けた。

 嫌だ? なんで?

 よくよく考えれば、今までわたしは散々孝寿に甘えてきた。

 あれも、これも、孝寿はわたしが言えばなんでも助けてくれていたのだ。

 それに甘えきっていたくせに、そのことに気がづいたら恥ずかしくなった。


「ねえ」

「ん? 替わろうか?」


 包丁とまな板を洗いながら孝寿は返事をする。


「そうじゃなく。……ねえ、味見して」


 スプーンにスイカを乗せて孝寿に差し出す。孝寿は


「遠いだろ……」


 なんてぼやきながらも手を拭いて、ダイニングテーブルの横まで来てくれた。わたしは、こんなところでも孝寿に甘えている。


「ん、うまい」


 孝寿はおいしそうにスイカを食べた。

 もし、スプーンを差し出したのが他の誰かだとして、孝寿はどんな顔をするのだろうか。

 わたしがそんなふうに考えてしまうのは、間違いなく矢崎詩音のせいだ。わたしが考えていたいのは佐々木くんのことだけのはずなのに。


「ほのかも味見してみろよ。うまいぞ」


 孝寿が笑顔で差し出すスイカがおいしくて、言葉が出てこないのも、なにもかも矢崎詩音のせいなのだ。そう思わないと、孝寿の顔を見ることも出来なかった。