夜と最後の夏休み

 目の前の大きなパンケーキにナイフを入れる。すごい、ふっかふかだ。こんな分厚いパンケーキ、テレビでしか見たことない。


「お兄ちゃん、すごいね。私にも作り方教えて」

「おうよ。午後からバイトだから、朝のうちにな」

「じゃあ急いで食べる。あ、サラダもおいしい!」

「それは店で教えてもらった特製ドレッシングだ。部外秘だから、作り方は教えないけど残りを冷蔵庫に入れておいたから、好きな野菜にかけて食え」

「かっこいい……お兄ちゃんがかっこよすぎる」


 兄ははいはいと聞き流して台所を片付けている。


「あ、父さんも母さんもそろそろ行くわ」

「はいよ。俺も昼前に出るから」


 お父さんとお母さんは、今日はお見舞い。それぞれのおじいちゃんのところに午前と午後で行ってくるらしい。夜ごはんまでに帰るのかな? お兄ちゃんはバイトで夜は遅くなると。


「美海は留守番よろしく」

「はーい。あ、夜と詩音が遊びにくるって言ってた」

「遊びに行くなら戸締まりしてね」


 それぞれ言いたいことだけ言って解散。お父さんお母さんは車で出ていった。私は片付けをして、お兄ちゃんにパンケーキを教わった。

 おいしくできたら、夜と詩音に出そう。二人は喜んでくれるだろうか。


「うんうん、悪くないな。焼き加減は慣れだから、何度かやってみて自分でコツをつかめ。生地はまだある」

「ありがとう。焼けたのは食べちゃっていい?」

「いいよ。でも全部なくなったら連絡して。帰りに材料買ってくるから」


 あいつらと食うんだろ? と兄は笑った。


「いいよなー……イケメンの幼なじみと夏だけ会える美少女。俺にもわけてくれ」

「イケメン幼なじみは、お兄ちゃんにとっても幼なじみじゃない」


 そう笑うと兄は渋い顔をでブツブツ言い出した。


「だってあいつ、お前にしか興味ないじゃん……なんだよ、かわいげのない。美海美海ってさあ。あんなにかわいがってやったのに」

「そうかなあ」

「そうだよ。ともかく、パンケーキは食っていい。いいけど、詩音ちゃんに兄のおかげだと特に伝えろ。それが条件だ」

「あはは、わかった」


 兄はエプロンを外して台所を出て行く。バイトばかりしている兄だけど高校生なので、それなりに宿題があるとのことだ。

 私も宿題はあるけど、夜と詩音が帰った後にしよう。今はまず、残った生地を焼かなくちゃ。

 台所は暑い。テレビの前に置きっぱなしの団扇を拾って、ぱたぱた扇ぎながら焼けるのを待つ。