「そんなことないよ」
「ほんとか? 嘘つくと耳が赤くなるだろ。昔から」

そんなところまで覚えてるの……と内心思っていると、兄はぽんと私の頭を撫でた。
通りすがりの看護師さんがくすりと笑ったのが気になったけれども、このときほど兄の存在が嬉しいと噛みしめたことはなかった。

(……もう、限界なのかもしれない)

両親には心配をかけたくなくて黙っていたけれど、兄には話すべきかもしれない。
腹をくくって今までのことを全部説明すると、兄は真剣な顔で提案した。

「しばらく家に来ないか?」
「え、でも……」

兄はつい最近結婚したばかりだった。
義姉の美湖さんはしっかり者で優しくて、兄にはもったいないくらい素敵な人だ。
そんな新婚生活に私が入り込むだなんて、気が引けて仕方がない。

「ありがとう。でも、ふたりの生活を邪魔したくないし……。それに、お兄ちゃんたちにまで被害がいくかもと思うと……」

説得に丁重に断りつづける私に、兄は「頑固者め」と怒りつつ、去り際に言葉を残した。

「じゃあ他をあたってみるから待ってろよ」

他ってなんだろう? と思っていたら、その数日後に突然兄に呼び出された。
そして彼――黒瀬湊さんと再会したのだ。