「そんなに? 咲良ちゃん、今すぐでもお嫁さんになれるよ」
「相手がいなくちゃなれませんよ」

 別の鍋にレンジで加熱した大根を移しながら笑って答えると、東條さんは「俺のお嫁さんになる?」と、表情を変えずにさらりといった。

 一瞬、どきっとして手から力が抜け、菜箸で掴みかけた大根が皿に落ちた。

「……またそういう冗談を」

 笑って誤魔化し、再び大根を鍋に入れる。

「こんなオジサンには勿体ないお嫁さんかな」
「もう、そうやってすぐ老け込もうとするんですから!」

 笑いながら手を動かし、なんとか平静を装って、買ってきた顆粒の和風出汁を大根の鍋に入れる。

「ねえ、咲良ちゃん。小松菜はもしかして和え物にするの?」
「そうですよ。お弁当に入れたの、もっと食べたいっていってましたよね」
「大皿を抱えて食べたいくらい好きだよ」
「お嫁さんになったら、毎日作らないとですね」

 どうせ冗談なんだからと思って言い返したら、小松菜の束を洗う東條さんが動きを止めた。

「……そうなったら幸せだろうな」

 小さく呟かれた言葉は、蛇口から流れ落ちる水の音でハッキリとは聞こえなかった。
 でも、最後の幸せだろうなってところは聞こえ、目を細めて少し寂しそうに笑った東條さんの表情が目に焼き付いた。