「あんたはどれだけ、俺の大切な人を傷つければ気が済むんだ。もうたくさんだ!」

 言い切った一織さんは、通話を切ったのだろう。それを握りしめたまま窓に片手をつき、少し項垂れた。
 どうしたらいいのか見当もつかない。だけど、肩で息をする一織さんをただ見ているのは辛かった。

「……一織さん」

 そっと近づいて背中に触れると、びくりと震えた。まるで怯えるような反応だ。
 
「今のはもしかして、お父さんから?」

 できる限り平静を装って尋ねたけど、自分でもわかるくらい唇が震えていた。
 一織さんは返事をしない。なにを考えているんだろう。

 あんなに幸せに満ちていた朝が、たった一本の電話で崩されるなんて。
 振り返らない一織さんの背に寄り添い、その胸に両手を回し。大きな背を抱きしめた。こんなことで安心するかわからないけど、今はこれくらいしかできない。

「なにがあったのか、教えてくれないんですか?」
「……すまない。みっともない姿を見せた」
「そうじゃなくて、なにがあったか話してください」

 やっと返ってきた言葉が謝罪だなんて。