貴方と奏でる夜想曲 貴女に奏でる小夜曲

言葉では伝えきれない想いを、分かち合いたくて、確かめ合いたくて――もっと、分かり合いたくて。

言葉では解決できない何かの“答え合わせ”みたいな?

(柊も、同じ気持ち……?)

彼はよりかかる私の体を優しく離すと、向き直ってくすりと笑った。

「そういえば“装備”とやらは整えてきたの?」

「……ぬかりなく」

(脱がされる準備は万全です!というのも、あれだけど……)

「じゃあ、冒険の旅へ出かける準備は万全?」

「も、もちろん!」

「素晴らしい」

私たちは微笑みあって、唇が触れ合うだけのキスをした。

「一応ちゃんと瑞樹に約束しておくね」

「約束?」

はてなと首を傾げる私に、彼はまっすぐに言った。

「瑞樹が嫌なことは絶対にしない。途中で瑞樹がやめたくなったら、頑張ってちゃんとやめるから」

(私、こんなにも大切に思われて……)

今まで、こんなふうに気遣ってくれる人はいなかったもの。

「もう、泣きそうになるじゃない……」

私は目を伏せて、彼の胸をグーでこつんと突いた。

「泣き虫の瑞樹も可愛いよ」

「嫌になっちゃう、涙腺ゆるゆるで……」

「まあ、眼科的には問題ないので。いわゆる涙もろいというのは、情緒や感受性の問題であって、涙腺の機能の個人差ではないから」

「眼科医の発言」

「眼科医だからね」

「“頑張ってちゃんと”ってところが泣けてくるんだよ」

「こんな僕だけど、一応“男”なので」

「知ってるよ。柊は私にとって特別な男の人だもん」

彼は決してマッチョでもなければ俺様でもない。

物腰は柔らかだし、感性だってどちらかといえば女性的な面が多い。

でも、言葉や態度への責任感や、誤魔化しのない潔さは、私にとっては誰より頼もしくて素敵なんだもの。

「そうだ、お互いのために“あれ”を決めておこう」

(“あれ”って……何???)

再びはてな?の私に、彼はにっこり笑った。

「瑞樹はセーフワードって聞いたことある?」

私はふるふると首を横にふった。

「僕も、というか――」

彼はちょっと苦笑いしつつ、続きを話した。

「同期でオケ仲間の女友達で、ギネに行ったコがいるんだけど」

「ギネ???」

「ああ、ギネは産婦人科ね。Gynakologieってドイツ語を略してそう呼ばれていて。業界用語だね」

「へえー」

「それはまあいいとして。その友達に同期の男連中は皆、啓蒙されたというか、啓発されたという話なんだけど――」

それは、ざっくり言うと“男は自分に都合よく考えすぎないこと。同意は大事。コミュニケーション不足はダメ”という教えだったらしい。

“嫌よ嫌よも好きのうち”なんて決めつけはもってのほか、というわけ。

「行為の最中は感情的になりやすいからこそ、安全のためのルールをもっておくべき、ってね」

「なるほど……」

「セーフワードは、どちらかがその言葉を発したら、行為を中止するという約束の言葉のことだね」

「例えば?」

「何でもいいみたいよ。まあ、言いやすくてインパクトがあるものがいいんじゃない?」

「嫌とか、駄目とか、やめてとか、そういうのとは明確に違う言葉ということだよね?」

「そういうことだね」

正直、柊が私の主張を無視して強引に、なんて……そんなこと考えられないけど。

(すごく心配して、考えてくれているのだよね)

こればっかりはと思いつつ、やっぱり少し“面倒くさい女ですみません”みたいな……。

そんな気持ちを見透かしたように彼は言った。

「これはお互いのためのルールだからね。僕がそれを言えば、理由の内容にかかわらず、瑞樹は僕に行為を続けるよう強いることはできないわけだ」

「う、うん」

「まあ、お守りみたいなものだと思って。たぶん、お互いに普通に思いやりを持っていれば、使うことはない気はするけど。で、何にする?」

「えっ、私が決めるの?」

「瑞樹のほうがセンスありそうだし?」

(そんな、いきなり委ねられても……)