貴方と奏でる夜想曲 貴女に奏でる小夜曲


「で、さっそく“装備”を整えたいと?」

「まあ、そういうことでして……」

平日の午前11時、真秀とふたりでランチに来ている。

お互いの振休消化の日を合わせた平日デート。

もともとは、延びに延び延びになっていた私の誕生祝い、ということだったけど――。

「装備の準備とやらに付き合うからには、詳しく話をきかせてもらおうかしらね」

「そうやってまた詰めてくるから、もう……」

オフィス街にあるこの店は、12時過ぎにはあっという間に満席になるそうだけど、今のところは静かな感じ。

私たちは手早く注文を済ませ、つかの間のくつろぎ時間を、お喋りに費やすことにした。

「そういえば、瑞樹って彼氏できたのいつぶりだっけ?」

「それ聞く?」

「聞く」

(真秀め……)

「1年以上、2年未満ぶりくらい……」

「あー、そんな感じだっけ?」

「そんな感じだよ」

このブランク、けっこう重くのしかかっていたりする。

「私、ちゃんと恋愛できるんだろうか……」

「ちゃんとって何よ?」

「それは、なんていうか……」

ためらいつつ、心の内をぽつぽつ話す。

「私、彼にぎゅっとされただけで、幸せで死にそうになったんだけどさ」

「あら、ちゃんと恋愛できてるじゃない」

「いや、でも、なんていうかその……この先が思いやられるっていうか……うん」

もごもごと、どうにも歯切れの悪い言い方。

それでも、さすがは親友。

言わんとすることを、真秀はなんとなく察してくれたらしい。

「あらー」

「おばちゃんの茶飲み話じゃないんだから」

「私たちもう確実にそちらサイドでしょ?」

「世知辛い……」

しれっと言ってのけられて、思わず「うぅ」と鼻白む。

「瑞樹は前の人のトラウマがあるものね」

「そうなんだよね……」

なんとなく会話が途切れたところで、お料理が運ばれてきて一区切り。

「その話はさ、場所を変えてゆっくりしよっか。
ほら、今日は私が美味しいケーキもおごるし」

「うん。ありがと」


真秀が“誕生祝いのケーキを!”と連れてきてくれたのは、音楽家のアトリエをモチーフにした素敵なお店だった。

落ち着いた雰囲気でありながら、テーブルの間隔や音楽のボリュームが絶妙で、ここなら安心して話せそう。

注文したお茶とケーキがやってくると、真秀はあらためて言ってくれた。

「ずいぶん遅くなってしまったけど、お誕生日おめでとう」

「ありがとう」

学生の頃はプレゼントを贈りあったりもしていたけれど。

社会人になってからは、こんなふうに毎年欠かさず一緒にお祝いすること自体が、最高のプレゼントになっている。

「お誕生日当日は黒川先生がお祝いしてくれたんだっけ?」

「そうなの。プチサプライズ的な感じでね」

思い出せばほっこりして、自然と頬が緩んでしまう。

「黒川先生、その頃にはもう瑞樹のことが好きだったんだろうね」

「どうかな、わからないけど」

「本当に優しい男の人は、いたずらに気を持たせるようなことはしないものだよ」

穏やかさに少し厳しさの混ざったような真秀の声。

本気で心配してくれているのが、ひしひしと伝わってくる。

(本当に優しい男の人、か……)

私がフラれる理由は、お嬢様や良妻賢母を期待していたのに違っていた、というのがほぼだったけど。

そこには、性的な関係における態度も含まれていて……。

お嬢様らしい恥じらいのある振る舞いとやらを期待されたり。

或いは“昼は淑女、夜は娼婦のように”という献身を、当たり前とされたり。

運も実力のうちといえば、男運がないのは実力不足という話もあったりなかったり。

そもそもの原因は“好きになれるかも”の希望的観測で付き合い始めてしまう自分。

さらに思い返してみれば、そもそも好きになんてなれるはずはなかったのかもしれない。

だって、結局は向き合うことをおそれて、何のすり合わせもしないまま、消滅させていたのだから。

勝手に期待して、勝手にがっかりしていたのは、きっと私も同じ。

でも、彼とはちゃんと向き合いたいと思っているから――。

「なんかね、するもしないも私しだいでいいから、気楽に泊まりにおいでって言ってくれたんだよ」

「潔い大人の男性の振る舞いだね」

「うん」

「“一人暮らしの男の家に上がるっていうのは、そういうことだろ”が、常識みたいなとこあるのに。紳士的だね」

「そうだよね。それにね、わざわざ言葉で伝えてくれたのが嬉しかったんだよ。わかり合いたいって思ってくれているんだなって」

「なるほど。それで瑞樹は“装備”を整えていざ参ろうと思ったわけだ」

「うん、まあ……」

そう言われると、なんだかちょっと恥ずかしい。

「あっ、ケーキ!すっごく美味しいね!」

フォークをイチゴに刺して、たっぷりのクリームをすくって見せる。

絶対に隠しきれていないであろう、なんちゃって照れ隠しムーブ。

真っ白なホイップクリームと真っ赤なイチゴを口に入れると、とろけるような甘さと、さわやかな甘酸っぱさが口いっぱい広がった。

「それで、装備はどのようなものをお考えで?」

「えっ」

「ノープランってこともないでしょうに」

「それが、考えすぎてわからなくなったというか」

我ながら、なんとも情けない……。

「じゃあ、可愛い系でいいんじゃない? 黒川先生、可愛いものとかお好きでしょ?」

「えっ、それ有名?」

「割と?」

まあ、手芸が趣味というのが知られているなら、さもありなんというところか。

「彼、お花も好きみたいだし、花柄とかもいいかなって思ったんだけど。なんか、はしゃぎすぎ?」

「んなことないよ。いいじゃない、花柄。でも、清楚な花柄ね。魔性じゃなくて」

真秀がくれぐれもと念を押す。

「重要なのは“かわいい”で“せくすぃー”ではないので。そこんとこよろしく」

「う、うん。わかった」

とりあえず、使いこなせないアイテムは避ける、みたいな?

ゲームでも、レベルが上がらないと装備できないとかあるもんね。うん。

「いいなあ、私も一緒に買っちゃおうかな」

真秀が頬杖をついて、乙女のような顔をする。

「買っちゃえ、買っちゃえ」

私が煽ると、真秀はちょっと照れたように笑って言った。

「何を隠そう、いっくんも可愛いのが好きだからね」

「じゃあさじゃあさ、ふたりで色違いとか買っちゃう?」

「買っちゃう、買っちゃう」

楽しそうに笑う真秀の笑顔に、つられて私も笑みがこぼれる。

それに、楽しいだけしゃなくて、なんだか……勇気と元気をもらえた気がして。

「瑞樹」

「うん?」

「やっぱり不安?」

「それはまあ、ね。ほら、私って痛がりだし?」

真秀はちょっと悲しそうな顔をして、そらから、とても優しい口調で言った。

「瑞樹が、これまでの経験から“そういうこと”をあまりよいものだと思えないのは知ってるけど。でも――」

いったん言葉を区切って、目を伏せて、それから再び顔を上げて――真秀はまっすぐに私を見つめて続けた。

「これはもう、私個人の勝手な見解で、勝手な願いでしかないのだけど――」

(真秀……?)

「本来はね、瑞樹が思っているような“しんどい”ものではなくて、もっと、とっても幸せなことなはずなんだよ」

(幸せなこと、か……)

今現在の私の率直な感想としては、対話というより、動作というか、作業というか、そんな印象。

物語の中で描かれるそれとは程遠い。

だからこそ、その夢のような幸福感に憧れを抱かずにいられない。

「私、ほんとう勝手だけど、黒川先生が瑞樹の不安や恐れを取り払ってくれたらいいなって、心から思ってる」

(真秀……)

「ありがとう、心配してくれて」

「ありがとうはお互い様だから」

ほんとう、真秀の友情にどれだけ救われてきたことだろう。

頼れることも、頼られることも、そのどちらもが、大切な支えで、かけがえのない宝物。

「真秀と色違いのお揃いとか、ほんとう気分上がるよ!」

「ねっ!あー、でも、どうしよう。私、いっくんに瑞樹とイロチのオソロって言いたくなっちゃいそう」

「言えばいいじゃん。なら、私も言うし?」

「じゃあ、どんな反応だったかは?」

「お互いに報告するということで?」

親友とイロチでオソロの勝負下着と、勇気という名のお守りと。

彼と過ごす素敵な週末が、私を待っている――。