クロカワとすごす週末を想いながら、昼間は仕事に没頭し、帰宅後はピアノ練習に明け暮れる日々を過ごした。
そうして、いよいよ日曜日。
(ブローチもつけたし、大丈夫)
あざとい? わざとらしい?
ううん、彼は絶対にそんなふうには思わないもの。
それに、このブローチは――今日はとくに、私に勇気を与えてくれる、大事なだいじなお守りだから。
シライシはハナミズキのブローチを装備した。
シライシの勇気が“1000”上がった!なんて。
(だって、ハナミズキの花言葉は……)
「それ、つけてきてくれたんだ?」
彼の開口一番はそれだった。
「うん、お気に入りだもん。今日の服にも合ってるかなって思って」
本当は、ブローチに合わせてお洋服を選んだのだけど。
「すごい似合ってるし、なんか嬉しい」
(クロカワが嬉しかったら、私も嬉しいよ)
“せっかくだから何処かで美味しいものでも食べようよ”という彼の提案で、まずは一緒にランチ。
「ここ、職場で話題になったことがあって、ずっと気になっていたんだ」
「素敵なお店だもんね」
「でもほら、けっこうドリーミーな雰囲気でしょ。だからちょっと男一人で入るには難易度が高くて」
「なるほど」
「シライシがつきあってくれてよかった」
「こちらこそ。連れてきてもらえてよかったよ」
魔法の世界を模した、夢と不思議がぎゅっとつまった店内に、とっても美味しいロシア料理。
好きな人とふたり、素敵なお店で美味しいランチ。
ほんとうなら、超ごきげんの大はしゃぎ、のはずなのに―。
(ひょっとしたら、これが最後かも……)
そんな怖れが心をじわりと翳らせる。
想いを伝えて、たとえそれが私の完全な片想いだと知る結果になろうとも、恋と一緒に友情まで失くしてしまうとは限らない。
それでも、想いを打ち明けてしまえば、なかったことにはできないもの。
関係に距離ができてしまうことも、フツーにあるってわかってる……。
この界隈は駐車場が少なく不便ということで、移動は極力車派というクロカワも電車で来ていた。
「駅へ行く途中、寄り道してもいい? ちょっとだけ買い物につきあってもらえたら嬉しいのだけど」
(クロカワとお買い物!嬉しい!)
私はもちろん二つ返事でOKした。
やって来たのは大きなクラフト専門店。
そう、クロカワの趣味は手芸だもの。
でも、今日の買い物の目的はおそらく――。
「ひょっとして、保阪先生ご夫妻の?」
「うん。引き受けちゃったからね」
院内コンサートのときに、ご夫妻からぜひにとお願いされたのは、リングピローの製作。
クロカワが作った松尾夫妻のリングピローが素晴らしいと、保阪先生が聞きつけたらしい。
さっそく、ブライダル小物のキットを扱うフロアへ。
「あ……」
いざ、お買い物!と思ったそのときだった。
「あれ? 白石???」
「ああっ、白石さん!?」
なんと、桃瀬・青砥ベアとエンカウント。
いや別に、これからバトルが始まるわけでも何でもないのだけど。
今さら気まずいなんてことはないし。
桃瀬と私の間に、明らかな“振った振られたエピソード”があったなら、なかなかハードな場面でしょうけど。
彼氏と自分の先輩がむかし一悶着あったとか、ウェットでヘビーすぎるもの。
でも、青砥ちゃんの中での私は、職場の先輩かつ婚約者の同期。
それ以上でもそれ以下でもない、それだけの存在なのだから。
ただ――。
さっきからずーっと、お二人さんがクロカワの存在を気にしている。
気になっているのに、一生懸命に気にしていない態度を保持しようと頑張っているというか……。
(こういうところだよね、二人とも気立てがよくて、オトナというか)
青砥ちゃんは爽やかな笑顔で言った。
「お休みの日にお目にかかるなんて」
「本当にね。ふたりは結婚準備のお買い物?」
「はい。ペーパーアイテムとか、いくつか手作りしたいものがあって」
「そっかあ。素敵だね」
そりゃあここにいるってことは、そうに決まっているのに、我ながらなんつう愚問を。
(ん? いやでも待てよ? 私とクロカワがそうかと言えば、それは……)
「僕らもリングピローの材料を買いに来たんですよ」
(ク、クロカワ!?)
すると、青砥ちゃんの顔がいっそう明るい笑顔になった。
「まあ!そうなんですね!」
(ど、どうしよう、何この展開っ……!?)
ただでさえぐうたらな頭が、まったくぜんぜん働かない。
そんな私をよそに、クロカワはまったく動じることもなく、余裕の態度と表情で。
「婚礼準備たいへんかと思いますが、どうぞお健やかに」
しかも、クロカワの言葉にふたりはなんだか大喜びだし。
「ありがとうございますっ」
「頑張ります!あ、お互いに、ですかね?」
クロカワは桃瀬の言葉に黙ってにっこり微笑むだけで、答えはしなかった。
「では、僕らはそろそろ」
(ええっ……)
クロカワの腕がそっと私の背中にまわり“さあ行くよ”と促される。
「あのっ、じゃあまた二人とも会社でねっ」
私は何がなんだかわからないまま、ただクロカワに伴われるかっこうで、その場を後にした。
「あのっ、お買い物は……?」
「また今度にする」
「でもっ……」
「それより、行こう? 早くうちでシライシのピアノを聞かせてよ」
「それはもちろん、いいけど……」
(クロカワ???)
様子がおかしいのは、絶対に気のせいではない。
しかもそれは、明らかに桃瀬と青砥ちゃんに会ってからで。
(でも、どうして……?)
頭の中が“はてな”でいっぱいでパンクしそう。
それに―――。
(なんかずっと、くっついたままだしっ)
さすがに手を腰にまわす、なんてことはないけれど。
並んで歩く二人の間の距離がほぼないくらいで、隣接しているというか、密接しているといか。
さっきからずっと、私の肩がクロカワの腕に、ちょいちょい当たったりして……。
(もうこれ、どういうことなの……)
いろいろと、問いたい気持ちはやまやま。
でもでも、こうしてぴったり寄り添っていられるなら、今は何も聞かずにいようかな、とか。
歩きながら、クロカワはぽつりと言った。
「ごめん、嫌だった……?」
「え?」
「さっき、お店でのこと。怒ってる?」
「そんな、怒ってなんて」
「でも、僕、うそは言ってないし」
「へ?」
「だって、リングピローの材料を買いに来ていたのは本当でしょ?」
「それはまあ、そうだね」
いうても、なかなか大胆な屁理屈のような気もするけど。
(うう、クロカワの心がまったく読めない)
私が怒っていないとわかっても“よかったあ”と安堵の表情を見せるでもなし。
むしろ、クロカワこそ「怒ってる?」と問いたくなるような、ご機嫌斜め???
(困ったなあ……)
だって、不機嫌なクロカワなんて、今まで見たことないから。
私がふたりにちゃんと紹介しなかったのが、いけなかった?
でも、勝手だけど、今は“友達です”って言いたくない気持ちがすっごくあって。
だってだって、勇気を出して“特別になりたいよ”って伝えようとしているのに。
それとも、クロカワにふたりをちゃんと紹介しなかったこと? “会社の人です”って?
(わ、わからない……)
全部が理由な気もするし、どれも違う気もする。
(ああ、もう……)
結局、よくわからないけど気詰まりなまま、クロカワの家に到着。
「久しぶりのよーなー、そうでもないよーなー。な、なんだか不思議な感じだなー」
(私、ぎこちないにもほとがあるでしょ……)
「シライシ」
「は、はいっ」
「お茶でも飲みながら少し話さない?」
クロカワは、ランチをしたお店で買ってきたバラの紅茶を淹れてくれた。
(どうして今日はリビングなんだろう)
今まではいつも、一緒にご飯を食べるのも、おやつを食べるのも、ダイニングテーブルだったのに。
お客様じゃない感じが、とっても寛げて、嬉しくて、大好きだったのに。
(ソファーがフカフカで落ち着かないよ……)
「ジャム、持ってきた。イチゴのやつ。すごく合うと思うから、よかったらどうぞ」
借りてきた猫みたいにちょこんと座る私の隣に、クロカワが静かに腰を下ろす。
素敵なティーポットに、ティーカップのセット。
バラの豊かな香りも、イチゴジャムの甘酸っぱさも、どちらも紅茶と相性抜群で。
口いっぱいに広がる美味しさに、なんだかちょっと癒されるような。
「すごく美味しい」
「それはよかった」
クロカワは嬉しそうに微笑むと、自分も紅茶を一口飲んで一息ついた。
「まったくつまらない話で、たいへん申し訳ないのだけど――」
(クロカワ???)
彼は大真面目に言った。
「僕の過去の話を聞いてもらえる?」
「過去の、話?」
「そう。過去の恋愛の話」
(……え?)
そうして、いよいよ日曜日。
(ブローチもつけたし、大丈夫)
あざとい? わざとらしい?
ううん、彼は絶対にそんなふうには思わないもの。
それに、このブローチは――今日はとくに、私に勇気を与えてくれる、大事なだいじなお守りだから。
シライシはハナミズキのブローチを装備した。
シライシの勇気が“1000”上がった!なんて。
(だって、ハナミズキの花言葉は……)
「それ、つけてきてくれたんだ?」
彼の開口一番はそれだった。
「うん、お気に入りだもん。今日の服にも合ってるかなって思って」
本当は、ブローチに合わせてお洋服を選んだのだけど。
「すごい似合ってるし、なんか嬉しい」
(クロカワが嬉しかったら、私も嬉しいよ)
“せっかくだから何処かで美味しいものでも食べようよ”という彼の提案で、まずは一緒にランチ。
「ここ、職場で話題になったことがあって、ずっと気になっていたんだ」
「素敵なお店だもんね」
「でもほら、けっこうドリーミーな雰囲気でしょ。だからちょっと男一人で入るには難易度が高くて」
「なるほど」
「シライシがつきあってくれてよかった」
「こちらこそ。連れてきてもらえてよかったよ」
魔法の世界を模した、夢と不思議がぎゅっとつまった店内に、とっても美味しいロシア料理。
好きな人とふたり、素敵なお店で美味しいランチ。
ほんとうなら、超ごきげんの大はしゃぎ、のはずなのに―。
(ひょっとしたら、これが最後かも……)
そんな怖れが心をじわりと翳らせる。
想いを伝えて、たとえそれが私の完全な片想いだと知る結果になろうとも、恋と一緒に友情まで失くしてしまうとは限らない。
それでも、想いを打ち明けてしまえば、なかったことにはできないもの。
関係に距離ができてしまうことも、フツーにあるってわかってる……。
この界隈は駐車場が少なく不便ということで、移動は極力車派というクロカワも電車で来ていた。
「駅へ行く途中、寄り道してもいい? ちょっとだけ買い物につきあってもらえたら嬉しいのだけど」
(クロカワとお買い物!嬉しい!)
私はもちろん二つ返事でOKした。
やって来たのは大きなクラフト専門店。
そう、クロカワの趣味は手芸だもの。
でも、今日の買い物の目的はおそらく――。
「ひょっとして、保阪先生ご夫妻の?」
「うん。引き受けちゃったからね」
院内コンサートのときに、ご夫妻からぜひにとお願いされたのは、リングピローの製作。
クロカワが作った松尾夫妻のリングピローが素晴らしいと、保阪先生が聞きつけたらしい。
さっそく、ブライダル小物のキットを扱うフロアへ。
「あ……」
いざ、お買い物!と思ったそのときだった。
「あれ? 白石???」
「ああっ、白石さん!?」
なんと、桃瀬・青砥ベアとエンカウント。
いや別に、これからバトルが始まるわけでも何でもないのだけど。
今さら気まずいなんてことはないし。
桃瀬と私の間に、明らかな“振った振られたエピソード”があったなら、なかなかハードな場面でしょうけど。
彼氏と自分の先輩がむかし一悶着あったとか、ウェットでヘビーすぎるもの。
でも、青砥ちゃんの中での私は、職場の先輩かつ婚約者の同期。
それ以上でもそれ以下でもない、それだけの存在なのだから。
ただ――。
さっきからずーっと、お二人さんがクロカワの存在を気にしている。
気になっているのに、一生懸命に気にしていない態度を保持しようと頑張っているというか……。
(こういうところだよね、二人とも気立てがよくて、オトナというか)
青砥ちゃんは爽やかな笑顔で言った。
「お休みの日にお目にかかるなんて」
「本当にね。ふたりは結婚準備のお買い物?」
「はい。ペーパーアイテムとか、いくつか手作りしたいものがあって」
「そっかあ。素敵だね」
そりゃあここにいるってことは、そうに決まっているのに、我ながらなんつう愚問を。
(ん? いやでも待てよ? 私とクロカワがそうかと言えば、それは……)
「僕らもリングピローの材料を買いに来たんですよ」
(ク、クロカワ!?)
すると、青砥ちゃんの顔がいっそう明るい笑顔になった。
「まあ!そうなんですね!」
(ど、どうしよう、何この展開っ……!?)
ただでさえぐうたらな頭が、まったくぜんぜん働かない。
そんな私をよそに、クロカワはまったく動じることもなく、余裕の態度と表情で。
「婚礼準備たいへんかと思いますが、どうぞお健やかに」
しかも、クロカワの言葉にふたりはなんだか大喜びだし。
「ありがとうございますっ」
「頑張ります!あ、お互いに、ですかね?」
クロカワは桃瀬の言葉に黙ってにっこり微笑むだけで、答えはしなかった。
「では、僕らはそろそろ」
(ええっ……)
クロカワの腕がそっと私の背中にまわり“さあ行くよ”と促される。
「あのっ、じゃあまた二人とも会社でねっ」
私は何がなんだかわからないまま、ただクロカワに伴われるかっこうで、その場を後にした。
「あのっ、お買い物は……?」
「また今度にする」
「でもっ……」
「それより、行こう? 早くうちでシライシのピアノを聞かせてよ」
「それはもちろん、いいけど……」
(クロカワ???)
様子がおかしいのは、絶対に気のせいではない。
しかもそれは、明らかに桃瀬と青砥ちゃんに会ってからで。
(でも、どうして……?)
頭の中が“はてな”でいっぱいでパンクしそう。
それに―――。
(なんかずっと、くっついたままだしっ)
さすがに手を腰にまわす、なんてことはないけれど。
並んで歩く二人の間の距離がほぼないくらいで、隣接しているというか、密接しているといか。
さっきからずっと、私の肩がクロカワの腕に、ちょいちょい当たったりして……。
(もうこれ、どういうことなの……)
いろいろと、問いたい気持ちはやまやま。
でもでも、こうしてぴったり寄り添っていられるなら、今は何も聞かずにいようかな、とか。
歩きながら、クロカワはぽつりと言った。
「ごめん、嫌だった……?」
「え?」
「さっき、お店でのこと。怒ってる?」
「そんな、怒ってなんて」
「でも、僕、うそは言ってないし」
「へ?」
「だって、リングピローの材料を買いに来ていたのは本当でしょ?」
「それはまあ、そうだね」
いうても、なかなか大胆な屁理屈のような気もするけど。
(うう、クロカワの心がまったく読めない)
私が怒っていないとわかっても“よかったあ”と安堵の表情を見せるでもなし。
むしろ、クロカワこそ「怒ってる?」と問いたくなるような、ご機嫌斜め???
(困ったなあ……)
だって、不機嫌なクロカワなんて、今まで見たことないから。
私がふたりにちゃんと紹介しなかったのが、いけなかった?
でも、勝手だけど、今は“友達です”って言いたくない気持ちがすっごくあって。
だってだって、勇気を出して“特別になりたいよ”って伝えようとしているのに。
それとも、クロカワにふたりをちゃんと紹介しなかったこと? “会社の人です”って?
(わ、わからない……)
全部が理由な気もするし、どれも違う気もする。
(ああ、もう……)
結局、よくわからないけど気詰まりなまま、クロカワの家に到着。
「久しぶりのよーなー、そうでもないよーなー。な、なんだか不思議な感じだなー」
(私、ぎこちないにもほとがあるでしょ……)
「シライシ」
「は、はいっ」
「お茶でも飲みながら少し話さない?」
クロカワは、ランチをしたお店で買ってきたバラの紅茶を淹れてくれた。
(どうして今日はリビングなんだろう)
今まではいつも、一緒にご飯を食べるのも、おやつを食べるのも、ダイニングテーブルだったのに。
お客様じゃない感じが、とっても寛げて、嬉しくて、大好きだったのに。
(ソファーがフカフカで落ち着かないよ……)
「ジャム、持ってきた。イチゴのやつ。すごく合うと思うから、よかったらどうぞ」
借りてきた猫みたいにちょこんと座る私の隣に、クロカワが静かに腰を下ろす。
素敵なティーポットに、ティーカップのセット。
バラの豊かな香りも、イチゴジャムの甘酸っぱさも、どちらも紅茶と相性抜群で。
口いっぱいに広がる美味しさに、なんだかちょっと癒されるような。
「すごく美味しい」
「それはよかった」
クロカワは嬉しそうに微笑むと、自分も紅茶を一口飲んで一息ついた。
「まったくつまらない話で、たいへん申し訳ないのだけど――」
(クロカワ???)
彼は大真面目に言った。
「僕の過去の話を聞いてもらえる?」
「過去の、話?」
「そう。過去の恋愛の話」
(……え?)



