「で、好きになっちゃったんだ?」
「やややや、断じてそんなことはっ」
土曜の昼下がり、馴染の洋食屋さんで真秀とランチ……事情聴取をされている。
「何故に否定する?」
「だって、逢ったばかりの人だよ?」
「でも、一目惚れとは違うでしょ? 顔面偏差値の高さだけに惹かれたわけでなし」
「それは、まあ」
「では、質問をかえます」
「検事か弁護士みたい……」
真秀がじわりと詰めてくる。
「気になる人になっちゃったんだよね? どう? それも違う?」
「えっ、と……」
「すごく気になって、知りたくて仕方がないんじゃない? 黒川先生のこと」
「誘導尋問!て、先生???」
「何?」
「別に、真秀はそんなふうに呼ぶんだなあって」
(まあ、お医者様だし“先生”か)
「え? 瑞樹は違うの? 普通に“黒川さん”て?」
「いや、その……“クロカワ”と」
「あなたねぇ」
(ああっ、その言い方!)
途端に、うどん線の真緑ジャージのクロカワが頭に浮かぶ。
「もう、真秀もか!」
「はぁ?」
「だってね、クロカワもそうやって私に言うんだよ。“あなたねぇ”って。それがさ、嫌そうに言っているようで、でもぜんぜん怒ってなくて、なんかすっごく優しいの」
「これはもう重症だわね……」
真秀は呆れて肩を落とすと、サラダにざくりとフォークを刺して、大口を開けてぱくりと食べた。
「そういえば、いっくんから聞いたよ?」
「うん?」
「私といっくんのために怒ってくれたんだって?」
(むむむ。クロカワめ、なんとおしゃべりな……)
「ごめん、なんか後先考えずに……。その、会社で大丈夫だった?」
「謝らないでよ。あの子らにはいい薬になったでしょうし」
「そう言ってもらえると」
「当たり前でしょ。ていうか、熱い友情に泣きそうになったわ、もう」
照れ隠しにツンとした口調になる真秀がかわいい。
“松尾妻は嬉しくて泣いてしまうのでは”って。
あの日、クロカワが言ってくれたっけ。
出現頻度が高すぎて、私の中ではもう確実にゲストも準レギも通り越してレギュラーのクロカワ。
クロカワのことを考えると、なんだかほっこりして、どうにも楽しくなってしまう。
「上からよんでもマツオツマ」
「はい?」
「下からよんでもマツオツマ」
「黒川先生だね」
「そうそう」
「もう、好きすぎでしょ」
真秀はちょっと困った顔をして、心配そうに溜息をついた。
(さっきまで、私に恋愛感情を認めさせるべく尋問していたのに?)
「何か???」
「うーん、なんていうかこう、黒川先生って、いっくんのお友達の中では、ちょっとつかみどころがないっていうか」
「それって、どういう?」
「ほら、カルテットの四人はわかるよね?」
「うん」
「あの四人がいっくんの信頼する仲良しさんたちなわけ。あ、本来はコントラバスのいっくんも合わせたクインテットなんだけどね」
そうして、真秀はざっくりと“いっくんフレンズ”について説明してくれた。
1stバイオリンの濱島(はましま)さん……濱島先生は既婚者で、ご専門は血液内科。ちなみに、奥様は学生時代からの音楽仲間で音大卒。
2ndバイオリンの西岡(にしおか)先生は独身で、結婚願望ゼロを公言している趣味に生きる職人かたぎ。ご専門は麻酔科。
チェロの保坂(ほさか)先生は、最近婚約したばかりで目下ラブラブ中。お相手は同じ職場の方だとか。ご専門は耳鼻咽喉科。
で、ビオラの“黒川先生”は――。
「いっくんが信頼するお友達だから人柄は折り紙付きなんだけど。紳士だし、医師としても優秀なのは間違いないし。あたりはソフトで話しやすいしね。ただ……」
「ただ?」
「誤解を恐れずに言うなら、他者への関心が薄めというか。ご自身から積極的にはこないし。こちらから歩み寄ろうとしても、明らかに境界線を引かれるみたいな。やんわりとだけどね」
「そうなの???」
(私のクロカワに対する印象とはかなり違うけど)
「だからあの日、わりと気楽に瑞樹を託せたの。彼女いないって知っていたし、一人暮らしでご自宅にはお部屋が余っているのも知っていたし。でも、それより何より、絶対に面倒なことにはならないだろうと思ったからね」
「そうだったんだ」
「でも、それがまさかねえ」
「……何よ?」
「いっくん、ちょっとびっくりしてたよ」
「え?」
「お名刺、二枚いただいたんでしょ?」
「そうだけど?」
「黒川先生、ホイホイ名刺を配るタイプじゃないのにねって」
「そうなの? 私はてっきり草の根営業活動みたいなものかと」
「違うから……。しかも、兼務先のクリニックを教えるなんて、黒川先生にしては超レアだって」
「へえー」
「あなたねぇ」
「だからもう、その言い方!」
「はいはい、わかったから。あ、ところで――」



