私立鳳学園。 そこは、エリートたちが通う超進学校。
鳳では誰もが、最高の学習環境を得られ、パワハラやいじめなどもってのほか。
皆が皆、平等に学習をすることができる……。
「って、全部 嘘っぱちじゃねえか!」
私、乙女矢鈴香はそう叫び、スマホを思いっきりベットに叩きつけた。
そして、ベッドの上の【私立鳳学園ホームページ】が開かれた、スマホの画面を睨みつける。
「涼香~。物に当たっちゃダメだよ~」
花が咲くような可愛い笑みを浮かべているのは、親友の咲坂紅葉。
妖精かと疑うほど可愛らしい容姿をしていて、性格もめっちゃ優しい。
でも、怒らせると閻魔大王も土下座しちゃうくらい怖いので、その辺は要注意。
「紅葉~!」
そう言って抱き着くと、紅葉は「よしよし」と頭を撫でてくれる。
私がこんなクソみたいな学園に通えているのは、紅葉のおかげだ。
……というのも、冒頭で説明した鳳の特徴は、実際、全く当てはまらないからだ。
全く、ではないか。 【超進学校】っていうところは本当。
でも、それ以外は本当に嘘!
パワハラ教師なんてゴロゴロいるし、完全に成績優秀者が優遇されてるし……もう最悪。
ちょっと成績がいいからって調子乗って……何でこんなとこ来ちゃったんだろう……。
「後悔しても仕方ないよね~……。もういっそ、一緒に退学しちゃう?」
「紅葉、ごめん。 まだ、そこまでの勇気はないかも……」
紅葉も鳳に通っているので、この苦しみを共有してくれている。
ありがたい。 マジ神……。
男に生まれたらだったら紅葉と結婚したかった……。
いや、女でもワンチャン結婚できる?
同性婚もいいんじゃない?
紅葉だし。
「ありがと。 私も鈴香のこと、好きだよ」
「え、声に出てた?」
「ふふっ。 まあね」
口元に手を当てて笑うその姿も、天使のごとく可愛い。
やっぱり、紅葉には頭が上がらない。
「とはいえ、鳳の現状には、納得できないよね~」
紅葉の呟きに、私は黙って頷いた。
なーんか、解決方法ないかな~……。
……あるわけないよな~……。
***《私立鳳学園》***
はい。 今日も今日とて、このクソ学園で頑張っております。 乙女矢鈴香です。
って、すみませんね。
初っ端から憂鬱感マシマシで。
……と、私がこんなことを言うのにも、しっかり訳がある。
なぜなら!
今まさに! パワハラ教師に雑用を押し付けられているからである。
クソ~! 今日は紅葉とお菓子パーティする予定だったのに~!
と、現実逃避しても、私の腕の中にあるプリントの山が無くなるわけではない。
もー、もー、もー!
って、牛じゃないんだから。
そうやって心の中で勝手にツッコミを入れる私。
……紅葉がいたら、この役をやってくれるのに。
もーーーーーー!
……笑えなさすぎるね。
さっさとお仕事しましょ。
って、ん……?
問:何で私は今、階段から落ちてイル……?
解:プリントの山で前が見えなかったカラ!
他:ナルホド、ナルホド……。
「っじゃ、ねえーーーーーー!」
私が脳内でロボットごっこをやっているうちに、どんどん体は傾いていく。
やばい、やばい、やばい……!
落ちる、落ちる、落ちる……!
短い人生でした……END……ってはなりたくなーーーい!
「誰かっ……!ぶっ」
私が予想していた激しい衝撃や、痛みはなく……。
階段から落ちたはずの私の周りにあるのは、散らばったプリントと、私の上靴と、男子生徒……。
ダンシセイト!?
「いって~~~……」
そう言って頭を押さえる男子生徒。
問:イケメン? 身長は? 学年は?
解:イケメン。 推定180㎝。 同級生(高校一年生)。
ハイ来たー!
運命の出会い、来たー!
じゃ、ないよね。
ごめんなさいだよね。
あと、人の外見観察して「ハイ来たー!」とか思っちゃダメだよね。
そもそも、私の性格と外見じゃどうにもなんないよね。
「……大丈夫そ?」
「ハイ!ダイジョブデス!」
「……あっそ。 ……何? この荷物」
「武蔵(パワハラ)先生に頼まれたものであります」
「へー」
ぶっきらぼうに言って、散らばったプリントと私を交互に見るイケメン。
「……多くね?」
「ですよねー!」
だよね?
誰から見てもそうだよね?
か弱い女子高校生に頼む量じゃないよね?
イケメンは、百面相している私の顔を面倒くさそうに見つめ、黙って立ち上がった。
このまま立ち去る感じ?
あ、冷たいのがかっこいいとか思って……。
「……手伝う」
「ありがとうございま~す!」
いやー。 イケメンはこうでなくちゃね。
雰囲気イケメンじゃないよ! このイケメンは!
ガチイケメンだから!
イケメンであるために生まれてきたイケメンだから!
「……どこ運ぶの」
「えーっと、資料室です」
「分かった」
そう言って、さっさとプリントを集め始めるイケメン。
あー、紅葉に紹介してあげたい。
紅葉のドタイプだもん。
紅葉は、私のタイプだけど。
プリントを集めつつも、私の妄想思考はハッピーハッピーだ。
って、何か大切なこと、忘れてない?
「す、すみませんでしたァーーー!」
プリントを集め終わったイケメンに向かって、90度の綺麗であろうお辞儀をする。
イケメンは、「何を今更」って顔しながら、「別にいいよ」と言ってくれた。
「そんなことより、早く行くよ。 えーっと……名前は?」
「乙女矢鈴香です」
「乙女矢さんね。 俺は如月千颯」
「如月君……」
どっかで聞いたことあるな~、その名前。
如月君は無表情で歩き出した。
私も無言でついていく。
「……何で、こんな量押し付けられたの?」
「何で……。 分かんないですけど、恨み買ったんじゃないんですかね」
「……マジ?」
そして、分かったこと。
如月君は冷たそうに見えるけど、実はめっちゃ優しい。
「ほんっとに、酷くないですか? この学園。 パワハラえぐいし、優遇制度やばいし。
私みたいな凡人を拒絶してるんじゃないかって思うんですよね」
「どんだけストレス溜まってんの」
「ものすっごくです」
如月君に愚痴りながら、重いプリントを「よいしょ」っと資料室の机の上に置いた。
とりあえず、これでいいっしょ!
「それ、俺に言っていいの?」
「へ?」
如月君の声に振り向くと、如月君は口元を押さえ、今にも笑い出しそうな雰囲気で言った。
「気づいてなかったんだ……。俺、理事長の息子だよ?」
「は? はあーーーーーー!?」
衝撃の真実。
【如月君は、理事長の息子だった!? これからどうなっちゃうの? 乙女矢鈴香~!】
って、今回ばかりはその通り。
マジやばいかも。 いや、普通にヤバイ。
理事長の息子に、学園の制度について愚痴るごく普通(アホ)の女子生徒がどこにいる!
「ごめん、ごめん、ごめん……! 告げ口はせんといて! 得意のエセ関西弁を披露するから~!」
「別に、そんな焦んなくても、告げ口はしないよ。 むしろ、教えてくれてありがと。
俺たちは【優遇】されてるから、そういうの知らなくて」
「マッジですんません……」
「だから、謝ることじゃないって。 悪いのは学園側でしょ」
神だ……!
You are my god(あなたは私の神です)!
「でも、どうにもなんないですよね~。 この状況」
「いや、それはどうかな」
なぬ?
まさか、如月君、何か考えが……。
「乙女矢さんが、学園のトップになればいいんじゃない? 鳳の現状を知ってる乙女矢さんなら、帰られるんじゃ……」
「確かに! その通りですね!」
私の反応に、如月君は目をパチクリ。
「え、本気?」って顔をしてくる。
「だって、如月君が提案してくれましたよね! 今の今まで何のやる気も出なかったですけど、おかげで野望が持てました!
この乙女矢鈴香。 野望を達成するまで、何が何でも諦めません!」
「……それはよかった」
私は拳を固く握り、宣言をした。
この戦い、何が何でも負けられない!
「……冗談のつもりだったんだけど……。 面白いな、この女。」
そんな如月君の呟きは、私の耳には届かなかった。
***《一週間後 私立鳳学園》***
衝撃の事実②。
【如月君、まさかの同じクラス!? なぜ気付かなかった、乙女矢鈴香~!】
「本当にその通りだね、鈴香」
紅葉は珍しく、「嘘だろ」って顔をして私を見ている。
「だってさー、気付かなかったもんは、気付かなかったんだもん」
「休み時間とか、放課後とか、あんなに人だかりできてたのに?」
「イェス。 I didn't notice him.(私は彼に気づいていなかった)」
「相変わらず、英語上手だね」
紅葉は、物珍し気に私を見た後、如月君がいる人だかりに目を向けた。
「あ、鈴香。 あの作戦。 決行するの?」
「もっちろん! 今日が運命の日。 私の【学園乗っ取り大作戦】、はじめの一歩だよ!」
「さすがだね。 鈴香らしいよ」
紅葉は、優しく微笑んで言った。
ズッキューン♥ってなるやつだね。
「そろそろ席に着かないと。頑張って、鈴香」
「頑張りまっす!」
妖精は天使の微笑みを残して消えていった。
妖精か天使、どっちかにしろよー!
無理。 紅葉は可愛い。 紅葉ファンクラブが存在するほど。
私は入ってないからね?
私の愛を! そこらの紅葉オタクと! 一緒にしてもらっちゃ! 困るわけよ!
「はい。 ここの問題……乙女矢! 答えろ!」
「ハイッ!」
びっくりしたあ……。
いつの間に授業始まってたわけ?
まあまあ、問題はどれですか……。
って、はああああああ!?
「分かりません! というか先生。 この問題、まだ習ってませんよね?」
「ああ? だから何だってんだ! 答えろつってんだろ!」
そう叫んで、手を思い切り机に叩きつけた先生。(いわゆる【台パァーーン!】ってやつ)
ハイー! これこれ!
さすがっすね。 武蔵(脳筋のくせに何故か数学担当の矛盾だらけのパワハラ)先生!
でもさ、今までこんな公でパワハラしてこなかったよね。
新手のやつ?
あ、ただ機嫌が悪いだけか。 なるほど、納得!
如月君の方を見ると、何やら面白そうにニヤニヤとこっちを見ていた。
こんやろー! 覚えとけ!
まあ、よろしい。 これは私にとってチャンスだ! やったるで!
乙女矢鈴香、切り替え!
めっちゃ真面目な優等生モード。 開始!
「それは無理です。 先生。 というか、私は、今の先生に何かを学びたいとは思いません」
「はあ? 口答えすんのか? ああ? お前は教師に歯向かうようなガキなのかあ?」
私はしっかりと先生を見据え、口を開いた。
(ここからは私の完全なる偏見なので、読み飛ばしちゃってくださーいな★)
「違います。 常識的に考えて無理なんです。 確かに、予習をしていれば、この問題を解くことだってできると思います。
しかし、だからといって『分からない』と言っている生徒を問い詰めるのは違うんじゃないですか?
ここは学校です。 学ぶ場なんです。 なのに、私たちは今、学ばせてもらってません。
それどころか、威圧的な態度をとられ、解き方も分からない問題の回答を迫られています。
これっておかしくないですか?
それに、考えてください。 今の先生の発言は、【教師】として許されるものなんですか?
武蔵先生という存在から【先生】を抜けば、私たちは先生の発言に何も言えません。
それは、先生ではなく武蔵さん一個人の発言ですから。
しかし、今、武蔵先生は先生です。 教師なんです。 教える側なんです。
そんな立場の人が『つってんだろ』やら『ガキ』やれ言っていいんですか?
この数分間で武蔵先生の【教師】としての課題がこれだけ見つかってるんです。
そんな人から学びたいとは思いません」
ここまで一息で言い終えると、私はまっすぐに武蔵先生を見据えた。
パワハラ先生は、一度顔をトマトみたいに真っ赤にして、深呼吸を何度も繰り返し、冷静になろうとしていた。
ようやく冷静になったようで、パワハラは声を押し殺すようにして言った。
「……それは……すまなかった。 乙女矢の言うとおりだ……。 反省した……」
「いえ、私も感情的になりすぎました。 いくら腹が立ったとしても、先生に、第三者に言っていい発言ではありませんでした。
すみません」
素直に謝った先生を見て、さすがに申し訳なくなって、とっさに謝った。
そんな私を見て、先生はハッとしたようだった。
「本当にすまない……。 乙女矢の言葉で目が覚めた……」
「だから、もういいですって」
このままだと延々と謝り続けてくるね~。
あんなに横暴だったのに、しっかり反省するんだから。
うん、尊敬!……は、まだしないかな~。
でもでも! これで【学園乗っ取り大作戦】達成に、また一歩近づいたんじゃない?
すごいよ! 私! よく頑張った!
ま、パワハラ教師が1人減ったところで、全体が変わるわけじゃないんだけどね~!
……と、めちゃくちゃ上機嫌で授業を受けたので、(私にしては珍しく)この日の内容は完璧に覚えてしまった。
やーっぱ、機嫌って記憶力とか成績に関わるんかな~!
あ、私が優秀なのかー!
「乙女矢。 おめでと」
「はい! どーも! 私もそう思い~……。 如月君?」
「そ。 めっちゃ浮かれてんなーって思って、見に来た。 さっきのすごかったよ」
いちいち一言多いけど、相変わらず顔面がいい如月君。
そのまま、超自然に私の隣に座った。
NANIGASITAINOKANA!?
周り(主に女子)からの殺気がすごいんだけど?????
あ、私の身の安全なんて、どうでもいいと!?
ははー! 偉いな暴君ですね? 如月君!?
「そんな嫌そうな顔しなくても」
「別に嫌じゃないよ? ええ、本当に。 それで? 用件は?」
「用も何もないよ。 様子見に来ただけだって」
如月君は少しムスッとして言った。
きゃわいい~~~!……とか別に思ってないケドネ?
「……ま、今日みたいな感じでいったら、いつかは達成できるんじゃない? 作戦」
如月君は私の耳元でささやいて、色気とときめきと女子の殺気を残して去って行った。
TOKIMEKI!?……は、気のせいだね★★★
きっと今のは……そう!びっくり!
あんな顔面に耳元で囁かれたら、誰でもびっくりしちゃうよね★
……でしょ★★★?
***《理事長室》***
「ということで、報告を聞かせてくれるかな?」
理事長室に、厳格な声が響く。
声の主は、私立鳳学園の理事長、如月千晶である。
千晶の声に反応して、鈴香と千颯のクラス担任・武蔵が口を開く。
「ち、千颯君の成績には、何の問題もありません。 さすが、理事長のご子息、優秀な限りでございます」
「はははっ! そうか、それはよかった」
千晶の反応を見て、武蔵がホッと胸をなでおろす。
「……で?」
「で?……と言いますと……」
「今日、君を呼んだのは千颯の成績を確認するためだけではない。 千颯が優秀なのは、分かりきったことだからね」
千晶はその美声を、冷たく、低くして言い放った。
武蔵の言い淀む。
なかなか話そうとしない武蔵を見据えて、千晶は肩眉をピクッと上げる。
「チラッと噂を耳にしてね。 そう……『数学科の武蔵先生が授業中にある生徒に暴言を吐き、その後、その生徒に正論で言い負かされた』という内容だったかな?」
「そ、それはっ……!」
武蔵の顔がみるみる青くなる。
千晶は大きくため息をついた。
「だとしたら、許されることではないよね? 生徒に対しての言動も、その後のことも……」
「で、ですがっ! 理事長っ!」
「お前の意見など聞いていない」
たった一言、千晶の言葉で、室内は静かになった。
とはいえ、2人しかいないので、当然と言えば当然かもしれない。
「……その生徒の名前は?」
「お、乙女矢鈴香という女子生徒です……」
あのガタイのいい武蔵が、小さく縮こまってその名を告げる。
「乙女矢鈴香……」
千晶は顎に手を当てて、何かを考えていた。
そして満面の笑みで顔を上げた。
「そうですか。 分かりました。 わざわざ呼び出してすみませんね。 どうぞ、帰られてください」
「は、はい! では、失礼いたします」
武蔵は急ぎ足で理事長室を出て行った。
そして、理事長室に残ったのは、静寂と険しい顔をした千晶だけ。
千晶は悪天候の空を大きな窓から眺め、「乙女矢鈴香……か」と呟いた。
「……邪魔だな」
完璧無欠として知られる如月千晶が、低い声でそう唸ったことは、誰も知らないのだった。
鳳では誰もが、最高の学習環境を得られ、パワハラやいじめなどもってのほか。
皆が皆、平等に学習をすることができる……。
「って、全部 嘘っぱちじゃねえか!」
私、乙女矢鈴香はそう叫び、スマホを思いっきりベットに叩きつけた。
そして、ベッドの上の【私立鳳学園ホームページ】が開かれた、スマホの画面を睨みつける。
「涼香~。物に当たっちゃダメだよ~」
花が咲くような可愛い笑みを浮かべているのは、親友の咲坂紅葉。
妖精かと疑うほど可愛らしい容姿をしていて、性格もめっちゃ優しい。
でも、怒らせると閻魔大王も土下座しちゃうくらい怖いので、その辺は要注意。
「紅葉~!」
そう言って抱き着くと、紅葉は「よしよし」と頭を撫でてくれる。
私がこんなクソみたいな学園に通えているのは、紅葉のおかげだ。
……というのも、冒頭で説明した鳳の特徴は、実際、全く当てはまらないからだ。
全く、ではないか。 【超進学校】っていうところは本当。
でも、それ以外は本当に嘘!
パワハラ教師なんてゴロゴロいるし、完全に成績優秀者が優遇されてるし……もう最悪。
ちょっと成績がいいからって調子乗って……何でこんなとこ来ちゃったんだろう……。
「後悔しても仕方ないよね~……。もういっそ、一緒に退学しちゃう?」
「紅葉、ごめん。 まだ、そこまでの勇気はないかも……」
紅葉も鳳に通っているので、この苦しみを共有してくれている。
ありがたい。 マジ神……。
男に生まれたらだったら紅葉と結婚したかった……。
いや、女でもワンチャン結婚できる?
同性婚もいいんじゃない?
紅葉だし。
「ありがと。 私も鈴香のこと、好きだよ」
「え、声に出てた?」
「ふふっ。 まあね」
口元に手を当てて笑うその姿も、天使のごとく可愛い。
やっぱり、紅葉には頭が上がらない。
「とはいえ、鳳の現状には、納得できないよね~」
紅葉の呟きに、私は黙って頷いた。
なーんか、解決方法ないかな~……。
……あるわけないよな~……。
***《私立鳳学園》***
はい。 今日も今日とて、このクソ学園で頑張っております。 乙女矢鈴香です。
って、すみませんね。
初っ端から憂鬱感マシマシで。
……と、私がこんなことを言うのにも、しっかり訳がある。
なぜなら!
今まさに! パワハラ教師に雑用を押し付けられているからである。
クソ~! 今日は紅葉とお菓子パーティする予定だったのに~!
と、現実逃避しても、私の腕の中にあるプリントの山が無くなるわけではない。
もー、もー、もー!
って、牛じゃないんだから。
そうやって心の中で勝手にツッコミを入れる私。
……紅葉がいたら、この役をやってくれるのに。
もーーーーーー!
……笑えなさすぎるね。
さっさとお仕事しましょ。
って、ん……?
問:何で私は今、階段から落ちてイル……?
解:プリントの山で前が見えなかったカラ!
他:ナルホド、ナルホド……。
「っじゃ、ねえーーーーーー!」
私が脳内でロボットごっこをやっているうちに、どんどん体は傾いていく。
やばい、やばい、やばい……!
落ちる、落ちる、落ちる……!
短い人生でした……END……ってはなりたくなーーーい!
「誰かっ……!ぶっ」
私が予想していた激しい衝撃や、痛みはなく……。
階段から落ちたはずの私の周りにあるのは、散らばったプリントと、私の上靴と、男子生徒……。
ダンシセイト!?
「いって~~~……」
そう言って頭を押さえる男子生徒。
問:イケメン? 身長は? 学年は?
解:イケメン。 推定180㎝。 同級生(高校一年生)。
ハイ来たー!
運命の出会い、来たー!
じゃ、ないよね。
ごめんなさいだよね。
あと、人の外見観察して「ハイ来たー!」とか思っちゃダメだよね。
そもそも、私の性格と外見じゃどうにもなんないよね。
「……大丈夫そ?」
「ハイ!ダイジョブデス!」
「……あっそ。 ……何? この荷物」
「武蔵(パワハラ)先生に頼まれたものであります」
「へー」
ぶっきらぼうに言って、散らばったプリントと私を交互に見るイケメン。
「……多くね?」
「ですよねー!」
だよね?
誰から見てもそうだよね?
か弱い女子高校生に頼む量じゃないよね?
イケメンは、百面相している私の顔を面倒くさそうに見つめ、黙って立ち上がった。
このまま立ち去る感じ?
あ、冷たいのがかっこいいとか思って……。
「……手伝う」
「ありがとうございま~す!」
いやー。 イケメンはこうでなくちゃね。
雰囲気イケメンじゃないよ! このイケメンは!
ガチイケメンだから!
イケメンであるために生まれてきたイケメンだから!
「……どこ運ぶの」
「えーっと、資料室です」
「分かった」
そう言って、さっさとプリントを集め始めるイケメン。
あー、紅葉に紹介してあげたい。
紅葉のドタイプだもん。
紅葉は、私のタイプだけど。
プリントを集めつつも、私の妄想思考はハッピーハッピーだ。
って、何か大切なこと、忘れてない?
「す、すみませんでしたァーーー!」
プリントを集め終わったイケメンに向かって、90度の綺麗であろうお辞儀をする。
イケメンは、「何を今更」って顔しながら、「別にいいよ」と言ってくれた。
「そんなことより、早く行くよ。 えーっと……名前は?」
「乙女矢鈴香です」
「乙女矢さんね。 俺は如月千颯」
「如月君……」
どっかで聞いたことあるな~、その名前。
如月君は無表情で歩き出した。
私も無言でついていく。
「……何で、こんな量押し付けられたの?」
「何で……。 分かんないですけど、恨み買ったんじゃないんですかね」
「……マジ?」
そして、分かったこと。
如月君は冷たそうに見えるけど、実はめっちゃ優しい。
「ほんっとに、酷くないですか? この学園。 パワハラえぐいし、優遇制度やばいし。
私みたいな凡人を拒絶してるんじゃないかって思うんですよね」
「どんだけストレス溜まってんの」
「ものすっごくです」
如月君に愚痴りながら、重いプリントを「よいしょ」っと資料室の机の上に置いた。
とりあえず、これでいいっしょ!
「それ、俺に言っていいの?」
「へ?」
如月君の声に振り向くと、如月君は口元を押さえ、今にも笑い出しそうな雰囲気で言った。
「気づいてなかったんだ……。俺、理事長の息子だよ?」
「は? はあーーーーーー!?」
衝撃の真実。
【如月君は、理事長の息子だった!? これからどうなっちゃうの? 乙女矢鈴香~!】
って、今回ばかりはその通り。
マジやばいかも。 いや、普通にヤバイ。
理事長の息子に、学園の制度について愚痴るごく普通(アホ)の女子生徒がどこにいる!
「ごめん、ごめん、ごめん……! 告げ口はせんといて! 得意のエセ関西弁を披露するから~!」
「別に、そんな焦んなくても、告げ口はしないよ。 むしろ、教えてくれてありがと。
俺たちは【優遇】されてるから、そういうの知らなくて」
「マッジですんません……」
「だから、謝ることじゃないって。 悪いのは学園側でしょ」
神だ……!
You are my god(あなたは私の神です)!
「でも、どうにもなんないですよね~。 この状況」
「いや、それはどうかな」
なぬ?
まさか、如月君、何か考えが……。
「乙女矢さんが、学園のトップになればいいんじゃない? 鳳の現状を知ってる乙女矢さんなら、帰られるんじゃ……」
「確かに! その通りですね!」
私の反応に、如月君は目をパチクリ。
「え、本気?」って顔をしてくる。
「だって、如月君が提案してくれましたよね! 今の今まで何のやる気も出なかったですけど、おかげで野望が持てました!
この乙女矢鈴香。 野望を達成するまで、何が何でも諦めません!」
「……それはよかった」
私は拳を固く握り、宣言をした。
この戦い、何が何でも負けられない!
「……冗談のつもりだったんだけど……。 面白いな、この女。」
そんな如月君の呟きは、私の耳には届かなかった。
***《一週間後 私立鳳学園》***
衝撃の事実②。
【如月君、まさかの同じクラス!? なぜ気付かなかった、乙女矢鈴香~!】
「本当にその通りだね、鈴香」
紅葉は珍しく、「嘘だろ」って顔をして私を見ている。
「だってさー、気付かなかったもんは、気付かなかったんだもん」
「休み時間とか、放課後とか、あんなに人だかりできてたのに?」
「イェス。 I didn't notice him.(私は彼に気づいていなかった)」
「相変わらず、英語上手だね」
紅葉は、物珍し気に私を見た後、如月君がいる人だかりに目を向けた。
「あ、鈴香。 あの作戦。 決行するの?」
「もっちろん! 今日が運命の日。 私の【学園乗っ取り大作戦】、はじめの一歩だよ!」
「さすがだね。 鈴香らしいよ」
紅葉は、優しく微笑んで言った。
ズッキューン♥ってなるやつだね。
「そろそろ席に着かないと。頑張って、鈴香」
「頑張りまっす!」
妖精は天使の微笑みを残して消えていった。
妖精か天使、どっちかにしろよー!
無理。 紅葉は可愛い。 紅葉ファンクラブが存在するほど。
私は入ってないからね?
私の愛を! そこらの紅葉オタクと! 一緒にしてもらっちゃ! 困るわけよ!
「はい。 ここの問題……乙女矢! 答えろ!」
「ハイッ!」
びっくりしたあ……。
いつの間に授業始まってたわけ?
まあまあ、問題はどれですか……。
って、はああああああ!?
「分かりません! というか先生。 この問題、まだ習ってませんよね?」
「ああ? だから何だってんだ! 答えろつってんだろ!」
そう叫んで、手を思い切り机に叩きつけた先生。(いわゆる【台パァーーン!】ってやつ)
ハイー! これこれ!
さすがっすね。 武蔵(脳筋のくせに何故か数学担当の矛盾だらけのパワハラ)先生!
でもさ、今までこんな公でパワハラしてこなかったよね。
新手のやつ?
あ、ただ機嫌が悪いだけか。 なるほど、納得!
如月君の方を見ると、何やら面白そうにニヤニヤとこっちを見ていた。
こんやろー! 覚えとけ!
まあ、よろしい。 これは私にとってチャンスだ! やったるで!
乙女矢鈴香、切り替え!
めっちゃ真面目な優等生モード。 開始!
「それは無理です。 先生。 というか、私は、今の先生に何かを学びたいとは思いません」
「はあ? 口答えすんのか? ああ? お前は教師に歯向かうようなガキなのかあ?」
私はしっかりと先生を見据え、口を開いた。
(ここからは私の完全なる偏見なので、読み飛ばしちゃってくださーいな★)
「違います。 常識的に考えて無理なんです。 確かに、予習をしていれば、この問題を解くことだってできると思います。
しかし、だからといって『分からない』と言っている生徒を問い詰めるのは違うんじゃないですか?
ここは学校です。 学ぶ場なんです。 なのに、私たちは今、学ばせてもらってません。
それどころか、威圧的な態度をとられ、解き方も分からない問題の回答を迫られています。
これっておかしくないですか?
それに、考えてください。 今の先生の発言は、【教師】として許されるものなんですか?
武蔵先生という存在から【先生】を抜けば、私たちは先生の発言に何も言えません。
それは、先生ではなく武蔵さん一個人の発言ですから。
しかし、今、武蔵先生は先生です。 教師なんです。 教える側なんです。
そんな立場の人が『つってんだろ』やら『ガキ』やれ言っていいんですか?
この数分間で武蔵先生の【教師】としての課題がこれだけ見つかってるんです。
そんな人から学びたいとは思いません」
ここまで一息で言い終えると、私はまっすぐに武蔵先生を見据えた。
パワハラ先生は、一度顔をトマトみたいに真っ赤にして、深呼吸を何度も繰り返し、冷静になろうとしていた。
ようやく冷静になったようで、パワハラは声を押し殺すようにして言った。
「……それは……すまなかった。 乙女矢の言うとおりだ……。 反省した……」
「いえ、私も感情的になりすぎました。 いくら腹が立ったとしても、先生に、第三者に言っていい発言ではありませんでした。
すみません」
素直に謝った先生を見て、さすがに申し訳なくなって、とっさに謝った。
そんな私を見て、先生はハッとしたようだった。
「本当にすまない……。 乙女矢の言葉で目が覚めた……」
「だから、もういいですって」
このままだと延々と謝り続けてくるね~。
あんなに横暴だったのに、しっかり反省するんだから。
うん、尊敬!……は、まだしないかな~。
でもでも! これで【学園乗っ取り大作戦】達成に、また一歩近づいたんじゃない?
すごいよ! 私! よく頑張った!
ま、パワハラ教師が1人減ったところで、全体が変わるわけじゃないんだけどね~!
……と、めちゃくちゃ上機嫌で授業を受けたので、(私にしては珍しく)この日の内容は完璧に覚えてしまった。
やーっぱ、機嫌って記憶力とか成績に関わるんかな~!
あ、私が優秀なのかー!
「乙女矢。 おめでと」
「はい! どーも! 私もそう思い~……。 如月君?」
「そ。 めっちゃ浮かれてんなーって思って、見に来た。 さっきのすごかったよ」
いちいち一言多いけど、相変わらず顔面がいい如月君。
そのまま、超自然に私の隣に座った。
NANIGASITAINOKANA!?
周り(主に女子)からの殺気がすごいんだけど?????
あ、私の身の安全なんて、どうでもいいと!?
ははー! 偉いな暴君ですね? 如月君!?
「そんな嫌そうな顔しなくても」
「別に嫌じゃないよ? ええ、本当に。 それで? 用件は?」
「用も何もないよ。 様子見に来ただけだって」
如月君は少しムスッとして言った。
きゃわいい~~~!……とか別に思ってないケドネ?
「……ま、今日みたいな感じでいったら、いつかは達成できるんじゃない? 作戦」
如月君は私の耳元でささやいて、色気とときめきと女子の殺気を残して去って行った。
TOKIMEKI!?……は、気のせいだね★★★
きっと今のは……そう!びっくり!
あんな顔面に耳元で囁かれたら、誰でもびっくりしちゃうよね★
……でしょ★★★?
***《理事長室》***
「ということで、報告を聞かせてくれるかな?」
理事長室に、厳格な声が響く。
声の主は、私立鳳学園の理事長、如月千晶である。
千晶の声に反応して、鈴香と千颯のクラス担任・武蔵が口を開く。
「ち、千颯君の成績には、何の問題もありません。 さすが、理事長のご子息、優秀な限りでございます」
「はははっ! そうか、それはよかった」
千晶の反応を見て、武蔵がホッと胸をなでおろす。
「……で?」
「で?……と言いますと……」
「今日、君を呼んだのは千颯の成績を確認するためだけではない。 千颯が優秀なのは、分かりきったことだからね」
千晶はその美声を、冷たく、低くして言い放った。
武蔵の言い淀む。
なかなか話そうとしない武蔵を見据えて、千晶は肩眉をピクッと上げる。
「チラッと噂を耳にしてね。 そう……『数学科の武蔵先生が授業中にある生徒に暴言を吐き、その後、その生徒に正論で言い負かされた』という内容だったかな?」
「そ、それはっ……!」
武蔵の顔がみるみる青くなる。
千晶は大きくため息をついた。
「だとしたら、許されることではないよね? 生徒に対しての言動も、その後のことも……」
「で、ですがっ! 理事長っ!」
「お前の意見など聞いていない」
たった一言、千晶の言葉で、室内は静かになった。
とはいえ、2人しかいないので、当然と言えば当然かもしれない。
「……その生徒の名前は?」
「お、乙女矢鈴香という女子生徒です……」
あのガタイのいい武蔵が、小さく縮こまってその名を告げる。
「乙女矢鈴香……」
千晶は顎に手を当てて、何かを考えていた。
そして満面の笑みで顔を上げた。
「そうですか。 分かりました。 わざわざ呼び出してすみませんね。 どうぞ、帰られてください」
「は、はい! では、失礼いたします」
武蔵は急ぎ足で理事長室を出て行った。
そして、理事長室に残ったのは、静寂と険しい顔をした千晶だけ。
千晶は悪天候の空を大きな窓から眺め、「乙女矢鈴香……か」と呟いた。
「……邪魔だな」
完璧無欠として知られる如月千晶が、低い声でそう唸ったことは、誰も知らないのだった。



