仕方がないので、学園を乗っ取ろうと思います!

 私立鳳学園(しりつおおとりがくえん)。 そこは、エリートたちが通う超進学校。

 鳳では誰もが、最高の学習環境を得られ、パワハラやいじめなどもってのほか。

 皆が皆、平等に学習をすることができる……。



「って、全部 嘘っぱちじゃねえか!」

 

 私、乙女矢鈴香(おとめやすずか)はそう叫び、スマホを思いっきりベットに叩きつけた。


 そして、ベッドの上の【私立鳳学園ホームページ】が開かれた、スマホの画面を睨みつける。



「涼香~。物に当たっちゃダメだよ~」



 花が咲くような可愛い笑みを浮かべているのは、親友の咲坂紅葉(さきさかもみじ)


 妖精かと疑うほど可愛らしい容姿をしていて、性格もめっちゃ優しい。


 でも、怒らせると閻魔大王も土下座しちゃうくらい怖いので、その辺は要注意。



「紅葉~!」



 そう言って抱き着くと、紅葉は「よしよし」と頭を撫でてくれる。


 私がこんなクソみたいな学園に通えているのは、紅葉のおかげだ。


 ……というのも、冒頭で説明した鳳の特徴は、実際、全く当てはまらないからだ。


 全く、ではないか。 【超進学校】っていうところは本当。


 でも、それ以外は本当に嘘!


 パワハラ教師なんてゴロゴロいるし、完全に成績優秀者が優遇されてるし……もう最悪。


 ちょっと成績がいいからって調子乗って……何でこんなとこ来ちゃったんだろう……。


 
「後悔しても仕方ないよね~……。もういっそ、一緒に退学しちゃう?」


「紅葉、ごめん。 まだ、そこまでの勇気はないかも……」



 紅葉も鳳に通っているので、この苦しみを共有してくれている。


 ありがたい。 マジ神……。


 男に生まれたらだったら紅葉と結婚したかった……。


 いや、女でもワンチャン結婚できる?


 同性婚もいいんじゃない?


 紅葉だし。


 
「ありがと。 私も鈴香のこと、好きだよ」


「え、声に出てた?」


「ふふっ。 まあね」



 口元に手を当てて笑うその姿も、天使のごとく可愛い。


 やっぱり、紅葉には頭が上がらない。



「とはいえ、鳳の現状には、納得できないよね~」



 紅葉の呟きに、私は黙って頷いた。


 なーんか、解決方法ないかな~……。


 ……あるわけないよな~……。





     ***《私立鳳学園》***





 はい。 今日も今日とて、このクソ学園で頑張っております。 乙女矢鈴香です。


 って、すみませんね。


 初っ端から憂鬱感マシマシで。


 ……と、私がこんなことを言うのにも、しっかり訳がある。


 なぜなら!


 今まさに! パワハラ教師に雑用を押し付けられているからである。


 クソ~! 今日は紅葉とお菓子パーティする予定だったのに~!


 と、現実逃避しても、私の腕の中にあるプリントの山が無くなるわけではない。


 もー、もー、もー!


 って、牛じゃないんだから。


 そうやって心の中で勝手にツッコミを入れる私。


 ……紅葉がいたら、この役をやってくれるのに。


 もーーーーーー!


 ……笑えなさすぎるね。


 さっさとお仕事しましょ。


 って、ん……?


 問:何で私は今、階段から落ちてイル……?


 解:プリントの山で前が見えなかったカラ!


 他:ナルホド、ナルホド……。



「っじゃ、ねえーーーーーー!」



 私が脳内でロボットごっこをやっているうちに、どんどん体は傾いていく。


 やばい、やばい、やばい……!


 落ちる、落ちる、落ちる……!


 短い人生でした……END……ってはなりたくなーーーい!


 
「誰かっ……!ぶっ」



 私が予想していた激しい衝撃や、痛みはなく……。


 階段から落ちたはずの私の周りにあるのは、散らばったプリントと、私の上靴と、男子生徒……。


 ダンシセイト!?


 
「いって~~~……」



 そう言って頭を押さえる男子生徒。


問:イケメン? 身長は? 学年は?


解:イケメン。 推定180㎝。 同級生(高校一年生)。


 ハイ来たー!


 運命の出会い、来たー!


 じゃ、ないよね。


 ごめんなさいだよね。


 あと、人の外見観察して「ハイ来たー!」とか思っちゃダメだよね。


 そもそも、私の性格と外見じゃどうにもなんないよね。


 
「……大丈夫そ?」


「ハイ!ダイジョブデス!」


「……あっそ。 ……何? この荷物」


「武蔵(パワハラ)先生に頼まれたものであります」


「へー」



 ぶっきらぼうに言って、散らばったプリントと私を交互に見るイケメン。



「……多くね?」


「ですよねー!」



 だよね? 


 誰から見てもそうだよね?


 か弱い女子高校生に頼む量じゃないよね?


 イケメンは、百面相している私の顔を面倒くさそうに見つめ、黙って立ち上がった。


 このまま立ち去る感じ?


 あ、冷たいのがかっこいいとか思って……。
 


「……手伝う」


「ありがとうございま~す!」



 いやー。 イケメンはこうでなくちゃね。


 雰囲気イケメンじゃないよ! このイケメンは!


 ガチイケメンだから!


 イケメンであるために生まれてきたイケメンだから!



「……どこ運ぶの」


「えーっと、資料室です」


「分かった」



 そう言って、さっさとプリントを集め始めるイケメン。


 あー、紅葉に紹介してあげたい。


 紅葉のドタイプだもん。


 紅葉は、私のタイプだけど。


 プリントを集めつつも、私の妄想思考はハッピーハッピーだ。


 って、何か大切なこと、忘れてない?



「す、すみませんでしたァーーー!」



 プリントを集め終わったイケメンに向かって、90度の綺麗であろうお辞儀をする。


 イケメンは、「何を今更」って顔しながら、「別にいいよ」と言ってくれた。



「そんなことより、早く行くよ。 えーっと……名前は?」


「乙女矢鈴香です」


「乙女矢さんね。 俺は如月千颯(きさらぎちはや)


「如月君……」



 どっかで聞いたことあるな~、その名前。


 如月君は無表情で歩き出した。


 私も無言でついていく。


 
「……何で、こんな量押し付けられたの?」


「何で……。 分かんないですけど、恨み買ったんじゃないんですかね」


「……マジ?」



 そして、分かったこと。


 如月君は冷たそうに見えるけど、実はめっちゃ優しい。



「ほんっとに、酷くないですか? この学園。 パワハラえぐいし、優遇制度やばいし。
私みたいな凡人を拒絶してるんじゃないかって思うんですよね」


「どんだけストレス溜まってんの」


「ものすっごくです」



 如月君に愚痴りながら、重いプリントを「よいしょ」っと資料室の机の上に置いた。


 とりあえず、これでいいっしょ!



「それ、俺に言っていいの?」


「へ?」



 如月君の声に振り向くと、如月君は口元を押さえ、今にも笑い出しそうな雰囲気で言った。



「気づいてなかったんだ……。俺、理事長の息子だよ?」


「は? はあーーーーーー!?」



 衝撃の真実。


 【如月君は、理事長の息子だった!? これからどうなっちゃうの? 乙女矢鈴香~!】


 って、今回ばかりはその通り。


 マジやばいかも。 いや、普通にヤバイ。


 理事長の息子に、学園の制度について愚痴るごく普通(アホ)の女子生徒がどこにいる!



「ごめん、ごめん、ごめん……! 告げ口はせんといて! 得意のエセ関西弁を披露するから~!」


「別に、そんな焦んなくても、告げ口はしないよ。 むしろ、教えてくれてありがと。
俺たちは【優遇】されてるから、そういうの知らなくて」


「マッジですんません……」


「だから、謝ることじゃないって。 悪いのは学園側でしょ」



 神だ……!


 You are my god(あなたは私の神です)!



「でも、どうにもなんないですよね~。 この状況」


「いや、それはどうかな」



 なぬ?


 まさか、如月君、何か考えが……。



「乙女矢さんが、学園のトップになればいいんじゃない? 鳳の現状を知ってる乙女矢さんなら、帰られるんじゃ……」


「確かに! その通りですね!」



 私の反応に、如月君は目をパチクリ。


 「え、本気?」って顔をしてくる。



「だって、如月君が提案してくれましたよね! 今の今まで何のやる気も出なかったですけど、おかげで野望が持てました!
この乙女矢鈴香。 野望を達成するまで、何が何でも諦めません!」


「……それはよかった」



 私は拳を固く握り、宣言をした。


 この戦い、何が何でも負けられない!



「……冗談のつもりだったんだけど……。 面白いな、この(ひと)。」



 そんな如月君の呟きは、私の耳には届かなかった。




     ***《一週間後 私立鳳学園》***




 衝撃の事実②。


 【如月君、まさかの同じクラス!? なぜ気付かなかった、乙女矢鈴香~!】



「本当にその通りだね、鈴香」



 紅葉は珍しく、「嘘だろ」って顔をして私を見ている。



「だってさー、気付かなかったもんは、気付かなかったんだもん」


「休み時間とか、放課後とか、あんなに人だかりできてたのに?」


「イェス。 I didn't notice him.(私は彼に気づいていなかった)」


「相変わらず、英語上手だね」



 紅葉は、物珍し気に私を見た後、如月君がいる人だかりに目を向けた。



「あ、鈴香。 あの作戦。 決行するの?」


「もっちろん! 今日が運命の日。 私の【学園乗っ取り大作戦】、はじめの一歩だよ!」


「さすがだね。 鈴香らしいよ」



 紅葉は、優しく微笑んで言った。


 ズッキューン♥ってなるやつだね。



「そろそろ席に着かないと。頑張って、鈴香」


「頑張りまっす!」



 妖精は天使の微笑みを残して消えていった。


 妖精か天使、どっちかにしろよー!


 無理。 紅葉は可愛い。 紅葉ファンクラブが存在するほど。


 私は入ってないからね?


 私の愛を! そこらの紅葉オタクと! 一緒にしてもらっちゃ! 困るわけよ!



「はい。 ここの問題……乙女矢! 答えろ!」


「ハイッ!」



 びっくりしたあ……。


 いつの間に授業始まってたわけ?


 まあまあ、問題はどれですか……。


 って、はああああああ!?



「分かりません! というか先生。 この問題、まだ習ってませんよね?」


「ああ? だから何だってんだ! 答えろつってんだろ!」



 そう叫んで、手を思い切り机に叩きつけた先生。(いわゆる【台パァーーン!】ってやつ)


 ハイー! これこれ!


 さすがっすね。 武蔵(むさし)(脳筋のくせに何故か数学担当の矛盾だらけのパワハラ)先生!


 でもさ、今までこんな公でパワハラしてこなかったよね。


 新手のやつ?


 あ、ただ機嫌が悪いだけか。 なるほど、納得!


 如月君の方を見ると、何やら面白そうにニヤニヤとこっちを見ていた。


 こんやろー! 覚えとけ!


 まあ、よろしい。 これは私にとってチャンスだ! やったるで!


 乙女矢鈴香、切り替え!


 めっちゃ真面目な優等生モード。 開始!



「それは無理です。 先生。 というか、私は、今の先生に何かを学びたいとは思いません」


「はあ? 口答えすんのか? ああ? お前は教師に歯向かうようなガキなのかあ?」



 私はしっかりと先生を見据え、口を開いた。

(ここからは私の完全なる偏見なので、読み飛ばしちゃってくださーいな★)



「違います。 常識的に考えて無理なんです。 確かに、予習をしていれば、この問題を解くことだってできると思います。
しかし、だからといって『分からない』と言っている生徒を問い詰めるのは違うんじゃないですか?
ここは学校です。 学ぶ場なんです。 なのに、私たちは今、学ばせてもらってません。 

それどころか、威圧的な態度をとられ、解き方も分からない問題の回答を迫られています。
これっておかしくないですか?

それに、考えてください。 今の先生の発言は、【教師】として許されるものなんですか?
武蔵先生という存在から【先生】を抜けば、私たちは先生の発言に何も言えません。
それは、先生ではなく武蔵さん一個人の発言ですから。

しかし、今、武蔵先生は先生です。 教師なんです。 教える側なんです。
そんな立場の人が『つってんだろ』やら『ガキ』やれ言っていいんですか?

この数分間で武蔵先生の【教師】としての課題がこれだけ見つかってるんです。

そんな人から学びたいとは思いません」



 ここまで一息で言い終えると、私はまっすぐに武蔵(パワハラ)先生を見据えた。


 パワハラ先生は、一度顔をトマトみたいに真っ赤にして、深呼吸を何度も繰り返し、冷静になろうとしていた。


 ようやく冷静になったようで、パワハラは声を押し殺すようにして言った。



「……それは……すまなかった。 乙女矢の言うとおりだ……。 反省した……」


「いえ、私も感情的になりすぎました。 いくら腹が立ったとしても、先生に、第三者に言っていい発言ではありませんでした。
すみません」



 素直に謝った先生を見て、さすがに申し訳なくなって、とっさに謝った。


 そんな私を見て、先生はハッとしたようだった。



「本当にすまない……。 乙女矢の言葉で目が覚めた……」


「だから、もういいですって」



 このままだと延々と謝り続けてくるね~。


 あんなに横暴だったのに、しっかり反省するんだから。


 うん、尊敬!……は、まだしないかな~。


 でもでも! これで【学園乗っ取り大作戦】達成に、また一歩近づいたんじゃない?


 すごいよ! 私! よく頑張った!


 ま、パワハラ教師が1人減ったところで、全体が変わるわけじゃないんだけどね~!


 ……と、めちゃくちゃ上機嫌で授業を受けたので、(私にしては珍しく)この日の内容は完璧に覚えてしまった。


 やーっぱ、機嫌って記憶力とか成績に関わるんかな~!


 あ、私が優秀なのかー!



「乙女矢。 おめでと」


「はい! どーも! 私もそう思い~……。 如月君?」


「そ。 めっちゃ浮かれてんなーって思って、見に来た。 さっきのすごかったよ」




 いちいち一言多いけど、相変わらず顔面がいい如月君。


 そのまま、(ちょー)自然に私の隣に座った。


 NANIGASITAINOKANA(何がしたいのかな)!?


 周り(主に女子)からの殺気がすごいんだけど?????


 あ、私の身の安全なんて、どうでもいいと!?


 ははー! 偉いな暴君ですね? 如月君!?
 


「そんな嫌そうな顔しなくても」


「別に嫌じゃないよ? ええ、本当に。 それで? 用件は?」


「用も何もないよ。 様子見に来ただけだって」



 如月君は少しムスッとして言った。


 きゃわいい~~~!……とか別に思ってないケドネ?


 
「……ま、今日みたいな感じでいったら、いつかは達成できるんじゃない? 作戦(・・)



 如月君は私の耳元でささやいて、色気とときめきと女子の殺気を残して去って行った。


 TOKIMEKI!?……は、気のせいだね★★★

 
 きっと今のは……そう!びっくり!


 あんな顔面に耳元で囁かれたら、誰でもびっくりしちゃうよね★


 ……でしょ★★★?





     ***《理事長室》***




 
「ということで、報告を聞かせてくれるかな?」



 理事長室に、厳格な声が響く。


 声の主は、私立鳳学園の理事長、如月千晶(きさらぎちあき)である。


 千晶の声に反応して、鈴香と千颯のクラス担任・武蔵が口を開く。


 
「ち、千颯君の成績には、何の問題もありません。 さすが、理事長のご子息、優秀な限りでございます」


「はははっ! そうか、それはよかった」



 千晶の反応を見て、武蔵がホッと胸をなでおろす。


 
「……で?」


「で?……と言いますと……」


「今日、君を呼んだのは千颯の成績を確認するためだけではない。 千颯が優秀なのは、分かりきったことだからね」



 
 千晶はその美声を、冷たく、低くして言い放った。


 武蔵の言い淀む。


 なかなか話そうとしない武蔵を見据えて、千晶は肩眉をピクッと上げる。




「チラッと噂を耳にしてね。 そう……『数学科の武蔵先生が授業中にある生徒に暴言を吐き、その後、その生徒に正論で言い負かされた』という内容だったかな?」


「そ、それはっ……!」



 武蔵の顔がみるみる青くなる。


 千晶は大きくため息をついた。



「だとしたら、許されることではないよね? 生徒に対しての言動も、その後のことも……」


「で、ですがっ! 理事長っ!」




「お前の意見など聞いていない」



 たった一言、千晶の言葉で、室内は静かになった。


 とはいえ、2人しかいないので、当然と言えば当然かもしれない。



「……その生徒の名前は?」


「お、乙女矢鈴香(おとめやすずか)という女子生徒です……」



 あのガタイのいい武蔵が、小さく縮こまってその名を告げる。



「乙女矢鈴香……」



 千晶は顎に手を当てて、何かを考えていた。


 そして満面の笑みで顔を上げた。



「そうですか。 分かりました。 わざわざ呼び出してすみませんね。 どうぞ、帰られてください」


「は、はい! では、失礼いたします」



 武蔵は急ぎ足で理事長室を出て行った。


 そして、理事長室に残ったのは、静寂と険しい顔をした千晶だけ。


 千晶は悪天候の空を大きな窓から眺め、「乙女矢鈴香……か」と呟いた。



「……邪魔だな」



 完璧無欠として知られる如月千晶が、低い声でそう唸ったことは、誰も知らないのだった。