契約結婚した公爵閣下は、別邸に何かを隠している

 夕食後私室に戻り、ふたりきりになったとたんヘレンがぽつりと呟く。

「ご覧になりましたか、あのなんとも気まずげなご様子……もしやその肩掛けは、浮気相手に関係するものでは……」

 同じものを贈ったか、それともまさかお下がりなんてことは……! とヘレンが嘆く。

「まあまあ、良いではないの。もしそうだとしても、肩掛けに罪はないわ。本当に気に入ったの」

「お嬢様は!! 気にしなさすぎです!!」

「ヘレン、呼び名が戻っているわ」

「……申し訳ございません、エレオノール様」

「全く、奥様とは呼ばないのだから」

「愛人問題が解決するまで、私は断固としてエレオノール様を『奥様』とお呼びいたしませんよ!」

 閣下もです! エレオノール様の前では『旦那様』とお呼びいたしません!! と憤慨するヘレンに苦笑を浮かべる。

「確証があるわけでもなし……それに構わないじゃないの、愛人のひとりやふたり」

「エレオノール様は!! 気にしなさすぎなんですよ!!」

 妻の地位は揺るぎない。日々それを実感している。本当に気にすることなどないと思うのだけれど。

「……幸いと言うべきか、エレオノール様が閣下に恋をなさっておられないから」

 首を傾げる私に、ヘレンがさめざめと嘆き始めた。

「そりゃあ、確かに政略結婚でございます。でも私はエレオノール様に幸せになっていただきたくて……それなのに最初からこのような疑惑だなんて……」

「ああっごめんね、ごめんなさいヘレン。ちゃんと考えるから」

 両手で顔を覆い下を向くヘレンに、慌てて声をかける。ヘレンは「お考えになることがよいことなのかさえ、もう私には分かりません……」と嘆き、気を取り直して私に謝罪し、退室していった。

 ヘレンが下がった後、窓の外を眺めひとり考える。確かにヘレンの言う通りだ。手紙は一往復するだけでも日を要し、三年の婚約期間に交わした手紙は数えるほど。手紙のやり取りを好ましく思っても——恋に落ちるきっかけはなかった。恋とは、婚約とはと考え書物を読み漁ったけれど、なるほどと感心するばかりで共感が持てない。

 恋とは、なんだろうか。こうして穏やかに過ごし、家門繁栄すればよいのではないのかしら。跡目争いは避けたいけれど、私は『奥様』として尊重されているのだし……

 それともいつか、許しがたく思う日がくるのだろうか。——思い悩む視線の先で、アラン様が宵闇の中別邸に向かっていった。