夢幻に消えた君と、存在しない約束の続きを。



病院を抜け出すのは、驚くほど簡単だった。
退院間近で監視が緩んでいたこともあるけれど、何より僕を動かしていたのは、狂気にも似た執念だった。


タクシーを拾い、数ヶ月ぶりに帰宅した家は、静まり返っていた。


父さんは仕事で不在だ。
僕は迷わず二階の父さんの書斎に飛び込み、クローゼットの奥に押し込まれた古い段ボールを漁った。


「あった⋯⋯これだ」


埃を被った幼稚園の卒園アルバム。
表紙を開こうとしたその瞬間、強烈なフラッシュバックが僕を襲った。


――視界を埋め尽くす、桜。
――小さな僕と君。
――「佑介くん」と呼ぶ、大好きな少女。
――突如として響き渡る、鼓膜を引き裂くような急ブレーキの音。
――鈍い衝撃音と、宙に舞う赤く染まった桜。


「あああああああッ!」


僕は頭を抱えて床に蹲った。
脳内で、バラバラになっていたパズルのピースが、噛み合っていく。


あの日、僕は見ていたんだ。
登校初日の朝、一緒に小学校へ行こうと約束した幼馴染の蒼が、目の前で車に跳ね飛ばされるのを。


飛び散った血が、白い桜の花びらを赤く染めていく光景。
彼女の体は人形のように転がり、動かなくなった。



僕は叫ぶことさえできず、ただその場に立ち尽くしていた。


そこからの記憶は断片的だ。
病院の白い廊下、泣き叫ぶ両親、そして「わたし、しらない」と僕を見つめる蒼。


僕は蒼を救えなかったショックで心を閉ざした。
今思えば、その頃のことをよく覚えていなかった。