病室の明かりをすべて消し、窓から差し込む冬の月光だけが、僕たちの輪郭を青白く縁取っていた。
このまま眠って目が覚めたとき、蒼が消えてしまうことも、もう二度と彼女が僕に触れてくれることもないことも、僕は残酷なほどはっきりと分かってしまっていた。
「佑介くん⋯⋯寒くない?」
僕の腕の中で、蒼が小さく囁く。
彼女の体はもう、月光を透かして床のタイルが見えるほどに希薄になっている。
僕を救うための消滅は、僕たちの意志とは関係なく、もう始まっていた。
「大丈夫だよ。蒼の方が、ずっと寒いだろ」
僕は彼女の細い肩を抱き寄せた。
けれど、いくら力を込めても、確かな手応えは返ってこない。
まるで雲を抱いているような、あるいは自分自身の記憶の残骸を抱きしめているような、あまりに脆い感触。
僕は泣かないと決めていた。
僕が泣けば、蒼はきっと消えることに後悔を残してしまうから。
僕は彼女が望んだ通り、彼女をいないものとして受け入れるための、最初の嘘を自分につき始めた。
このぬくもりは、ただの幻だ。
この桜の香りは、ただの錯覚だ。
そう自分に言い聞かせるたびに、胸の奥が鋭いナイフで抉られるような激痛に襲われる。
けれど、その痛みさえも、彼女がここにいた証だと思えば愛おしかった。
「祐介くん、夙夜夢寐って知ってる?」
「しゅくやむび⋯⋯?何だそれ」
「一日中ずーっと、寝ていても起きていても、頭から離れず思い続けること⋯⋯祐介くんにぴったりだなぁって」
もちろん図星である。
きっとこれからも蒼のことを思い続けているだろうから。
「それは蒼もでしょ?」
「私はクロワッサンのことも考えてるし」
僕が少し拗ねた顔をすると、
「⋯⋯祐介くんでいっぱいだよ」
蒼は言い直してくれる。
欲しかった言葉に僕は、優しい笑顔で微笑んだ。
