リストを読み進める指が、ある一行で止まった。
『キスしてみたい』
その言葉だけは、上から何度も消しゴムで消された跡があった。
けれど、筆圧が残っていたのか、街灯の青い光に透かすとうっすらとその本音が浮かび上がって見えた。
自分が消える存在だと分かっている彼女が、あえて消した願い。
その奥ゆかしさと悲しみに、視界が急激に滲んでいく。
「蒼、こっち向いて」
戸惑う彼女の肩を引き寄せ、僕はその小さな体を腕の中に閉じ込めた。
マフラー越しに伝わる微かな震え。僕は彼女の頬に手を添え、青いイルミネーションの光の中で、そっと唇を重ねた。
触れた感覚は、雪が肌の上で溶けるように儚く、けれどこれまでのどんな現実よりも熱かった。
桜の香りが鼻腔をくすぐり、世界から音が消える。
「⋯⋯っ」
唇を離すと、蒼は顔を真っ赤にして、信じられないものを見たというような顔で僕を見つめていた。
「消しゴム、甘かったね」
「⋯⋯バカ」
蒼は僕の胸に顔を埋め、今度は嬉し涙を零した。
僕は彼女を抱きしめながら、手帳のリストの最後に一筆書き加えた。
「全部叶えよう。僕の未来には、いつだって蒼がいるんだから」
蒼の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「泣くなよ。ハッピーな日なんだから」
「うん⋯⋯。でも、嬉しくて」
光り輝くイルミネーションの下、僕たちは二度目の「約束」を交わした。
そしてリストの最後には、消されずにこう記されていた。
『佑介くんの未来にいたい』
光り輝く街の中で、僕たちは世界で一番幸せだった。
けれど、その幸福を代償にするかのように、僕の右手が小刻みに震え、視界の端が黒く染まり始めていることに、僕はまだ気づかないふりをしていた。
