静まり返った病室に戻り、僕は窓際の小さなテーブルに袋を置いた。
香ばしいバターの香りが、部屋を優しく包み込む。
僕は一つを手に取り、もう一つを、蒼の目の前にそっと置いた。
「ほら、買ってきたよ。はい、どうぞ」
『わあ、ありがとう! いただきます!』
蒼は嬉しそうに手を合わせると、小さな口でクロワッサンを頬張った。
サクッ、という小気味いい音が僕の耳にも届く。
彼女が美味しそうに食べる姿を見ていると、これが僕の脳が見せている幻だなんて、どうしても信じられなかった。
蒼は美味しそうに平らげていく。
たとえ、後でテーブルの上に食べ残したカスが一つも落ちていなかったとしても。
この瞬間、僕たちの前には確かに二つのパンがあり、二人の食卓があった。
その優しい偽りが、今の僕を何よりも強く支えていた。
