Short Story of Brass band ~吹奏楽短編~

 
朝練のために、早く登校して静かな階段を駆け上がる。

朝の空気は、ピリッとしていて新鮮だから1秒でも長くその空気を吸っていたい。

音楽室に近づくにつれ、トランペットの高らかな音とクラリネットの柔らかい音が聞こえてくる。

俺――御園隼人(みそのはやと)は扉にそっと手をかけて、音楽室に1歩を踏み出した。

そこにいたのは俺と同じパートの同級生であり恋の相手――望月友梨佳(もちづきゆりか)と、トランペットパートの同級生であり俺の友人――瀬名拓海(せなたくみ)だった。

「おはよ、御園くん」

クラリネットに口をつけていた望月さんが顔を上げてふんわりと微笑む。

「おはー。珍しく早いじゃん」

譜面台の角度を調節しながら、拓海が茶化すように俺の肩に手を回してくる。

「早起きできたからな。とりあえず、楽器出してくる」

あいよー、という拓海の気の抜けた返事に背を向け、俺は準備室のドアノブに突き刺さっていた鍵を回した。

中に入って自分の楽器ケースを開け、グリスを塗ったりスワブを通したりしてクラリネットを組み立てていると、準備室のドアが開いた。

そこに現れたのは、俺の同級生のバスクラパートの女子――氷室光里(ひむろひかり)だった。

「お、おはよう…」

俯き加減で、氷室さんが挨拶をしてくる。

「おはよ」と無難に挨拶を返して顔を上げると、そこには氷室さんの彼氏であるはずの加茂田海(かもだかい)の姿はなかった。

あまり深入りするのもよくないかと思ったけど、彼氏ができたと嬉しそうにして、朝練は必ず彼氏と来ていた彼女の姿を見ているので俺は見逃せなかった。

「かもちゃんは?」

かもちゃん、というのは加茂田海のあだ名のことである。

「あー、海?今日寝坊しちゃったんだって」

氷室さんはふわふわのくせ毛に包まれた頭をこてんと(かし)げながら困ったように眉を下げて笑った。

「そっかぁー、寝坊か―。へー。そーなんだー。」

過剰に相槌を増やしながらクラリネットを組み立てていく。

組み終わったので、細かいところをちまちま調整してから準備室を出る。

扉を閉めるために前に向くと、扉の隙間から氷室さんの生気を失ったような横顔がちらりと見えた。