家に帰った瞬間
　ずっと我慢していた涙が一気にあふれた。

　どうしてこんなに
　苦しいんだろう
　どうして上手にできないんだろう

　鞄を床に置いたまま
　わたしは部屋にうずくまった。

「迷惑とか…思ったことない」

　夕方の朝倉くんの声が
　何度も頭の中でくり返される。

　嘘じゃない
　あの人は本当にやさしい
　ひとつひとつの言葉にいつも嘘がない

　だからこそ
　苦しかった

　わたしが勝手に傷ついて
　勝手に避けて
　勝手に泣いてるだけ

　――こんなの、好きじゃなきゃ苦しくない。

　自分で認めるしかなかった。
　分かってたはずなのに
　気づかないふりをしてた。

「……やだなあ」

　涙が手の甲に落ちて広がる。
　泣きたくなんかないのに、止まらない。

　机に広げていた文化祭のメニュー表
　そこに描いた花のロゴが滲んで見えた。

　思い出すのは
　朝倉くんが隣でペンを握ってくれた手
　あの近さ
　あの温度
　あの優しさ

「どうして…」

　どうしてあんなに優しくされたら
　期待してしまうんだろう
　好きになってしまうんだろう

　わたしじゃ釣り合わないのに
　彼は誰にでも優しいのに
　わたしなんかが特別なはずないのに

　それなのに――

「……もっと一緒にいたかった」

　声に出した瞬間
　胸がきゅっと締めつけられた。

　ベッドに顔をうずめて
　声を殺して泣くしかできなかった。

　携帯が震える。
　通知を見ると、名前が表示されていた。

　朝倉　陽斗

　胸が跳ねた。
　でも、指が震えて押せなかった。

　見ちゃいけない
　返しちゃいけない
　今のままじゃ、また泣くだけだ

　画面を伏せた
　それでも何度も震える
　彼の名前が目に焼きつく

　どうして
　こんなにも近くにいるのに
　こんなに遠いの？

「……ごめん」

　返さない自分が
　いちばん情けなかった。

　涙を拭っても、すぐ新しい涙がこぼれる。
　夜が深くなるにつれて
　気持ちだけが空回りしていく

　布団の中で
　小さく息を吸った。

「……好きになんて
　なりたくなかったのに」

　声が震えた。
　でも、それがこの恋の本当の形だった。

　泣き疲れたころ
　携帯の明かりが切れて
　部屋が静かになる

　ひとりの夜
　届かない気持ちを抱えたまま
　わたしは目を閉じた。

　このすれ違いが
　明日少しでも近づきますように――