翌日
朝、教室に入ると朝倉くんはもう席にいた。
「……おはよ」
「おはよう」
返ってきた声はやさしいのに
昨日みたいに隣へ身を寄せてくることはなかった。
それだけで胸が痛かった。
わたしのせい
昨日、あんな言い方をしたから
自分でもどうかしてた
“やだ”なんて
本心とは逆の言葉なのに
朝倉くんはきっと、傷ついた
席に座っても、ページの文字が頭に入らない。
授業が始まっても、チョークの音が遠くに聞こえるだけ
「春野、大丈夫?」
茜が小声で聞いてくれるけど
わたしはただ首を振るだけだった。
本当は
どうしたらいいのか分からなかった。
放課後の文化祭準備―
いつもなら二人で作業する時間
でも今日は、美咲が朝倉くんを呼び止めるのが見えた。
「ねぇ朝倉くん、昨日の続きで…」
「あ、うん。行く」
わたしのほうを一度だけ見て
何も言わずに彼は歩いていった。
やさしいまま
でも距離は遠くなった
その視線が
まるで空気を挟んだみたいに淡くて
泣きたくなった
「紬…」
「茜、ごめん…今日は帰るね」
「ちょっ…!」
作りかけのメニューもそのままで
わたしはカバンを持って教室を出た。
誰にも見られたくなかった
涙、こぼれそうだったから
校舎を出ると
風が冷たくて
もっと泣きたくなった
帰り道
駅に向かう途中で、後ろから声がした。
「春野!」
足が止まる
振り向くのが怖かった
でもゆっくり肩越しに見返すと
息を切らした朝倉くんが立っていた。
「なんで帰ってんの…準備まだ…」
「ごめん…体調悪いだけ…」
「嘘だろ」
嘘だ
分かってる
彼の声が強くなるのは珍しい
「昨日のこと、気にしてんの?」
「……別に」
「別にじゃない。春野、明らかに避けてる」
言葉が刺さる
痛いほどに
「避けてないよ」
「じゃあなんで目を合わせてくれないの?」
「……!」
涙が込み上げた
隠すように俯いた
「俺…なんかした?」
朝倉くんの声が少し震えた
そんな声は聞きたくなかった
「してないよ。何もしてない…」
「じゃあ…」
「わたしが勝手に…変なんだよ…」
絞るように言うと
視界がにじんで足元が揺れた
「春野…」
「朝倉くんに迷惑かけてばっかりで…昨日も…変なこと言って…」
「迷惑とか思ったことない」
「でも…わたし…どうしていいのか分かんなくて…」
涙があふれて、止まらなくなった。
朝倉くんは一歩近づいた。
でも、その一歩が怖くて
わたしは一歩、下がってしまった。
「……ごめん」
その瞬間
彼の表情が一瞬だけ壊れそうに揺れた。
「春野…俺…」
何か言おうとした音が
夕方の電車の警笛にかき消される。
胸が痛くて
苦しくて
涙の意味が分からなかった
「今日は…帰るね」
小さく言って
わたしは背を向けた。
歩き出した瞬間
後ろから彼がつぶやいた声だけが届いた。
「……どうしたら、届くんだよ」
振り返れなかった
泣きすぎて
前も見えないまま帰った
すれ違いは、さらに深まって
二人の距離は、夕暮れよりも遠くに見えた。
朝、教室に入ると朝倉くんはもう席にいた。
「……おはよ」
「おはよう」
返ってきた声はやさしいのに
昨日みたいに隣へ身を寄せてくることはなかった。
それだけで胸が痛かった。
わたしのせい
昨日、あんな言い方をしたから
自分でもどうかしてた
“やだ”なんて
本心とは逆の言葉なのに
朝倉くんはきっと、傷ついた
席に座っても、ページの文字が頭に入らない。
授業が始まっても、チョークの音が遠くに聞こえるだけ
「春野、大丈夫?」
茜が小声で聞いてくれるけど
わたしはただ首を振るだけだった。
本当は
どうしたらいいのか分からなかった。
放課後の文化祭準備―
いつもなら二人で作業する時間
でも今日は、美咲が朝倉くんを呼び止めるのが見えた。
「ねぇ朝倉くん、昨日の続きで…」
「あ、うん。行く」
わたしのほうを一度だけ見て
何も言わずに彼は歩いていった。
やさしいまま
でも距離は遠くなった
その視線が
まるで空気を挟んだみたいに淡くて
泣きたくなった
「紬…」
「茜、ごめん…今日は帰るね」
「ちょっ…!」
作りかけのメニューもそのままで
わたしはカバンを持って教室を出た。
誰にも見られたくなかった
涙、こぼれそうだったから
校舎を出ると
風が冷たくて
もっと泣きたくなった
帰り道
駅に向かう途中で、後ろから声がした。
「春野!」
足が止まる
振り向くのが怖かった
でもゆっくり肩越しに見返すと
息を切らした朝倉くんが立っていた。
「なんで帰ってんの…準備まだ…」
「ごめん…体調悪いだけ…」
「嘘だろ」
嘘だ
分かってる
彼の声が強くなるのは珍しい
「昨日のこと、気にしてんの?」
「……別に」
「別にじゃない。春野、明らかに避けてる」
言葉が刺さる
痛いほどに
「避けてないよ」
「じゃあなんで目を合わせてくれないの?」
「……!」
涙が込み上げた
隠すように俯いた
「俺…なんかした?」
朝倉くんの声が少し震えた
そんな声は聞きたくなかった
「してないよ。何もしてない…」
「じゃあ…」
「わたしが勝手に…変なんだよ…」
絞るように言うと
視界がにじんで足元が揺れた
「春野…」
「朝倉くんに迷惑かけてばっかりで…昨日も…変なこと言って…」
「迷惑とか思ったことない」
「でも…わたし…どうしていいのか分かんなくて…」
涙があふれて、止まらなくなった。
朝倉くんは一歩近づいた。
でも、その一歩が怖くて
わたしは一歩、下がってしまった。
「……ごめん」
その瞬間
彼の表情が一瞬だけ壊れそうに揺れた。
「春野…俺…」
何か言おうとした音が
夕方の電車の警笛にかき消される。
胸が痛くて
苦しくて
涙の意味が分からなかった
「今日は…帰るね」
小さく言って
わたしは背を向けた。
歩き出した瞬間
後ろから彼がつぶやいた声だけが届いた。
「……どうしたら、届くんだよ」
振り返れなかった
泣きすぎて
前も見えないまま帰った
すれ違いは、さらに深まって
二人の距離は、夕暮れよりも遠くに見えた。

