その週の文化祭準備は、だんだん佳境に入ってきた。
 クラスの雰囲気は明るいのに、わたしの胸の奥はずっと重かった。

 昨日の嫉妬
 自分でも驚くほど落ち込んで
 朝倉くんと普通に話すことができなかった

「春野、これ見てくれない?」

「……うん」

 彼が描いたロゴの案を受け取りながら
 目を合わせられない

「どう? こういう感じのほうがかわいいかなって思ったんだけど」

「いい…と思うよ」

「即答だな」

「ご、ごめん。ちゃんと見てるよ」

 気まずい空気
 自分でも嫌になる
 本当はもっと話したい
 笑いたい
 だけど、胸の痛みが邪魔をして言葉が出てこない

「……春野」

「なに?」

「なんか変じゃね?」

「変じゃ…ないよ」

「嘘。絶対なんかある」

「……ない」

 ほんとは、ある
 でも言えるはずがない

 嫉妬したなんて
 そんなこと言ったら、笑われるだけだ

 すると
 美咲がまた近づいてきた。

「朝倉くん、昨日の続きで相談したくて」

「あ、うん。今行く」

 返事をした彼がノートを置いて立ち上がる。
 その動作に合わせるように
 心が静かに沈んだ

「春野も一緒に来る?」

「えっ…」

 突然声をかけられて驚く。
 美咲の表情は柔らかくて、嫌味はなかった。
 それが余計につらかった。

「いや、春野はいいよ。作業残ってるし」

「……そっか」

 去っていく二人の背中
 並んで話す姿

 それだけで胸が痛んだ。
 なんでこんな感情が止まらないんだろう

「紬、大丈夫?」

 茜が隣でそっと声をかけてくれる。

「……大丈夫じゃないかも」

「やっぱりね」

「自分でこんなに嫉妬深いって思わなかった…」

「それ、好きだからじゃない?」

「……っ」

 聞きたくなかった言葉
 でも一番の真実だった

「でも紬、すれ違ってるのは、紬が話さないからだよ?」

「話すって…なにを?」

「胸の内に決まってるじゃん」

「む、無理だよ…!」

「じゃあこのままずっと苦しいね」

 茜の言葉は優しいのに
 胸の奥を容赦なく刺してきた

 放課後
 教室が少し静かになったころ
 朝倉くんが席に戻ってきた

「春野」

「なに?」

「今日さ…なんか距離感じるんだけど」

 真正面から言われて心が止まった
 隠せてると思っていたのに
 ちゃんと気づかれてた

「そんなこと…ないよ」

「嘘つけ」

「……嘘じゃない…」

 苦しくて
 目を合わせたら泣きそうで
 だから視線を落とした

「今日、帰り一緒に歩こ」

「え…」

「話したいことある。春野のこと、ちゃんと知りたい」

「……やだ」

 口に出た瞬間
 自分でも驚いた

 行きたいのに、反対の言葉を言ってしまう

 朝倉くんは一瞬だけ沈黙して
 ゆっくりと息を吐いた

「分かった。無理に聞かない」

 その優しさが
 また胸を苦しくさせた

 彼が歩いて離れていく足音が
 遠くなるたび
 心の距離が広がるようで

 わたしは机の上で、手をぎゅっと握りしめた。

 すれ違いは
 いつの間にか始まっていた。