六月に入った頃
学校では文化祭の準備が始まり、クラスの空気がにぎやかになっていた。
「今年、うちのクラスはカフェだって」
茜がプリントをひらひらさせながら言う。
「カフェかぁ…」
「紬、メニュー表とか書けるんじゃない? 絵うまいし」
「む、無理だよ…そんな器用じゃ…」
「いや、春野ならできるって」
後ろから横入りした声にハッとして振り向くと、朝倉くんがいた。
「春野、字も絵もきれいだし、メニュー考えるの向いてるよ」
「え、あ…そうかな…」
「そうだって。俺も手伝うし」
そう言われてしまうと
断れなくなるのがずるい
「じゃあ決まりだなー!」
クラス委員が元気よくまとめ、わたしはメニュー担当に正式に決まった。
準備が始まった放課後
教室に残ってデザインを考えていると
「春野、残ってたの?」
「うん…ちょっとだけ」
「見てもいい?」
「い、いいけど…」
ノートを広げていると
朝倉くんはわたしの隣に座って、かなり近くから覗き込んだ。
「……すご」
「え?」
「ほんとに絵うまいじゃん。こういうの、絶対得意だよな」
褒められることに慣れてない
だから余計に胸がざわつく
「これ、カフェのロゴ? 花描いてるのかわいい」
「見よう見まねだよ…」
「春野の“かわいい”って、なんか優しいよな」
「……」
そんなふうに言われると
変なふうに意識してしまう
「これさ」
朝倉くんは、わたしの持っていたペンを指さす。
「貸して」
「うん」
「こことか、もう少し丸くすると柔らかくなるよ。こう」
朝倉くんが、わたしの手をそっと包むようにして動かす。
その瞬間
手のひらに伝わる彼の温度に、心臓が跳ねた
「ちょ…近…」
「あ、ごめん。つい」
謝る声が優しくて
そのせいで余計に意識してしまう
「でも、春野の描く線っていいよな。落ち着いてる感じで」
「そ、そんなの…初めて言われた…」
「じゃあ俺が最初だな」
軽く笑って言うその一言に
胸の奥がじんわり熱くなる
準備がひと段落したところで、茜が教室に戻ってきた。
「紬、あれ? まだ作業してたの?」
「う、うん…」
「てか朝倉くん、近すぎじゃない?」
「別にいいだろ。手伝ってただけ」
「ふーん?」
茜の目が完全になにか知ってる顔になっている
顔が熱くなるのを止められなかった
「春野、これ持って帰って考えてみて」
「うん…ありがとう」
「明日、また一緒にやろ。放課後」
「……一緒に?」
「うん。俺もいる方が、春野安心するだろ?」
そんなの
気づいてないわけない
どれだけ優しくされたらいいの?
「あ、茜」
「なに?」
「春野連れてくね。駅まで」
「はいはい。ごちそうさま」
茜のからかう声に背中を押されるように
わたしはカバンを持って、朝倉くんと歩き出す。
夕方の廊下で
窓から差し込むオレンジの光に照らされる彼の横顔が
少しだけ大人びて見えた
「春野」
「なに?」
「文化祭、楽しみにしとけよ」
「え…なんで?」
「春野が頑張って作ったやつ、絶対一番かわいいから」
その一言で
胸の奥にずっと残っていた“不安”が
ふっと軽くなる気がした
どうしてこんなに
優しくするの?
その答えが
もうすぐ分かる気がした。
学校では文化祭の準備が始まり、クラスの空気がにぎやかになっていた。
「今年、うちのクラスはカフェだって」
茜がプリントをひらひらさせながら言う。
「カフェかぁ…」
「紬、メニュー表とか書けるんじゃない? 絵うまいし」
「む、無理だよ…そんな器用じゃ…」
「いや、春野ならできるって」
後ろから横入りした声にハッとして振り向くと、朝倉くんがいた。
「春野、字も絵もきれいだし、メニュー考えるの向いてるよ」
「え、あ…そうかな…」
「そうだって。俺も手伝うし」
そう言われてしまうと
断れなくなるのがずるい
「じゃあ決まりだなー!」
クラス委員が元気よくまとめ、わたしはメニュー担当に正式に決まった。
準備が始まった放課後
教室に残ってデザインを考えていると
「春野、残ってたの?」
「うん…ちょっとだけ」
「見てもいい?」
「い、いいけど…」
ノートを広げていると
朝倉くんはわたしの隣に座って、かなり近くから覗き込んだ。
「……すご」
「え?」
「ほんとに絵うまいじゃん。こういうの、絶対得意だよな」
褒められることに慣れてない
だから余計に胸がざわつく
「これ、カフェのロゴ? 花描いてるのかわいい」
「見よう見まねだよ…」
「春野の“かわいい”って、なんか優しいよな」
「……」
そんなふうに言われると
変なふうに意識してしまう
「これさ」
朝倉くんは、わたしの持っていたペンを指さす。
「貸して」
「うん」
「こことか、もう少し丸くすると柔らかくなるよ。こう」
朝倉くんが、わたしの手をそっと包むようにして動かす。
その瞬間
手のひらに伝わる彼の温度に、心臓が跳ねた
「ちょ…近…」
「あ、ごめん。つい」
謝る声が優しくて
そのせいで余計に意識してしまう
「でも、春野の描く線っていいよな。落ち着いてる感じで」
「そ、そんなの…初めて言われた…」
「じゃあ俺が最初だな」
軽く笑って言うその一言に
胸の奥がじんわり熱くなる
準備がひと段落したところで、茜が教室に戻ってきた。
「紬、あれ? まだ作業してたの?」
「う、うん…」
「てか朝倉くん、近すぎじゃない?」
「別にいいだろ。手伝ってただけ」
「ふーん?」
茜の目が完全になにか知ってる顔になっている
顔が熱くなるのを止められなかった
「春野、これ持って帰って考えてみて」
「うん…ありがとう」
「明日、また一緒にやろ。放課後」
「……一緒に?」
「うん。俺もいる方が、春野安心するだろ?」
そんなの
気づいてないわけない
どれだけ優しくされたらいいの?
「あ、茜」
「なに?」
「春野連れてくね。駅まで」
「はいはい。ごちそうさま」
茜のからかう声に背中を押されるように
わたしはカバンを持って、朝倉くんと歩き出す。
夕方の廊下で
窓から差し込むオレンジの光に照らされる彼の横顔が
少しだけ大人びて見えた
「春野」
「なに?」
「文化祭、楽しみにしとけよ」
「え…なんで?」
「春野が頑張って作ったやつ、絶対一番かわいいから」
その一言で
胸の奥にずっと残っていた“不安”が
ふっと軽くなる気がした
どうしてこんなに
優しくするの?
その答えが
もうすぐ分かる気がした。

