次の日の昼休み
 教室に戻る途中、階段の踊り場で知らない女子二人に声をかけられた。

「春野さんだよね?」

「ちょっといい?」

 声のトーンで分かった。
 これは、あまりいい話じゃない。

「……なにか?」

「朝倉くんと、最近仲良くしてるって聞いたんだけど」

 やっぱり
 こうなる予感はあった

「ち、違うよ。別に仲良くなんて…」

「ほんとに? 朝倉くんって、すぐ女子に優しくするから勘違いする子いるしさ」

 胸がざわついた
 嫌な汗が背中をつたっていく

「わたし、そんなつもりじゃ…」

「ならいいんだけどね。あの子の隣ってだけで勘違いされたら困るし」

 その時

「春野?」

 聞き慣れた声が、階段の上から響いた。

 振り返ると朝倉くんがいた。
 少し驚いたような顔で
 でもすぐに階段を降りてきて、わたしの前に立つ。

「どうしたの?」

「な、なんでも…」

 言い終わる前に、さっきの女子たちは気まずそうに笑って

「べ、別に? 話してただけだから」

 そう言って足早に去っていった。

 気づけば、二人きり。
 階段の踊り場で
 視線が落ち着かなくて俯いていると

「春野」

「……うん」

「大丈夫?」

 優しい声
 けれど、その奥に少し怒っているような気配があった

「さっき、何言われてた?」

「べ、別に…そんなたいしたことじゃ…」

「大したことあるだろ」

 彼の声が、普段より低かった

「言われて嫌だったろ?」

「……ちょっとだけ」

「ちょっとでも嫌なら嫌なんだよ。それは我慢しなくていい」

 どうして
 こんなに真正面から言えるんだろう
 わたしなんかのために、怒ってくれるなんて

「迷惑…かけたくなくて」

「迷惑じゃない」

 朝倉くんは一歩近づいて
 わたしの手首を、そっとつかんだ

 あたたかかった
 その温度が一瞬で胸の奥まで広がる

「俺さ、春野が困ってるの見たら放っておけない」

「……っ」

 言葉が出なかった
 ただ心臓だけが、嘘みたいに速くなる

「誰が何を言ってもさ。春野が嫌なら、それだけで俺は嫌だ」

 ゆっくりと離れた手の跡が、じんわり残っている
 階段の静けさが、二人の距離を強調していた

「戻ろっか。次、数学でしょ?」

「あ…うん」

 一緒に階段を上がるとき
 肩が少し触れた
 そのたびに胸がふわっと浮いた

 教室に入る直前
 彼が小さくつぶやいた

「春野はさ…もっと自分大事にしていいんだよ」

 それは
 わたしの心にまっすぐ刺さる言葉だった