そして放課後。
 夕陽が窓ガラスをゆっくり染めていく時間。

 教室には、もうほとんど誰もいなかった。
 カーテンが風にゆらゆら揺れるたび
 陽斗の制服の影がわたしの机まで伸びてくる。

「紬、帰る前に……少しだけ話したい」

「うん……」

 陽斗はいつもの席ではなく
 わたしの机の前に腰を下ろした。

 表情は優しすぎるくらい柔らかい。
 でも、どこか真剣な目だった。

「最近ずっと思ってたんだけどさ」

「うん……?」

「紬といる時間が、毎日、前より早く終わる」

「え……?」

「今日も、昨日も、一昨日も……。
 一緒にいると、気づいたら放課後になって、
 気づいたら紬の家の前に着いてる」

 陽斗は少し照れたように笑い、机に肘をついた。

「それが……すげぇ幸せなんだよな」

 胸がじんと熱くなる言葉だった。

「紬はどう……?」

「わたしも……。陽斗くんといると、今日が短くなる」

「だろ? 一緒なんだよ」

 陽斗はそっとわたしの手に触れた。
 握るというより、触れるだけのやさしい手。

「だからさ……少し、考えた」

「……なにを?」

「この先の話」

 夕陽に照らされたその顔は
 いつもより大人っぽく見えた。

「紬と一緒にいる未来、ちゃんと想像できる」

「……未来?」

「そう。今は高校生で、まだ子どもかもしんねぇけど……
 それでも、紬が隣にいる未来だけは、俺はずっと欲しいって思う」

 言葉はゆっくりで、丁寧だった。
 陽斗の気持ちが真っ直ぐすぎて
 胸があたたかくて、少し苦しくなる。

「一緒に笑ったり、喧嘩したり、帰ったり……
 そういう普通の毎日を、これからも紬とやっていきたい」

「……陽斗くん……」

「だから、約束してほしい」

 陽斗はまっすぐ目を合わせて言った。

「明日も、その次も……これからも、ずっと一緒にいてくれ」

 息が止まった。
 こんな言葉を、こんな顔で言われたら
 もう涙が出るしかない。

「……いるよ」

「紬」

「わたしも……陽斗くんと歩きたい。
 この先だって、どこに行くときも……ずっと隣がいい」

 陽斗はほっとした顔で、そして照れたみたいに笑った。

「よかった……マジで緊張した」

「わたしのほうが緊張してるよ……」

「知ってる。顔真っ赤だし」

「陽斗くんだって……!」

「俺は……紬のせいで赤いだけ」

「え……!」

 手を離さずに言うから
 余計に胸が熱くなる。

「紬」

「うん……?」

「好きだよ。これからも、ずっと」

「わたしも……ずっと好き」

 夕陽が沈む教室で
 そっと指を絡める。

 派手な言葉なんてひとつもないのに
 心は満たされていく。

 二人で歩く廊下も
 並んで見る夕暮れも
 同じ方向に伸びる影も
 全部、未来のほうへ続いていた。

 この先の毎日も、
 陽斗と一緒ならきっと大丈夫だ。

 わたしたちは静かに笑い合って
 ゆっくりと手をつないで教室を後にした。

――――これが、わたしたちの最初の未来の約束。