一週間が過ぎた頃、昼休みに教室の窓を開けると、心地いい風が入ってきた。

「春野、寒くない?」

 背後から聞こえた声に振り向くと、朝倉くんが心配そうに見ていた。

「だ、大丈夫だよ。今日は暖かいし」

「そっか。なんか、春野って風に弱そうなイメージあるからさ」

「弱そうって…どういう意味?」

「ほら、髪とか細いし、すぐ揺れそうっていうか」

 ただの会話なのに
 なんでこんなに胸がドキッとするんだろう

「ていうかさ」

「うん?」

「春野の髪、自然に巻いててかわいいよな」

「な、なにそれ…」

「褒めたんだけど」

 普通に言わないでほしい
 そんな言葉、慣れてないから

 わたしが少しうつむくと
 朝倉くんは横からそっと覗き込むようにして言った。

「照れてる?」

「て、照れてない!」

「照れてるじゃん」

 にやっと笑うその顔が
 またずるいくらいかっこよかった

 昼休みが終わる頃
 プリントを配りに来た茜が、わたしの耳元でこっそりささやく。

「紬…恋の匂いしてる」

「やめて…!」

「だって朝倉くん、紬のこと見すぎだよ?」

「そ、そんなわけ…」

 否定しようとしたその時

「春野、これ渡すの忘れてた」

 朝倉くんが、わたしの席の横にしゃがんでプリントを差し出してきた。
 ふいに近づいた距離
 床に指をつく姿勢
 目線の高さが同じになって、妙にどきどきしてしまう

「あ…ありがとう」

「うん」

 ふと視線が合った瞬間
 彼のまつげの長さまで見えてしまって
 胸が痛いくらい跳ねた

 放課後
 帰り道がたまたま一緒になった。

「春野、家どこ?」

「駅の反対側…」

「じゃあ途中まで一緒だな」

「え…いいの?」

「いいよ。俺そっちのコンビニ寄って帰るし」

 嘘か本当か分からないけど
 一緒に歩く理由を作ってくれるのがうれしい

 並んで歩くと、歩幅が違って
 わたしが少し早歩きになる

「そんな急がなくていいよ」

「え?」

「歩幅合わせるから。ほら」

 そう言って、彼は自然にスピードを落とす。

 優しい
 ただその一言に尽きる

「春野って、歩くの静かだよな」

「静か?」

「うん。なんか、後ろからついてくる猫みたい」

「ね、猫…?」

「かわいいって意味な」

 また
 またそんな言葉を言ってくる

「朝倉くん」

「ん?」

「なんで、わたしに…そんな…」

 最後まで言えなかった。
 聞くのが怖かった
 もし期待したら…って思うと、胸が苦しい

「なんでって…」

 少し笑って、彼は夕陽を見上げる。

「春野のこと、なんか放っておけないんだよ」

 その言葉が胸に落ちた瞬間
 夕方の風がふわっと吹いて、わたしの髪を揺らした

 それを、朝倉くんが指先でそっと押さえた。

「風、強いな」

「……っ」

 触れたのは一瞬
 でも、その一瞬で心臓が大きく跳ねた

 もしかしたら
 この気持ち…もう見て見ぬふりできないかもしれない

 そんなことを考えながら
 夕陽の中を歩いた。