隣の席の君に恋をした。地味な私を好きにならないでよ、朝倉くん

翌日の1時間目の国語。
 先生の声が読み上げる文章が
 左耳から右耳へ素通りしていく。

 理由は分かってた。

 隣の席の陽斗が
 ずっとわたしのほうを横目で見てくるから。

「……なに?」

 小声で聞いたら、陽斗はペンを回したままぼそっと言った。

「紬の髪、今日さらさらしてる」

「っ……!」

 そんな理由……?
 顔が熱くなる。

「授業中だよ……?」

「知ってる。でも……気になる」

 陽斗は前を向いたふりをしながら
 机の下でそっと距離を詰めてきた。

「昨日さ……家の前で触ったじゃん」

「う、うん……」

(……触ったって、あの時の……!?)

 思い出した瞬間、心臓が跳ねる。

「あれからちょっとさ……癖になった」

「っ……陽斗くん!」

「だって紬の髪、柔らけぇし。触りたくなるの仕方なくね?」

「授業中は……だめ……」

「……分かってるんだけど」

 陽斗は長い息を吐き、教科書に視線を落とした。

「マジで我慢きつい」

「き、きつい……?」

「そう。今ちょっと触れたら、多分止まんない」

 小声なのに、はっきり聞こえる。
 耳の奥がじんじんする。

「なんでそんなに……」

「好きだからに決まってんだろ」

「っ……!」

 あっさり言うのやめてほしい。
 心臓が壊れる。



 休み時間になった瞬間
 陽斗は椅子に座ったまま、顔を近づけてきた。

「紬、ちょっと来て」

「え……?」

「誰も見てねぇから」

 そう言って手招きされ
 わたしは仕方なく、陽斗の机側へ椅子を寄せた。

「……なに?」

「前髪、ずっと気になってた」

 陽斗がそっと手を伸ばす。
 わたしは反射的に肩をすくめた。

「ひっ……!」

「大丈夫。触るだけ」

 そう言って
 わたしの前髪を指先で軽くすくった。

 その一瞬だけで
 全身が熱くなる。

「やっぱり綺麗」

「き、綺麗とか……」

「触り心地もいい」

「陽斗くん……声……!」

「黙れ、ほめてんだよ」

 陽斗はもう少し触りたそうに
 わたしのこめかみあたりの髪を指に巻いた。

「……ほんとに触れねぇんだよ。授業中」

「触れないほうがいいよ……?」

「だからこうやって……休み時間にまとめて触ってる」

「ま、とめて……!」

「そ。紬の髪、俺の好きな場所だから」

 好きな場所……?
 そんな言葉で説明されるなんて思ってなかった。

「……紬」

「なに……?」

「次の休み時間も触っていい?」

「えっ……」

 陽斗は目線をそらさない。

「ダメって言われても触るけど」

「ど、どうして……」

「彼女の髪くらい、触りたいに決まってんだろ」

 その言い方が
 優しくて
 強くて
 胸をぎゅっと締めつけた。

「……いいよ」

 やっと言うと
 陽斗の目が、少しだけ熱を帯びた。

「紬、マジで好き」

「陽斗くん……」

「我慢してんの、分かってくれよ?」

 その低い声に
 心臓がまた跳ねた。

 触れたいのに触れられない距離が
 一番甘くて
 一番苦しい。

 陽斗の視線はずっと
 わたしの髪に吸いよせられるみたいに向けられていた。