告白の翌日。
 放課後のチャイムが鳴ったとき、胸がふわっと高く浮いた。

 陽斗と帰るのは
 恋人になって初めてだった。

「帰る?」

 教室の前に来た陽斗が
 いつもより少しだけ緊張した顔で言った。

「うん……」

「じゃ、行こ」

 歩き出すと
 廊下の光が夕方の色に変わっていく。

 教室ではクラスメイトがまだ騒いでいたけど
 扉を閉めた瞬間、世界が二人だけみたいに静かになった。



 校門を出てしばらく歩いたところで
 陽斗が不意に口を開いた。

「今日、なんかさ……変だよな俺ら」

「へ、変って……?」

「距離感」

「……わたしも思ってた」

 お互い、気づいてはいた。

 隣を歩くだけでドキドキして
 ちょっと目が合うだけで息が止まってしまう。

「なぁ、紬」

「うん」

「……手、つなぎたい」

「――っ」

 心臓が跳ねる音がはっきり聞こえた気がした。

 陽斗はわざとじゃなく、本気で照れているような声で続けた。

「でもいきなり全部握るのは……あれかなって思って」

「“あれ”って……なに……」

「その……俺が暴走してるみたいじゃん?」

「暴走……」

「いや……してるんだけどさ、実際」

「陽斗くん……」

 真顔で言うから笑えてくる。

「……じゃあさ」

 陽斗は少し歩幅をゆるめて
 そっと自分の手を近づけてきた。

「指……だけ、つなぐ?」

「ゆ、指だけ……?」

「うん。そういうやつ」

 “そういうやつ”。
 陽斗の言い方がかわいくて
 わたしはうつむいて笑った。

「……つなぎたい」

「……よし」

 陽斗はゆっくりと、わたしの指に触れた。
 重ならないように
 逃げ場を残すみたいに、優しく。

「……ん」

 指先が絡んだ瞬間
 全身にふわっと熱が走った。

 手のひらは触れていないのに
 心臓は完全に持っていかれていた。

「これ……やばいな」

「え……?」

「普通の手つなぎより、やばい」

 小さな声でつぶやきながら
 陽斗は指をすこしきゅっと押した。

「紬の手……あったけぇ……」

「陽斗くんのほうこそ……」

「だめだな、これ。離したくねぇ」

「離さなくていいよ……」

 わたしが言うと
 陽斗が少し足を止めた。

「待って。今の……反則」

「え……?」

「そんな言い方されたら……“全部”つなぎたくなる」

「陽斗くん……!」

 言いながらも
 指先は離さなかった。
 むしろ、少しずつ力が強くなる。

 夕陽に照らされた帰り道
 遠くの車の音も、すれ違う人の声も聞こえない。

 指と指が触れているだけ。

 それだけで
 十分すぎるほど幸せだった。

「なぁ紬」

「なに?」

「明日も帰ろうな」

「うん」

「明後日も」

「……うん」

「その次も、一緒がいい」

 陽斗は照れたみたいに目をそらしてつぶやく。

「彼女と帰るの……めっちゃ好きだわ、俺」

 胸がきゅっと締めつけられるくらい
 うれしくて、苦しくて、あたたかかった。

「わたしも……陽斗くんと帰るの、好き」

 陽斗はほっとしたように笑って
 指先をもう一度、ぎゅっと重ねた。

 指だけなのに
 心はすっかり繋がっていた。