文化祭当日の朝。
 教室は早く来たクラスメイトでにぎわっていて、
 カフェの準備がどんどん進んでいった。

「紬、これ。エプロン」

 茜が渡してきたのは
 淡いクリーム色の可愛いエプロンだった。

「え…これ、私が着るの?」

「うん! 絶対似合うって」

「そんな…似合わないよ…」

「自信持ちなよ〜。じゃ、着てみて!」

 言われるままに更衣室で着替えて
 教室に戻った瞬間――

 近くにいた女子が「かわいい…!」って小さく声を上げた。

 その声だけでも顔が熱くなるのに
 一番手前の机で準備していた陽斗が振り向いた。

「春野――」

 その先の言葉が途切れた。

 陽斗の体が、ピタッと止まった。
 本当に、止まったみたいだった。

「……え?」

 固まったまま、動かない。
 視線だけが、わたしに向いたまま。

「な、なに…?」

「いや……」

 陽斗は目をひらいて
 息をのむように、ゆっくり近寄ってきた。

「春野…それ…めっちゃ似合ってる」

「っ……!」

 声、低い。
 顔、真剣すぎる。

「いや、ほんと…なんか、びっくりした」

「び、びっくりって…変ってこと?」

「違う違う違う!」

 陽斗の声が一気に高くなった。

「可愛いってことだよ。……普通に反応困るくらい」

「こ、困る…?」

「困る。近づけなくなるくらい」

 そんなこと言われたら
 こっちの心臓が困るんだけど…!

「ねぇ陽斗くん、準備できてる?」

 美咲が声をかけてきたけど
 陽斗は一切そっちを見なかった。

「後で行く。今ちょっと無理」

「無理って何が?」

「落ち着くのが」

 平然と言われて
 わたしまで息がつまる。

「春野、前髪…」

「え?」

 陽斗がそっと一歩近づいて
 エプロンで浮いた前髪を指先で触れた。

 軽く、整えるみたいに。

「これでいい」

 優しく触れただけなのに
 全身が熱くなる。

「陽斗くん……なんか今日、違う」

「春野が違うから」

「わ、わたし…?」

「そう。今日の春野…やばい」

 その一言に、足がすくんだ。

 陽斗は深く息を吐いて
 少しだけ顔を赤くしながら言った。

「……本気で好きになるかと思った」

「……っ!」

 心臓が壊れそう。

「いや、もう半分好きかも」

「陽斗くんっ…!」

 思わず一歩下がると
 陽斗は笑いながら近づく。

「逃げんなって言ったろ?」

「に、逃げてない…!」

 でも完全に目をそらしたわたしの手を
 陽斗はそっと取って言った。

「文化祭、楽しもうな。春野の隣で」

 その言葉に
 胸がしずかに震えた。

 エプロン姿の自分が
 誰かに“好き”って言われるなんて
 思いもしなかった。

 でも陽斗の目は
 本気でわたしを見ていた。

 今日は、きっと忘れられない日になる。