高校二年の始業式。
 クラス替えの貼り出された紙を見た瞬間、わたしは胸の奥がぎゅっとした。

 できれば、今年も静かに過ごしたい。
 目立たないように。
 誰にも気づかれないように。

 そう思いながら教室に入った。

 選んだ席は、いちばん後ろの窓側。
 ここなら、本を読んでいても邪魔にならないし、先生の目も届きにくい。

 春野紬
 出席番号が呼ばれたとき、わたしはそっと顔を上げる。

 クラスのざわざわした空気
 知らない人たちの声
 少しだけ怖いけど、みんなの輪に入ろうとは思っていない。

 静かにしていれば、きっと平和に一年が終わる。

 そう信じたかった。

「朝倉陽斗」

 担任の声が響いた瞬間、女子の小さな歓声が起きた。

「やばい同じクラスだって」
「絶対モテるじゃん」
「今年の席替えどうなるんだろ」

 期待と好奇心が混じった声。
 そう言われても仕方ない。
 朝倉くんは一年のときから学校で一番人気の男の子だった。

 背が高くて
 黒髪がさらっとしていて
 サッカー部のエースで
 顔だって普通じゃないくらい整っている

 そんな人とは縁がない
 わたしとは関係ない世界の人

 …そう思っていたのに

「ここ空いてる?」

 その声は、わたしのすぐ横から聞こえた。

「え…」

 顔を上げると、朝倉くんが立っていた。
 笑っていた。
 まるでこれが普通のことみたいに。

「後ろの窓側好きなんだよね。外見えるし落ち着く。いい?」

「う、うん…どうぞ」

「ありがと。えっと…春野さん、だよね?」

 どうして、名前知ってるの?
 そう思って固まっていたら、彼は出席表をちらっと見せてくる。

「さっき呼ばれてたから覚えた。俺、名前覚えるの得意なんだよ」

 軽く言うその感じに、余計にドキッとしてしまう。

 隣の席に座ると、彼の香りがふわっとしてきた。
 清潔感のあるシャンプーの匂い。

 心臓が落ち着かない。

「春野さんは、本好きなの?」

「え…どうして」

「読んでたから。さっき」

 見られてた
 気づかれてた
 そう分かった瞬間、顔が熱くなる

「べ、別に大したものじゃ…」

「いいじゃん。俺も本読むよ。おすすめあったら教えて」

 なんでこんなに距離が近いの?
 わたしなんかに話しかける必要なんてないのに。

「あの…わたし、そんなに話すの得意じゃないから…」

「ゆっくりでいいよ。俺、話すのは得意だから」

 にこっと笑う
 その笑顔に、周りの女子が「いいなぁ…」と羨ましそうにこっちを見ているのが分かった。

 わたしは慌てて視線を落とす。

 ただの席替え
 ただの偶然

 そう思おうとするけれど

 窓の外の光よりも、隣に座った朝倉くんの存在がまぶしくて
 ページの文字がなかなか頭に入ってこなかった。