高校生活が始まって早三ヶ月。
私──伊予美柑は、入学早々からずっと気になる男子がいる。
その名も我壱鳴雄。
……そう、**自称・完璧ナルシスト**。
入学式からとにかく目立っていた彼は、多くの生徒から煙たがられている。
でも、入学式の朝。登校中に不良に絡まれた私を助けてくれた……いや「助けた」というより “なんかすごいこと” をして去っていったのだ。
そのぶっ飛んだエピソードがこちら。
✜
「ネーちゃん、学校なんてバックレて俺と遊び行こうぜ〜?」
「す、すみません。今日、入学式で……」
「高一? いいね〜じゃ行こっか?」
「ちょ、離してください!」
腕を掴まれて焦る私。心臓が一気に跳ね上がる。
周りの大人も通行人も見て見ぬふり。え、ちょっと、誰か助けてよ……!
「待て!」
突然、鋭い声が降ってきた。
「あァん? 誰だテメェ」
不良が上の方を見ていたので、私もつられて視線を上げると──
そこには**塀の上でキメポーズを決めている男子高校生**がいた。
(誰!? てか、なんでポーズから入るの!?)
「我の名は鳴雄──我壱鳴雄。鳴雄様と呼ぶがいい……」
「呼ぶかバカ! 気持ち悪い」
「その子を放せ!」
「正義のヒーロー気取りかよ、なぁ?」
「違う」
“違うんだ……”と私は心の中でそっと突っ込む。
しかも会話しながら別ポーズを決めはじめた。バリエーション豊富。
「その子は、訳あり高校一年の入学生」
「だったらなんだよ? 生徒会とか風紀委員ってか?」
「違う」
(じゃあ何!? どういう立場の人なの!?)
次の瞬間、鳴雄は塀の上から颯爽と飛び降りてきた。
片膝をつき、横向きにポーズ。風が吹いてもないのに髪がサラッとなびいた気がする。
「我と同じ学び舎に通う。是即ち我を愛でる僕」
「ちょっとなに言ってるかわからんが、とりあえずぶっ●●す」
バキッ!
「ぐはっ……テメエ……!」
不良のパンチが一瞬で弾かれ、不良は吹っ飛んだ。
(な、何が起きたの……?)
「悪いことは言わない。これ以上我に歯向かわないことだ」
「くそっ……てめぇ、なんか“かじって”やがるな……」
「ご明答! 剣道、柔道、空手、合気道、跆拳道、ボクシング、プロレス……全て十段だ」
「ウソつけ! ボクシングとかプロレスに十段とか無いだろ?」
鳴雄はなぜかリーゼントでもないのに髪をサイドにかき上げた。
ただのクセじゃなくて、どう見ても“キメ動作”。
「気持ち……」
「あ?」
「気持ちで十段なのだ馬鹿者めっ! わーはっはっはっは」
「なぜそこで高笑い?」
(す、すごい……いろんな意味で圧倒してる!)
「ではそろそろ、我が奥義を味わってもらおうか?」
「奥義持ってる高校生!? くそっどんな技だ?」
「ふふっ……興味があるかね、お若いの?」
「お前さっき新入生って言わなかった? 俺高二、お前より年上」
「黙りたまえ! この頭の中だけ小学生が!」
「いやお前がな……」
「必殺──」
「え? 出すの?」
「キィィィィィーーーーーーッ」
「うわぁ! やめろォォォ! 黒板を引っ掻いた時の音を口で再現するのはァァァ!?」
不良は耳を塞ぎながら走り去っていった。
……なんかすごかった。色々すごかった。
「あの……」
「ん?」
「助けてくれて、ありがとうございます!」
「いいのだよ、我を愛でるための下僕よ。学校でまた会おう」
(キュン……え、今のなに? なんでキュンってしたの……?)
鳴雄様は満足げに「ふふふっ」と笑いながら学校の方向へ走っていった。
✜
──こうして私と鳴雄サマの出会いは始まった。
回想に浸っているうちにチャイムが鳴り、私は慌てて更衣室へ向かう。
『ダムダムッ』
「バスケ部ぅ、鳴雄に絶対負けるなぁ〜〜〜っ!」
「わかってるって──って、うわっ!?」
鳴雄サマは中学バスケ強豪校のレギュラーだったらしい。
今も信じられないフェイントで相手を抜き去り、華麗にレイアップを決めていた。
(す、すご……モーションに残像ついてない?)
男子からは悲鳴。
女子からは「キャー鳴雄、気持ち悪ぅぅ〜!」というアンチの嵐。
運動神経抜群、成績トップ、顔も良い。これだけ聞くと天然チートだが……
**致命的に性格がダメだった。**
鏡を見て髪いじり、自撮りをSNSへ投稿し、自慢話を独り言で語り、目立ちたがりで、人の話を聞かない。
それでも私は──
「かっこいい……」
「誰が?」
「わっ、びっくりした雛子!」
親友・桜餅雛子。別の中学から来た、餅と名のつく食べ物が大好きな女の子だ。
「誰がかっこいいって?」
「聞かれちゃったか……」
「同じクラス?」
「……うん」
「ぶっちゃけ誰?」
「……くん」
「え? 聞こえない。もっと大きく」
「鳴雄くん」
「──ごめん、小声で話そっか」
「どうして?」
「相手がヤバイからだよ!」
雛子は目をつり上げて怒っている。
でも私は心の中で(そんなに言わなくても……)と思っていた。
「やっぱりヤバいのかな?」
「ゲーム初心者がハードモードをコンテニュー無しでラスボス倒すぐらいにはヤバい」
「それ無理ゲーじゃ?」
「クリア不可能──ミッションインポッシブル」
「……」
「ごめん言い過ぎた。でもやめときなって」
心配してくれているのは分かる。でも……
「どうして? いい人だよ? 助けてくれたし」
「前も聞いた。それだけの理由じゃヤツはただ助けない。なんか言われなかった?」
「『愛でるための下僕』って」
「はいアウトォ! やっぱヤバい奴じゃん!」
そのあとも私は鳴雄の“良いところ”を並べたが、雛子の容赦ないツッコミが入る。
鏡→ナルシスト
SNS→自己愛
武勇伝→虚言
立候補→目立ちたがり
意思が強い→人の話を聞かない
でも、最後の話で雛子も少しだけ驚いたようだった。
「この前ね、帰りに人助けしてたの」
「へーどんな?」
「迷ってる外国人と、困ってる日本人を助けてたの」
「外国語話せるの?」
「ううん、日本語で押し切ってた」
「強ぇな……外国語圧に屈しないメンタル……」
だんだん雛子の顔が呆れから興味に変わり始める。
「その後、お礼言われたときね」
「ふむふむ?」
「スマホ出してSNSフォローしろって」
「勧誘か!」
「私、登録してないからこっそり見てるけどね」
「……それたまたま見たの?」
「ううん、尾行してたら、たまたま……」
「それ尾行! “たまたま”じゃないよ!」
「毎日尾行してるよ?」
「お前、それストーカーだぞ……」
「でも鳴雄くん、カメラ向けるとポーズしてくれるの」
「完全に気づいてる!」
「見失うと戻ってきて『ここだぞー』って……」
「それ歓迎されてるんじゃ……?」
「今日、一緒に鳴雄様ウォッチングしない?」
「やだよ。なんでヤツの追っかけ……」
「お団子奢るよ」
「行こう我が友よ」
✜
──私の名は桜餅雛子。餅に弱い十六歳。
親友・伊予美柑の“ギリギリアウトな行為”に誘われたが、甘い誘惑(お団子)に抗えるはずがなかった。
まったくどうしたものか……。
本来なら、鳴雄だけは恋愛対象から外すよう強く言うべきなのに……
(……まあ、今日は付き合ったるか。後でゆっくり説得しよう)
(放課後)
私は親友の美柑と一緒に、団子のために――いや、厳密には団子GETのために――あの変人「我壱鳴雄」を尾行していた。
(……うーん、団子のためとはいえ、なんで私らが ヤツ を追いかけなきゃいけないんだろうか)
ため息をついた瞬間、前方で下校中の男子小学生が我壱に声をかけているのが見えた。
「ナルシストの兄ちゃん、こんにちは~」
「うむ、ごきげんよう下僕132号、133号……ハッ!」
なんかキメ顔してポーズまで取ったぞアイツ。
その瞬間、小学生が腹抱えて笑い出す。
「あはは、今日も面白っ♪」
(いや面白じゃなくて……完全に弄ばれてるやつだよね!?)
横目で美柑を見ると、彼女は目を輝かせてる。
え、なんでそこにときめくの? 理解不能……。
しばらく歩くと、我壱は大通りから商店街へ入り、急に青果店の前で立ち止まった。
「なにやってんだアイツ……」
私は建物の角からそっと覗く。
すると彼は――両手を広げ、空を見上げ、荘厳な感じで「祈り」っぽいポーズを取りはじめた。
あ、これは……絶対なんかアヤシイ儀式だ。
「鳴雄くんの日課の“祈り”だよ」
美柑が得意げに解説してくる。
「いや、そんな当然みたいに言われても……何? 何の祈り?」
「何のためかまではわからないんだけど……」
(美柑でも知らんのかい)
店主に何か感謝され、なぜかバナナもらってる。なぜバナナ。栄養補給?
その後、我壱が肉屋の前でも同じ祈りをしはじめたので、私たちは青果店へGO。店主さんに聞いてみる。
「あのすみません、今の人って何してたんですか?」
「あ〜ナルちゃん? あれやってくれると売り上げがすごく伸びるんだよ」
(嘘くさっ!!)
思わず顔に出てたらしい。
すると、通りすがりの若い男性が店主に声をかけた。
「すみませ〜ん、祭りの出店で果物が大量に必要になって……棚のやつ全部もらえます?」
「あいよ〜」
(え、全部!?)
「はい4万8000円ね〜。まいど〜」
「ほらねっ」
店主が空の棚を指差す。
私は言葉を失う。
(……マジか。嘘じゃなかった……)
いや、ヤツいったい何者?
少しだけ興味が湧いてしまう自分が悔しい。
我壱はその後も数件で祈りを捧げ、最後に書店へ入っていった。
ガラス越しに覗くと、彼は軽い足取りで本をレジへ。
「美柑、あいつ何買ったか気になる! 尾行続けて!」
「雛子は?」
「店員さんに聞いてから合流する!」
「了解!」
そして私は書店へ。
「すみませ〜ん、さっきの男子高校生、何買いました?」
「ナル君? えーと『宇宙人が地球に潜む方法(実践編)』だね」
「…………ありがとう……ございます……」
(実践編って何? 潜んでどうする気なの?)
すぐさま美柑へ電話し、合流。
「美柑、我壱は今何してる?」
「あそこ……」
指差す先には――
公園のベンチの上に、大量のハトが山盛りになっていた。
え……いや、盛りすぎじゃない?
なんかもこもこしてるぞ?
「アレって……中身、鳴雄?」
「うん……鳴雄くん、生き物にすごく慕われてるの」
「いや、アレは“慕われてる”を超えて、ほぼ“襲われてる”に見えるけど!??」
美柑がスマホを構えた瞬間――
『カシャッ』──『バサバサバサッ!』
ハトの群れが一斉に舞い、中央から我壱が華麗に現れる。
キラッとした目線をカメラに向け、完璧なポーズ。
(こっち見んなっ)
写真を撮り終えた美柑が満足げに頷くと、我壱はまた無表情で歩き出した。
「美柑……我壱って、宇宙人かもしれん」
私はさっきの本のことを話した。
「雛子……宇宙人って……大丈夫?」
「アイツが好きなお前にだけは言われたくない!!」
ツッコミしている間に、我壱の背中は遠ざかっていく。
「あ、やばっ……!」
急いで追いかけようとして、公園入り口の階段で――足を踏み外した。
落ちる……! と目をつぶった瞬間、
「ファサッ」
衝撃ではなく、なぜか柔らかい抱擁感が全身を包んだ。
そっと目を開けると――
階段下で、我壱が私をお姫様抱っこしていた。
「えっ……その……ありがと……」
「ふふ……良いのだ。君も我を愛でるための下僕だからな」
(キュン……。え、ちょっと、なにこれ……!?)
彼はそっと私を降ろすと、マントでも翻しそうな勢いで背を向けた。
「雛子、なった? 下僕に」
「……うん、たぶん」
「でもダメだよ。私たちは“キュン”はしても、鳴雄くんとは“恋はでキュン”だから……」
「意味わかんないけど……わかった……」
高校生活が始まって四ヶ月。
私桜餅雛子には、今日もまた“気になる男子”がいる。
我壱鳴雄。
自分を愛しすぎている、所謂〝超・ナルシスト〟。
美柑と揃って、絶対に叶わぬ恋をしている……はずなのに、彼のまわりでは今日も新たな「キュン」が量産され、信者が増えていく。
……彼の目的はいったい何?



