はい! スキよ

 代乃子(よのこ)39才レディの趣味はラジをを聴くこと。人見知りな代乃子は、ネットでは人とおしゃべりするが、直接人に会うと気疲れしてしまう。だから友達付き合いは控えてきた。

 ラジオを聴くだけではなく、みんな夜8時から始まるそのラジオ番組『ハイ! Jump』のSNSで盛り上がっている。生放送を聴きながらしゃべったことに書き込みを入れると、DJのララ子さんがSNSからそれを拾ってくれて、オンエアーでラジオネームを読んでくれたりするのだ! それがみんな嬉しく癖になる。

 特に親しくしている女性・ラジオネーム『ポコちゃん』こと真弓(まゆみ)とはダイレクトメールを送り合う仲だ。
 ポコちゃんは代乃子より2つお姉さんだ。

 ちなみに代乃子のラジオネームは『みーあ』だ。

 代乃子も真弓も気ままな独身同士。代乃子は焼き肉店の厨房の仕事をしている。勤務時間はお昼がメインで、主に下げられた食器の洗い物担当だ。
 ポコちゃんこと真弓は銀行で働くエリート。羽振りの良い真弓はよく代乃子におごってくれる。3回のお食事のうち2回は真弓持ちだ。
 代乃子は「いつも悪いよ……」と断ろうとするが、サッと会計を済ませてしまう、真弓はデキる女性だ。

 代乃子の誕生日がやって来る寒い季節、2月、真弓に久々にごはんに誘われた。SNSのダイレクトメールにて『代乃子、いつも天然で面白いコメントありがとう! 代乃子のお陰で番組が凄く盛り上がるね♪ ネー、近々ごはん行かない? 良いレストラン見つけたんだー。どう?』
 代乃子は(あ、真弓と直近でごはん食べたのって……? まだ半そでだったぞ)今年の秋は暑かったのだ。(それにしても久しぶりだな)とワクワクしてきた代乃子。
『OK! あたしは次の土曜日お休みだよ。どう?』とすぐに返信した。
『うん! あたしも今週の土曜日、予定ないからOK!』
 と約束をした。

                      *

 郊外から都心まで電車に揺られる代乃子。(めかし込んだのも久しぶりだな、ウフフ)電車が地下に入ると、窓に映った自分を見ってニッコリごきげんの代乃子。
 長い黒髪をポニーテールにしてレースで出来た大ぶりのシュシュで飾った。洋服はセミロングの淡いピンクのワンピース。その上にはホワイトのノーカラーのロングコートを着た。電車が何かの拍子にガタン! と揺れると、サクランボをあしらったイヤリングがゆらゆら揺れた。そんなことさえ、なんだか嬉しい。
(今日、なにか良いことありそう……)なんの根拠もなく感じる代乃子。

 目的の駅に到着。待ち合わせ場所近くまで歩いて行くと、手を振る真弓の姿が見えた。

 真弓は代乃子とは対照的で少しふっくらとした体つき。ショートカットでボーイッシュなファッションを好む。今日は、ビンテージものらしきデニムジーンズにベージュのダウンジャケットを着ている。

「御免、待たせた? 真弓!」
「ううん、代乃子、5分前に来たところだよ。行こ♪」
「うん、うん!」

 二人は歩きながらもお気に入りのラジオ番組『ハイ! Jump』の話に花を咲かせる。
「こないだ、代乃子、おたより読まれたでしょう! あの話笑った~」
「キャハハ! あれ、盛ってないからね、マジだよっ」
「そうなんだー、ギャハハ」真弓はよく笑う。
 人が苦手な代乃子が一緒にいても気楽な真弓は(すごく細やかな気遣いをしてくれているんだろうなー)と思う。(それも楽しんでそうしてくれているのだろうな)代乃子は真弓をリスペクトしている。

「こっちだよ、代乃子」
「うん!」
 駅を出て5分ぐらい、賑やかな街を歩いている。
「あ! 見えたよ、お店」
「どれどれ?!」
『レストラン・スイートピー』わ! かっわいい名前だし、佇まいも、西洋のお城みたい。

 中へ入ると沢山の美麗な食器が飾られていた。(こ、ここ、お料理の値段……)ちょっぴり心配になってきた代乃子。
 が、予約席に着きメニューを開くと意外や意外! フツーのレストランと変わんないじゃん。素敵!
 胸を撫で下ろす代乃子。

 代乃子の心配に感づいていたらしい真弓が、「お安いでしょ~。絶対お得だよね! その上お料理も抜群なんだから!」と言った。
「うん、うん。あ、あたし思い切ってお肉食べるぞー。普段さ、焼肉屋さんのまかないで焼き肉は食べるんだけど、ステーキは無いのよね、だから!」
「あ、いいね! あたしはー……代乃子がお肉なら海の幸で行くわ。ビッグエビフライセット!」
「わぁ、どれだけの大きさだろう?!」と声を上げる代乃子。
「うっしっし。来てからの楽しみ~」だなんて言う真弓。

 そうしてアツアツミディアムレアの極上ステーキと……びっくりするほど大きな、お皿からはみ出しそうなほどのエビフライが載ったお皿とやって来、テーブルが華やいだ。二人の笑顔も華やぐ。

 二人はおなかいっぱいになると「デザートいこ~!」と喫茶店を目指した。
 そこではプリンパフェを戴いた代乃子。おなかいっぱいなのに、だ。いいの!
 真弓はチョコレートパフェ。

 真弓がおもむろに、SNSの仲間の話をし始めた。「みんな良い人ばっかだよねー。ネェ、代乃子ぉ? SNSの仲間の中でさ、気になる人とかいるぅ?」
「うん」モグモグモグ……ごっくん。パフェに添えられていたバナナを飲み込んだ後続ける代乃子。
「真弓に出会えて、あたし嬉しいよ! ……て、え?『気になる人』?って、男性のこと?」
「うん」
「特に……。会ったこともないし、誰のことも気にならない」
「そか……。にしても、うふ、照れるじゃない! 改まっちゃって、代乃子ったら。あたしも代乃子と居ると本当に楽しい。それと、代乃子のコメントがいつもチョーウケる」
「アハハハハ!」二人で大爆笑。
(ン……さっきの真弓の言った言葉、気になるな~。真弓、SNSのラジオ仲間の誰かのことが好きなのかな?)一瞬そんなことを考えた。でも真弓はそのあと特に何も話してこないので、男性の話は立ち消えた。

 女二人のグルメ・食べ歩きは終わることを知らない。喫茶店を出、夕方に差し掛かると、真弓が「代乃子! 居酒屋、行こうぜ~」とノリノリだ。

 代乃子はアルコールを全く飲まない。けれど、親しい人がお酒を呑んでいる席に同席するのは好きだ。
「うん、良いよ!」

 夕方5時。ネオン街は、出番が来たぞとばかりに煌びやかな看板たちが♪おいでおいで~とでも言っているかのように輝く。
「ここにしようよ!」と真弓。「うん!」

「カンパーイ!」
 代乃子はオレンジジュースを注文し、(お造りを食べたいな)と思ったので戴いている。
 真弓は、がっつりチューハイを飲んでいる。枝豆が次から次へと消えていく。
(ウフフ、なんだか、真弓って細やかだけど大らか。可愛いひとだなー)
 二人は、まったりとおしゃべりしては良い時間を過ごしている。
 良い時間だが、夢中になって話し込み気づくと、時刻としてももう『いい時間』だった。

「あ! ヤバいよ、真弓。あたし終電コースだわ」
「わかった! いこ」

 真弓は残りのチューハイをグイッと飲み干した。足早に駅を目指し、改札で別れた。
「また遊ぼうね!」
「うん、バイバイ!」
 駆け足のお別れとなってしまった。


 夜の電車に揺られ、友と語り合った今日という充実感にひたっている代乃子。
 行きは座れなかったが、帰りは座れた。それでも土曜日だからか、けっこう終電車に人が乗っている。

 額縁の中の黒い絵画のような窓の向こうには、街灯りや信号機の色が見える。
 ふと……今日不意に真弓が言った言葉を、代乃子は思い出した。
「SNSの仲間の中で……気になる人、居る?」とのあの意味深な言葉だ。
(どういう意味だろ? あの時は……真弓が誰かを好きなのかな、とか思ったけど……え、もしかして! 誰かがあたしを?! とか、ないか……)
 自分を映す黒い絵画に、ぼんやりと視線を向けているうちに、駅に着いた。だが、ボーッとして代乃子は降りそびれかけた。焦って降りた。

 次々とみな改札のある階段のほうへ向かい歩いて行く。

(えっ?! たーいへんっ!)

 だーれも目もくれず家路へと急いでいたが、代乃子はその光景に驚き、ほっておけなかった。

 極寒の夜空のもと、ホームに並んだ椅子に仰向けになりグーグー眠っている男性がいる。
「風邪ひきますよ!」お人よしの代乃子である。男性はスヤスヤ寝息を立て、なんとも気持ちよさそうに眠っているではないか。
(綺麗な顔立ち……。ハ! そんな悠長なこと思ってる場合じゃない。こんなに寒いのに!)
「お・に・い・さ・んっ! もしもしっ?」
 ぜーんぜん、代乃子の声が届かないこの茶髪の男性は、耳も顔もピアスだらけ。フツーなら話し掛けないよね! という派手な風貌だ。いかついというか、なんというか。でも、先ず(風邪をひいてしまう!)と未知の他人を気にしてしまう代乃子なのであった。

 男性は暫くすると、目をショボショボさせ「ンン……」とうわごとのように言った。そうしてやっと目を覚ました。お酒の匂いがする。(呑み過ぎたんだろうな……)と代乃子は思った。
 それよりも、男性が目を開けた瞬間……(なんてセクシーな瞳?!)ドキリとした代乃子。

 みた感じ30代前半と思わしき彼、心配げな代乃子の様子に気づくと「あ、す、すみません」と一言言い、足早に去って行った。

「フー……」(あたしがいなかったら、お兄さん、凍死してたかもよ!? まったく)少し胸を撫で下ろした。(まぁ、駅員さんの見回りがあるんでしょうけど)

                       *

 今日もラジオ番組『ハイ! Jump』が始まった。
 SNSのタイムラインには、次から次へと『こんばんは~』『よろしくね』だとか『今日も寒いね!』とあいさつの言葉が並ぶ。
 オープニングナンバーは、カッコいいロックンロールだった。この番組は邦楽・洋楽問わずリクエストを受け付けている。DJララ子さんはお便りも、じゃんじゃん紹介してくれる。

 2曲目の男性ボーカルの邦楽バラードが終わった。ララ子さんが「素敵な曲だよね~。あたしも大好きなんだ、この曲! ナイスチョイス。この曲をリクエストしてくれたのは……ロウ君! いつも書き込みありがとうね! ア、今日はお手紙もあるじゃん。ムムム……なるほど! さっきの曲は……ロウ君の恋心を込めたリクエストだったのかな?」

 代乃子はラジオを聴きながら、(あ、常連のロウ君だ。でもリクエストとかお便りって珍しいな、ロウ君が……)と思いつつ、どんなお手紙だろうと耳をそばだてた。

『こんばんは、ララ子さん、みなさん! 僕はきのう呑み過ぎちゃいました~! 2月の寒空のもと、駅のホームの椅子に仰向けになり、眠りこけてしまいました。そしたら知らない女性が声を掛けてくれて、助けてくれたの! スマホを見たら終電時刻をとっくに過ぎた時刻だったから、かなり寝てた模様。命拾いしました~。みなさんも呑み過ぎには気を付けましょうね! あ、ちなみにその女性、タイプでした! ララ子さん、内緒にしといてね』
 お便りを読み上げたララ子さんが「おいおいロウ――――! 風邪ひかないでよ~。それと、『内緒』じゃないやないかーい……」それ以降は上の空でラジオが聴こえなくなっちゃった。

 だって、(あたしのことじゃん!? たぶん。え、ロウ君、最寄駅一緒なんだぁ? てか、ロウ君、すっごく色っぽくて、あたしびっくりしちゃったんですけどー。で、タイプ……だったの? キャー! 嬉しいっ)

 ラジオの前で一人、何だか恥ずかしい気分になる代乃子。