晴るの雪

「ほんと、ゆきっぺって似てないよね」

「…え?」


昼休み。
いわゆる“いつメン”の友達7人とお弁当を食べていたら、そんなことを言われた。


「それな!なんでなんだろ」

「姉ちゃん達つり目なのに、
ゆきっぺたれ目だもんなー」


1人が言い出した『似てない』の一言に
みんなが共感の声を送る。

別に怒ったりなんか、しないよ。


…だって、本当のことなんだから。

”ゆきっぺ”こと私加藤由希(かとうゆき)には、2人のお姉ちゃんがいる。

つり目で長身、身につけるものもクール系。かっこいいすみれお姉ちゃんと、

これまたつり目で長身、すみれお姉ちゃんとよく洋服を貸し合いっこしているぐらい、身につけるものも似ているさくらお姉ちゃん。

私が入学する前まで、”かっこよくてそっくりな姉妹”として校内で有名だった2人。だけど、その妹の私は、

たれ目で小柄、おまけに身につけるものはガーリー系。

私は、容姿から趣味嗜好までお姉ちゃん達とは正反対だ。

“姉妹なのに似てない”

その事実が、私はどうしても辛くて苦しい。

似たもの姉妹。

私もそれに、含まれたかったな。

似てないことがただでさえ辛いのに、昔からからかわれることも多くて。

辛かったけど、流石に高校生にでもなれば大丈夫かな、とか油断しながら潜った校門。

あの頃は、まさか毎日毎日からかわれるこのになるなんて思っても見なかったなぁ。

油断していたこともあって、小中学生の頃より耐えるのが辛くなっていってることには、とっくのとうに気づいてる。


「ちっちゃい頃から似てないの?」

「もはや、雰囲気から違うもんな」


まだ続いてたんだ、この話。

…早く、終わってくれないかな。

口に出せない不安とぐちゃぐちゃした感情を飲み込むと、石みたいに重たくなって、私の肩にずっしりとのしかかる。


「…って、ゆきっぺ、大丈夫?顔色悪いよ?」

「え、あ…」


辛い気持ちに耐えていたら、顔に出てしまっていたらしい。


「なんにもないよ!ちょっとお手洗いに行ってこようかな。」


言い訳をして、教室から飛び出した。

1番奥のトイレに入って、鍵を閉める。


「はぁー…」


心配かけちゃった…

でも、もう『似てない』って言葉が辛くて辛くて、耐えられる自信がない。

色んな気持ちが津波のように押し寄せて、涙になって流れ出す。

トイレの蓋の上に座って顔を埋めていたら、スカートにシミがポツポツと出来ていく。

ああ、やだ。もう、やだよ。

頭の中に少しだけ残っていた冷静な私を必死に呼び寄せるけど、涙は止まらない。

…あ、昼休みの時間、後どれぐらいだろう。

ぼやける視界で、震える手で、制服のポケットからスマホを取り出す。

後2分だ…

いつのまに予鈴がなっていたのか。

流れ出る辛い気持ちを必死に、グッと抑える。

こんなことしたって、辛い気持ちは残るだけでまた耐えられなくなるんだろうな。

でも今はとにかく涙を止めないとっ。

服の袖が濡れて冷たくなっていくけどそんなの構わずにゴシゴシと目を擦る。

キーンコーンカーンコーン…

無機質なチャイムの音が鳴り響く。

…もう時間的にアウトな気もするけど、ひとまず涙は止まった。

まあ、チャイムは鳴ってしまっているから、やばいことには変わらない。

足をもたつかせながら、急いでトイレを飛び出す。

もう人っ子1人いない…当たり前だけど。

早く教室に行かなきゃー…


グイッ!


その時だった。

右手に重みがして、気がついたら数学準備室に入っていた。

な、何!?

突然の出来事に、バクバクする心臓を抑えながら周りを見渡す。

すると、そこには、


「あ、ご、ごめんね!驚かせたよね。」


この人…


「くろだ、くん?」


ーー目の前で申し訳なさそうに微笑むイケメンさん、黒田陽太(くろだようた)君。

黒田君はいつメンの1人。

でも、他の人と違うところがある。

それは“私の事をからかわない”ところ。

私が似てない、似てない言われてる時に、さっきまで楽しそうに話してた黒田君は黙り込む。

そんなところもあって、ちょっといいな〜なんて思ってた男子。

まあ、そのルックスからモテモテだから、私なんかには到底振り向いてもらえないだろうけど。

そんな黒田君が、どうしたんだろう。


「ごめんね、加藤。泣いてたから思わず引き込んじゃった。」


私の考えを見透かしたように、そんなことを言った黒田君。

な、なんでバレたんだ…!?

必死にさっきまでの事を思い返してみると、ある事に気づいた。


「あ、もしかして目赤くなってる!?」


急に大声を出した私。

黒田君が、ビクッとした。


「た、大した事じゃないんだよ!かゆくて、擦ってたら…」


私は馬鹿なのかな。いくら涙を止めたかったからって、擦って目の周りが赤くなってたら気づかれちゃうじゃんか!!

なんて反省していたけど、さっきまでの事を思い返すと、抑えていたはずの気持ちがまた押し寄せてきた。

なんで、抑えるのは大変なのに流れ出るのはこんなにもあっけないんだろう。


「ーう、ッあっ…」


普通突然目の前にいる人が泣き出したら、引かれるか、死ぬ程引かれるかの2択だろうに、

黒田君は心配そうにしていて、私と目が合った瞬間、安心させようとしてくれているのか優しく微笑んでくれた。

それすら切なくて。

今の私の涙腺を崩壊させるには、十分すぎた。

こんな私を見た黒田君は、私にゆっくり近づいてきて、

そっと、私を




ーー抱きしめた。


「大丈夫だよ。俺がそばにいてあげる。だからなんで泣いてるのか、教えて。」

柔らかい言い方と、優しく頭を撫でてくれながらぎゅっと抱きしめてくれている手に、心底安心しながらも、

本当に話してしまっていいのかな、なんて思う。


「俺ずっと、加藤ってなんか辛そうだなって思ってんだよね。だから、話して欲しい。」


…あ、

『ほんとさ、ゆきっぺって似てないよね』

あの時も、

『ちっちゃい頃から似てないの?』

あの時も、

『もはや、雰囲気から違うもんな』

あの時だって、

見てくれてる、


心配してくれてる人は、


ちゃんといてくれたんだ。

なんか、もう全部どうでも良くなっちゃった。


「あっ、のね私…ご存知かもしんないけど、姉2人がいて、ね、」


泣きながら話してるから、辿々しいはずなのに黒田君はうんうんと頷いてくれた。

真剣に聞こうとしてくれたのか、黒田君の温もりが離れる。


「その姉達はっ、すごく、似てるんだけどねっ、わたしっは、全然違くて…見た目も、好みも全部」


小学生の高学年ぐらいの頃かな。

自分のことをすみれの花や桜の木が揺れる心地よい春の季節に、

場違いに落ちた雪の結晶のようだと、思った。


「そのことを、ッからかわれて、しまって。」


再び、黒田君がぎゅっと抱きしめてきた。

今度は、さっきよりも強く。

そのせいか、涙は止まった。


「もう、嫌なの!お姉ちゃん達と似てないって言われる事がっ!…辛いのっ」


こんな事、初めて人に言ったかも。

黒田君じゃなきゃ、言えなかったかも。

黒田君は、しばらく無言で私の頭を撫でてくれていたけど、急にしゃがんで私の事を見上げた。


「いい、加藤?加藤が悩んでる事って全部、めっちゃくだらないとこだよ」


…なっ、!?

黒田君のことだから、優しく励ましてくれるのかと思ったら!!

なんとなくキッと黒田君を睨むと、黒田君はははって笑う。


「あいつら、多分からかってるつもりで言ってないと思う。面白がってるんじゃないかな?だから、気にしないで良いと思う。」


た、確かにそうかもしれない。


「このネクタイも、」


黒田君が私の制服のネクタイに手を伸ばす。


「今の話を聞く限り、加藤は本当はリボンの方が好きなんじゃない?」

「え、…」


確かに、言う通りだ。

少しでもお姉ちゃん達と共通点を作りたくて、自分の好きなリボンではなく、ネクタイをして学校に通っている。


「図星?」


黒田君がわざと意地悪く笑う。


こくこく頷くと、やっぱりって笑いを増す。

多分、雰囲気を明るくするために、わざとだ。

優しいな、黒田君。


「ねえ、加藤。明日から、俺になって。」


…は、?


「ど、どういう?」


よくわかんないことを言い出したら黒田君の瞳をまっすぐ見つめてみた。

そしたら、黒田君も聞いてね、などと言うかのように見つめ返してくれた。


「加藤はきっと、『自分に自信を持って!』って言っても、難しいでしょ?だから、俺の考えを真似して」


黒田君の考え…


「どんなの?」


聞いてみると黒田君は立ち上がって、私を見上げる体制から見下す体制になった。


「姉妹と、周りと違ってむしろ良くない?」


一言、響かせた言葉。

簡潔な言葉なのに、私の心には深く重く真っ直ぐ落ちていった。


「むしろ、良い…」


復唱する。
綺麗事かもしれないけど、私の心に1番必要な言葉で行動なのかもしれない。


「それと、多分周りの奴らに『いやだ』って言ったら、ちゃんと聞いてくれると思うよ。信じてみな。」


…あ、

私、怖くて。

大好きなはずなのに、友達のこといつの間にか信じていなかったのかもしれない。

それに、もし何かあってもー…


「…自分のことも友達のことも、信じるの難しくても、」


目線を下げていっていた事に気づき、上を向く。

上目遣いになってしまうかもしれないけど、これだけは、ちゃんと目を見て伝えたい。


「黒田君のことは、信じられる気がする!ありがとう!」


口角をこれでもかと上げて、ニコッとする。

すると黒田君は驚いたように目を見開いた。

しばらくの沈黙の末、黒田君は口を開いた、


「っ、い、いいよ。また、何かあったら言ってね。」


最後まで、やっぱり優しいなぁ〜。

なぜか、耳まで真っ赤だけど。

どうしたのだろう。さっきも何故か黙り込んでいたし、体調が悪いのかもしれない。


「ねえ、だいじょー」

ーキーンコーンカーンコーン…

あ、

そういえば、授業!

もう1時間弱も経ってしまっていたことに驚きながら、黒田君に声をかける。


「ごめんね!サボらせちゃったね!」


申し訳なくて黒田君を見るともう扉の方に向かっていて。


「加藤、戻ろ」


微笑んでいた。







ー…


お風呂から上がって、明日の学校の支度をする。

明日、化学あるんだ!苦手なんだよなぁ〜。

明日の予定も確認しながらスクールバッグに教科書を詰めて、最後にハンガーにかけてある制服を見る。

「っ、よし」


意を決して、棚からリボンを取って制服の襟元に、カチッとつける。

それとほぼ同時に、

ガチャッ!


「由希〜!」

すみれお姉ちゃんとさくらお姉ちゃんが私の部屋に入ってきた。


「どうしたの?」


パッと視線を、制服から2人のお姉ちゃんへと移す。


すみれお姉ちゃんはロックTシャツにデニムのショートパンツを、

さくらお姉ちゃんは同じ色のタンクトップとカーゴパンツにカーディガンを着ていて、

2人ともすごく似合っている。


「明日、ママがさぁ〜って…由希リボンで行くの?」


さくらお姉ちゃんが私の制服を見て言った。


前の私なら、「そんな訳ないじゃ〜ん」なんて誤魔化していたかもしれない。

けど今は、


「うん。そうなの!」


黒田君を信じたいよ。


「へぇーいいじゃん!」

「うちらの学校のリボン、形かわいいよね」


…自分がしたい事をして、それを悪く言われないのってこんなに嬉しいんだ。


それを気づかせてくれたのも、黒田君だよね。

そう思うと、感謝の気持ちが募っていく。

明日の学校、なんだか楽しみ…かも。

そんなこと思ったのも初めてだな。






「今日由希、リボンなの?」


教室に入るや否、いつメンの1人が話しかけてきた。

その声を聞きつけてか、いつメンがわらわらと集まってくる。

ー…もちろん、黒田君も。


「うん!リボンの方が好きなんだ!」


ニコッと微笑みながら言う。

怖いけど、でも信じているから。

私の事を変えてくれた、

黒田君の事を。


「いいじゃん!ゆきっぺに似合う!」

「お姉さん達とは違うけど、ゆきっぺらしいね!」


“お姉さん達と違う”

ね。

個性があって、いいでしょう?


「あ、ね!そういえばさ!」


話題が移り変わって、私と黒田君を覗くいつメン達が席に向かって進みだす。


「黒田君。ちょっと来て」


廊下にでながら黒田君に声をかけると、私がしようとしている行動を読んだように微笑んでくれて。

そんな黒田君の様子を確認した私は、数学準備室へと急いだ。


「黒田君!本当にありがとう。私、変われたよ!」


昨日から何度目かわかんない感謝の言葉を伝える。


「ううん。加藤の頑張りもあるよ。」


ああ、やっぱり黒田君は優しいな。

感謝を伝えに来たのに、私の方が嬉しい気持ちになってしまっている。


「それに、リボン似合ってるし。可愛い。俺、好きだな。」


黒田君が私のリボンを整えながら、ニコッと笑う。

うんうん。やっぱ優しいなぁ〜。


……


………え?

黒田君凄いこと言ってない?

つ、疲れてるのかな…

私が可愛い訳ないし。 

はたまた、私の聞き間違い?

ぐるぐる考えていると、向こうも急に黙り込んだ。

な、何!?なんで黙っているの?

気まずい沈黙を破ったのは、向かいにいる彼。


「加藤、好きだよ。」


ーそんな、言葉で。


「……」

「あれ、聞こえなかった?加藤の事がー」

「……え、?」

「ん?」

「え、え、ええ、」

「?」

「えええええええええええええええ!!」


す、好き?それって、わ、私の事がッ?

慕ってるって意味で?ん?え?

突然の告白に、頭の中がパニック状態に陥る。



ー3人姉妹で、1人だけ何もかも違う私。

そんな私は、どうやら人生初の告白をされてしまいました。

これから一体、どうなってしまうのでしょうか…。