甘々とロマンス中毒

知らない人…———

パンプスから鳴る、コツコツとした甲高い音が響いた。あやちゃんが振り返り、立ち止まって愛想良く笑った。

「(なにを話しているんだろう)」

いけないことだとわかっていても、聴き耳を立ててしまった。あやちゃんの黒髪が、まだ暑さの残る生温い風に靡くのを見つめて。


「お疲れ様です。珍しいですね、先生が定時上がりなんて」

「雪村くん知らない?ウチは毎週水曜、ノー残業デーなの。いつも遅くまで仕事してるんだから、今日は有り難く社の恩恵を受け取って、さっさと帰るってことよ」

「そうだったんですね、初耳です」
「インターン初日に聞かされてない?」

「はい」と、頷く端正な横顔が、いつもより大人に見えた。

「ああ…。でも言われてみれば、課長が皆さんに早く帰るよう声かけしていました。だから、僕も今日は17時ちょうどに帰れたわけですね(昨日の“明日は残らなくていいから”はこう言うことか)」


女の人が上司だとわかると、こころのモヤが少しだけ晴れる。なのに、私だけぽつんと置き去りにされたような、割って入れない仕事の話に足が竦んでいた。


「この事務所に就職するなら、覚えておいた方がいいわよ。じゃあ、娘の迎えに行くから失礼するわね」

「(わぁ〜〜。仕事ができる“大人の女性”って感じだ)」


かっこよく歩き去る女の人を、私はぼうっと眺めた。あやちゃんが一人になったタイミングで、意識がぱっと戻った。


「ぁ……」
「雪村さ〜〜ん!」


今度も………誰っ!?