推しが死んだので、わたしの体を差し出した

 また中学校でみんなからバカにされた……。

 悲しくて、悔しくて……心が張り裂けそうになる。

 でも、負けない……。

 だって、わたしには八神光(やがみひかる)くんがいるから……。


 涙を拭って、一人、真っ暗な部屋の中でスマホのアプリを開いた。フォロワー100万人以上の人気アイドルグループファントムのリーダー八神光くんのSNSをチェックするためだ。
 なかなかコンサートチケットは当たらなくて、1回だけしかライブには行ったことがない。

 でも、その1回で虜になった。
 キラキラして眩しい笑顔、柔らかくて優しい瞳。
 飾らない等身大のアイドルだった。
 それなのに歌も上手くて、運動神経も抜群!
 おまけに全国1位の進学校に通っている天才!

 何もかもがわたしと違っていたけれど……それでも本気で好きだった。

「今日はどんなポストをしているのかな?」

 毎日の生きる希望。
 元気の源。
 だったのに……ネットをチェックすると信じられない文字が並んでいた……。

『八神光、交通事故で死去』

 わたしの世界が壊れた気がした。唯一の支えがいなくなっちゃった。寂しい。苦しい。これからどうしたらいいの?

 泣き虫なわたしはベッドの中で再び泣いて……3日後にあるファンのための葬式に参加することにした。



 ___________……

 参加したお葬式には全国からファンが参列していた。見たこともないような大きな花がいくつも飾られている。
 みんなから愛されていたんだね。

 八神くんの顔は見られなかった。見なくてよかったのかもしれない。悲しくて耐えられないから。花を一輪お供えして、流されるように足を進めた。

 中学校には通う勇気がなくて、サボっていた。

 でも、葬式が終わったら登校してみようと思う。

 八神光くんの分も頑張っていきないといけないのかもしれない。そう思っていたから。

 お葬式には参加して良かった。

 そう思った時だった……。

「オマエ、立派じゃん」
「えっ!?」

 目の前に八神光くんが立っている。でも、誰も気がついていないみたいだった。

「ま、まぼろし?」
「お、なになに、オマエ、オレが見えるのか? そうか……こんな地味な女の子が神様の言っていた子だったなんてな……」
「な、なんのこと!?」
「いや、神様にさ、やり残したことがあるならもう一度生き返らせてやるって言われたんだ。その代わり、肉体は自分で探せってさ。波長の合う人間がいるからって……芸能関係者とか家族とか、いろんな人に声をかけてみたけれど誰とも波長が合わなくてさ……なぁ、オレにオマエの体を貸してくれないか?」


「ええええっっっ!!!!!!!」

 突然大声を出したわたしは葬式会場からつまみ出されてしまった。ドキドキが止まらない。ま、まぼろし? 幽霊? なにあれ?

「ドジだなぁ。まぁ、気持ちはわかるけれどさ。オレも幽霊なんて見たことなかったし。あ、嫌なら良いんだ。女の子だしな。恥ずかしいだろうし……」

「……いいよ」

「え?」

「わたしの体を貸してあげる……わたし、子どもだけど、八神くんとなら結婚しても良いって思っていたし……あ、迷惑かもしれないけどっ……」

八神くんは目を丸くしている。

「い、いや……結婚しても良いなんて初めて言われたからびっくりしただけだよ。わかった。オマエの体、自分以上に大切にするから……」

 八神くんの手とわたしの手が重なるのがわかる。死んでいるはずなのに、まるで生きているみたいに存在を感じる。

 ぎゅっと目を閉じると、八神くんはいなくなっていた。
 代わりに黒いスーツを着た警備員さんの顔が……。

「ショックだろうけれど、大声出したらみんなに迷惑がかかるから」

 おお、優しい警備員さんだ。こういうケースは意外とあるのかもしれない。大好きな推しになにかあったら、そりゃそうだよね。

「夢だったのかなぁ?」

 葬式会場から一歩外に出ると、頭の中で男の子の声がした。

「夢じゃないよ。オレは確かにここにいるぜ」

「ひ、ひえええっ! や、八神くんっ!?」

「あまり大声を出すな。もう、半分はその体はオレのものなんだぜ」

 わたしの口が勝手に喋り出す。こ、これからずっと八神くんと一緒なのっ!? ほ、ほんとうっ!?
 いまさらながら恥ずかしすぎて顔が耳まで真っ赤になる。

「ねぇ、八神くんのやり残したことってなんなの?」

「聞きたいか?」

「うん……」

「普通の恋をすることだよ……」

 ……。

「そ、それって、女の子と付き合うってこと!?」

「まぁ、そういうことになるな。でも、恋したことないからわかんねぇや。もしかしたら男の子を好きになるかもしれないし」

 うーん、どうしようっ……。

 わたし、これからどうなっちゃうの!?