「ねぇ! 休み時間だしボイトレしようよっ!」
教室の中では短い休み時間だというのにクラスメイトが集まって机を囲んでいた。
ボイトレといってもボイストレーニング、つまり歌の練習をするわけではない。ボイストレーディングカード、略してボイトレを遊んでいるのだ。
「ボイスカードっ! メダカスクール!」
子どもたちにお馴染みの童謡から流行の歌まで様々な歌がボイトレには採用されている。だから、お父さんやお母さんが好きだった昔の歌手のカードをデッキに採用してもいいし、童謡を採用している子もいる。クラスでは童謡かアニメの人気曲でデッキを組む子が多い。AIが自分に合ったオリジナルの曲を作曲してくれる仕組みもある。
そして、歌の上手さと周りの盛り上がりをロボットが測定して勝ち負けを競うのだ。
「水面(みなも)に映るあなたは〜♪」
クラスのリーダー的存在である響杏子(ひびききょうこ)が綺麗な歌声で歌い始めると勝ち負けなんか関係なくみんなのテンションが上がっていくのがわかる。これがボイトレの魅力だ。少しだけステージに立ったアイドルみたいな気分になれるし、いろんな歌に詳しくなれる。
「あれ? いちごちゃんはやらないの?」
椅子に座ってぼんやり杏子ちゃんたちを見つめているわたしに、クラスの数少ない友達である外国人のソアちゃんが塾の参考書を片手に声をかけてくれた。
「うん、わたしの家はあんまりお金ないし、ボイトレは買えないかな。それにみんなの前で歌うのなんか恥ずかしいし」
「ふふっ、いちごちゃんはいわゆる陰キャね! もっとも、陰キャなのはわたしもだけどさ。でも、私立中学に受かったら軽音楽やってみたいと思っているんだっ! 内緒だけどね! 人ってわたしみたいに陰キャでも地味でも、ちょっとしたきっかけで変われると思う!」
「おおっ、なになに、めちゃ意外っ!! 軽音楽ってことは、ソアちゃんがバンド組んでギターとか弾いちゃうんだ! かっこいいっ!」
「軽音楽部がある学校に受かったらの話だよ。今はお母さんに勉強をがんばりなさいって言われているしさ。わたしはもう受験はしたくないから大学まで試験なしでいける学校を受験するつもり」
ソアちゃんはすごいな。小学5年生なのにもうそんなことまで考えているんだ。わたしには1年後の6年生になった時のことすら想像ができない。ソアちゃんも杏子ちゃんもみんなキラキラして眩しいな。わたしは運動も勉強もダメだし、お金がないからバレエとかピアノみたいなおしゃれな習い事をしたこともない。まあ、やってみて続くかはわからないけれど。
「軽音楽か……わたしも大きくなったらやってみたいかも」
「それいいね!」
ソアちゃんはぐーっと親指を立ててわたしのことをはげましてくれる。ソアちゃんのおかげでハッピーな気持ちになれたしっ!
とはいえ……やっぱり放課後になると寂しい。5年生にもなるとみんな塾や習い事があるから、なかなか一緒に遊べないのだ。おまけにお母さんはお仕事が忙しくて帰ってくるのはとっても遅い。
「ただいまー」
ドアを開けても返事は返ってこない。もうなれちゃったけれど、それでも寂しいのは今日がわたしの誕生日だからだ。漫画みたいに友達とバースデーパーティーをしてみたいけれど、現実はひとりぼっちの誕生日。思わずため息がでる。
「パソコンでアニメでもみようかな。ハッピーな気分になれるしっ」
ランドセルを置いて、家族用のパソコンが置いてあるリビングのテーブルを見ると、ピンクのリボンでラッピングされた四角い箱が置いてあった。
「もしかしてお母さんが誕生日プレゼント買ってくれたのかな!? なんだろう? この大きさはぬいぐるみ?」
包装を丁寧に開いていくと、ボイストレーディングカードスターターパック、という文字が見えた。
「わぁ! ボイトレはいつも売り切れててなかなか買えないって言われてたのにっ! めっちゃハッピーっ!!」
箱の中には歌の上手さを測定するロボットが入っている。わたしはフリルのついた黒いドレスを着た女の子のロボットを手に取り、スイッチを入れた。
「はぁっーはっはっはっ! あたくしの名前はソングですわ!」
お姫様みたいな銀色の髪に夕日のような真っ赤な瞳をしていた女の子のロボット。ちっちゃくてかわいい。妹ができたみたいだ。
「ソングちゃん可愛いなぁ。でも、語尾のですわってなに?」
「それはあたいがヴァンパイアの女の子をモチーフにしたプリンセスロボットだからですわっ!!」
ヴァンパイアってこんな感じなのかな? まぁ、かわいいからいいか。
「さあ、パックを開封してみるですわ!」
「ああ、そうだね。ふふっ、なんだか楽しいっ!」
ソングちゃんをほっぺたでなでなでしながらカードパックに目をやった。
「当たるといいなぁ」
「ボイトレにハズレはないですわ、どんな歌も歌う人次第で当たりですわ」
「そうは言ってもさ、わたしにも好みはあるし、お母さんやおばあちゃんが好きな曲よりは、若い子向けの曲がいいな」
丁寧にパックを開封すると、知らない海外の曲が入っていた。
「なにこれ?」
「これはビードルーズいう海外のレジェンドアーティストの曲ですわ! 今でも世界中で愛されているバンドなんですのよ」
ならこれは当たりかな。英語の苦手なわたしが英語の歌詞を歌えるのかはわからないけれど。
「このパックはどうかな?」
「これは演歌ですわ!」
「なんだかさっきから大人向けのカードが多いなぁ」
なかなか自分が欲しいカードは出ない。それもまたトレカの楽しみなのかもしれないけれど。
「あ、これは知ってる! アニメの曲だ!」
「よかったですわね! さっそく歌ってみるですわ!」
「うんっ、寂しい気持ちが紛れるし、わたしの実力も試してみたい。いきなりみんなの前で歌うのは恥ずかしいからね。まずは一人で練習っ!」
ソングちゃんの口から元気が溢れてくるような音楽が流れる。リズムに合わせて勇気を出して歌ってみる。
「いぇーい! 自由のない生活なんて退屈な日常だけど! 子どもにはそんな日々も変える力があるんだ♪」
小学生に人気のアニメの曲だった。学校でも運動会や給食の時間に歌が流れてきたから知っていたのだ。
「どう? ソングちゃん」
「うーん、上手いというか個性的な声ですわねぇ。ボイトレで勝つにはもっと練習しないとダメですわっ! でも、歌いすぎには注意ですのよっ。のどが痛くなって、声を出すのが辛くなってしまうですわ。そういう時はちゃんと休むのですわ!」
ボイトレには1パックに1枚しか曲のカードが入っていない代わりに曲と同じギターのカードなども入っていて、カードをギターにみたてて、指で弾く真似をすると音が鳴ったりする。
カードをみていたら、ソアちゃんが軽音楽をやりたいと言っていたことを思い出した。
「あのさ、もしかして友達と一緒にボイトレでバンドとか組める?」
「組めるですのよっ、最大3人チームで対戦することもできるですわっ」
なるほど、ソアちゃんたちとチームを組んで対戦したりもできるのか。カードは貸してあげればいいだろうし。あ、でもソアちゃんもボーカルやりたいかもしれないな。ま、それはあとで考えればいいか。どうしてもみんなの前で歌いたいわけでないし……というか、どちらかというとみんなの前で歌うのは恥ずかしい。杏子ちゃんみたいにおしゃれで可愛くてキラキラしていたら堂々歌えるかもしれないんだろうけれど。
「ルールはゆっくり覚えていけばいいのですわっ! 対戦するですっ!」
「ええっ? 対戦って誰と?」
「インターネットに接続することで世界中の人たちとボイトレバトルができるんですわっ! 大会もあるんですのよ。優勝すると! なんとアイドルや歌手としてプロデビューできるのですわっ!」
「ぷ、プロ? アイドルとか歌手になれちゃうの?」
「優勝したら……の話ですわ。今の実力だとかなり難しいですわね」
学校で歌うのは恥ずかしいけれど、ネット対戦ならできるかも。それに……ソアちゃんを誘ってバンドとか組んでみたいな。プロデビューしてアイドルになれたらめちゃくちゃハッピーだしっ!
「じゃあ、試しに1回だけ対戦してみようかな」
「あなたの名前を教えるのですわ」
「わたしの名前は忠野(ただの)いちごだよ」
「本当の名前じゃなくて、ネット対戦で使う名前ですのよ。本当の名前を使うのはネットでトラブルに巻き込まれることもあるからゼッタイにダメなのですわっ!!」
「ああ、そういうことか。じゃあ、ストロベリーでいいや。いちごって名前だし」
それにしても、ソングってロボットすごいな。ソングだけでも売り物になる気がする。わたしにはAIとかロボットって難しくてよくわからないけれど、最近のロボットってこんなによくできているのか。他の子もサポートロボットを持っているけれど、みんな猫とかウサギとかパンダとか、そういう可愛い動物のロボットだった。ヴァンパイアの女の子だなんて、もしたら大当たりを当てたのかもしれない。めちゃハッピーっ!
「ふむ、ふむ、対戦相手が決まりましたですわっ! 相手の名前はファントム」
ソングが興奮気味に口を開く。
「おお、どんな相手?」
「現在99連勝中の男性みたいですわ。声の感じからすると子どもみたいですわね」
「ええええっ、いきなりそんなに強い人と対戦するの嫌だよ。負けちゃうじゃん!」
「ストロベリーちゃんに最適の相手だと計算が出ましたのですわ。ですが、ロボットのあたくしにもなんでこんなに強い人が対戦相手なのかは計算不能ですわね……降参するという方法もありますわ」
初戦から降参するのもな。やるだけやってみるか……。
「どのカードを使いますの?」
「さっき当てたアニソンで勝負するよ!」
「相手との対戦が開始しますわ! 礼儀正しい対戦を心がけるのですわ! 相手をバカにするような不適切な言葉を発したら即座に敗北になるので注意するのですわ」
ああ、インターネットだとそういう悪さをする人もいるからね。ネット対戦って少し怖いかも。
「まずは、相手からですわ。歌が流れるので聴いてみてくださいですわ。聴かないという選択もできますけど、どうしますの?」
「悪い大人もいるから相手の歌を聴かないという選択もできるのか。でも99連勝するような人の歌声ならちょっと聴いてみたいかも」
「わかりましたですわ、流しますですわ。相手には、先ほどストロベリーが歌った音声を送っておきましたですわ」
「えええっ、歌ってバトルしたかったな」
「たくさん歌うとノドを痛めますのよ、ほどほどが大切ですわっ! さあ、ファントムの歌が流れますわっ!」
「泣きたくなる日もあるよね♪ 大人に理解されない日常……俺はわかってあげるよ♪ 俺はキミだけのアイドルだからっ!!」
どこかで聴いたことがある歌声だ。テレビとかネットで聴いたことがあるような……。
「こ、これは、相手はプロクラスの歌声ですわっ!」
「ええっ!?」
そんな人もいるのか。まあ、しょうがないよね。
「ざんねんですが、初戦は……あれ、相手が降参しましたわ! ストロベリーさんっ! 記念すべき初勝利ですわよっ! しかもこんなに強い方を相手にっ!」
「ほ、本当っ!? わたしって歌の才能があるのかな?」
「うーん、ロボットのあたくしにはストロベリーさんは平凡な歌声に思えますが、人の心があれば、もしかしたら違う答えなのかもしれないですわねっ」
教室の中では短い休み時間だというのにクラスメイトが集まって机を囲んでいた。
ボイトレといってもボイストレーニング、つまり歌の練習をするわけではない。ボイストレーディングカード、略してボイトレを遊んでいるのだ。
「ボイスカードっ! メダカスクール!」
子どもたちにお馴染みの童謡から流行の歌まで様々な歌がボイトレには採用されている。だから、お父さんやお母さんが好きだった昔の歌手のカードをデッキに採用してもいいし、童謡を採用している子もいる。クラスでは童謡かアニメの人気曲でデッキを組む子が多い。AIが自分に合ったオリジナルの曲を作曲してくれる仕組みもある。
そして、歌の上手さと周りの盛り上がりをロボットが測定して勝ち負けを競うのだ。
「水面(みなも)に映るあなたは〜♪」
クラスのリーダー的存在である響杏子(ひびききょうこ)が綺麗な歌声で歌い始めると勝ち負けなんか関係なくみんなのテンションが上がっていくのがわかる。これがボイトレの魅力だ。少しだけステージに立ったアイドルみたいな気分になれるし、いろんな歌に詳しくなれる。
「あれ? いちごちゃんはやらないの?」
椅子に座ってぼんやり杏子ちゃんたちを見つめているわたしに、クラスの数少ない友達である外国人のソアちゃんが塾の参考書を片手に声をかけてくれた。
「うん、わたしの家はあんまりお金ないし、ボイトレは買えないかな。それにみんなの前で歌うのなんか恥ずかしいし」
「ふふっ、いちごちゃんはいわゆる陰キャね! もっとも、陰キャなのはわたしもだけどさ。でも、私立中学に受かったら軽音楽やってみたいと思っているんだっ! 内緒だけどね! 人ってわたしみたいに陰キャでも地味でも、ちょっとしたきっかけで変われると思う!」
「おおっ、なになに、めちゃ意外っ!! 軽音楽ってことは、ソアちゃんがバンド組んでギターとか弾いちゃうんだ! かっこいいっ!」
「軽音楽部がある学校に受かったらの話だよ。今はお母さんに勉強をがんばりなさいって言われているしさ。わたしはもう受験はしたくないから大学まで試験なしでいける学校を受験するつもり」
ソアちゃんはすごいな。小学5年生なのにもうそんなことまで考えているんだ。わたしには1年後の6年生になった時のことすら想像ができない。ソアちゃんも杏子ちゃんもみんなキラキラして眩しいな。わたしは運動も勉強もダメだし、お金がないからバレエとかピアノみたいなおしゃれな習い事をしたこともない。まあ、やってみて続くかはわからないけれど。
「軽音楽か……わたしも大きくなったらやってみたいかも」
「それいいね!」
ソアちゃんはぐーっと親指を立ててわたしのことをはげましてくれる。ソアちゃんのおかげでハッピーな気持ちになれたしっ!
とはいえ……やっぱり放課後になると寂しい。5年生にもなるとみんな塾や習い事があるから、なかなか一緒に遊べないのだ。おまけにお母さんはお仕事が忙しくて帰ってくるのはとっても遅い。
「ただいまー」
ドアを開けても返事は返ってこない。もうなれちゃったけれど、それでも寂しいのは今日がわたしの誕生日だからだ。漫画みたいに友達とバースデーパーティーをしてみたいけれど、現実はひとりぼっちの誕生日。思わずため息がでる。
「パソコンでアニメでもみようかな。ハッピーな気分になれるしっ」
ランドセルを置いて、家族用のパソコンが置いてあるリビングのテーブルを見ると、ピンクのリボンでラッピングされた四角い箱が置いてあった。
「もしかしてお母さんが誕生日プレゼント買ってくれたのかな!? なんだろう? この大きさはぬいぐるみ?」
包装を丁寧に開いていくと、ボイストレーディングカードスターターパック、という文字が見えた。
「わぁ! ボイトレはいつも売り切れててなかなか買えないって言われてたのにっ! めっちゃハッピーっ!!」
箱の中には歌の上手さを測定するロボットが入っている。わたしはフリルのついた黒いドレスを着た女の子のロボットを手に取り、スイッチを入れた。
「はぁっーはっはっはっ! あたくしの名前はソングですわ!」
お姫様みたいな銀色の髪に夕日のような真っ赤な瞳をしていた女の子のロボット。ちっちゃくてかわいい。妹ができたみたいだ。
「ソングちゃん可愛いなぁ。でも、語尾のですわってなに?」
「それはあたいがヴァンパイアの女の子をモチーフにしたプリンセスロボットだからですわっ!!」
ヴァンパイアってこんな感じなのかな? まぁ、かわいいからいいか。
「さあ、パックを開封してみるですわ!」
「ああ、そうだね。ふふっ、なんだか楽しいっ!」
ソングちゃんをほっぺたでなでなでしながらカードパックに目をやった。
「当たるといいなぁ」
「ボイトレにハズレはないですわ、どんな歌も歌う人次第で当たりですわ」
「そうは言ってもさ、わたしにも好みはあるし、お母さんやおばあちゃんが好きな曲よりは、若い子向けの曲がいいな」
丁寧にパックを開封すると、知らない海外の曲が入っていた。
「なにこれ?」
「これはビードルーズいう海外のレジェンドアーティストの曲ですわ! 今でも世界中で愛されているバンドなんですのよ」
ならこれは当たりかな。英語の苦手なわたしが英語の歌詞を歌えるのかはわからないけれど。
「このパックはどうかな?」
「これは演歌ですわ!」
「なんだかさっきから大人向けのカードが多いなぁ」
なかなか自分が欲しいカードは出ない。それもまたトレカの楽しみなのかもしれないけれど。
「あ、これは知ってる! アニメの曲だ!」
「よかったですわね! さっそく歌ってみるですわ!」
「うんっ、寂しい気持ちが紛れるし、わたしの実力も試してみたい。いきなりみんなの前で歌うのは恥ずかしいからね。まずは一人で練習っ!」
ソングちゃんの口から元気が溢れてくるような音楽が流れる。リズムに合わせて勇気を出して歌ってみる。
「いぇーい! 自由のない生活なんて退屈な日常だけど! 子どもにはそんな日々も変える力があるんだ♪」
小学生に人気のアニメの曲だった。学校でも運動会や給食の時間に歌が流れてきたから知っていたのだ。
「どう? ソングちゃん」
「うーん、上手いというか個性的な声ですわねぇ。ボイトレで勝つにはもっと練習しないとダメですわっ! でも、歌いすぎには注意ですのよっ。のどが痛くなって、声を出すのが辛くなってしまうですわ。そういう時はちゃんと休むのですわ!」
ボイトレには1パックに1枚しか曲のカードが入っていない代わりに曲と同じギターのカードなども入っていて、カードをギターにみたてて、指で弾く真似をすると音が鳴ったりする。
カードをみていたら、ソアちゃんが軽音楽をやりたいと言っていたことを思い出した。
「あのさ、もしかして友達と一緒にボイトレでバンドとか組める?」
「組めるですのよっ、最大3人チームで対戦することもできるですわっ」
なるほど、ソアちゃんたちとチームを組んで対戦したりもできるのか。カードは貸してあげればいいだろうし。あ、でもソアちゃんもボーカルやりたいかもしれないな。ま、それはあとで考えればいいか。どうしてもみんなの前で歌いたいわけでないし……というか、どちらかというとみんなの前で歌うのは恥ずかしい。杏子ちゃんみたいにおしゃれで可愛くてキラキラしていたら堂々歌えるかもしれないんだろうけれど。
「ルールはゆっくり覚えていけばいいのですわっ! 対戦するですっ!」
「ええっ? 対戦って誰と?」
「インターネットに接続することで世界中の人たちとボイトレバトルができるんですわっ! 大会もあるんですのよ。優勝すると! なんとアイドルや歌手としてプロデビューできるのですわっ!」
「ぷ、プロ? アイドルとか歌手になれちゃうの?」
「優勝したら……の話ですわ。今の実力だとかなり難しいですわね」
学校で歌うのは恥ずかしいけれど、ネット対戦ならできるかも。それに……ソアちゃんを誘ってバンドとか組んでみたいな。プロデビューしてアイドルになれたらめちゃくちゃハッピーだしっ!
「じゃあ、試しに1回だけ対戦してみようかな」
「あなたの名前を教えるのですわ」
「わたしの名前は忠野(ただの)いちごだよ」
「本当の名前じゃなくて、ネット対戦で使う名前ですのよ。本当の名前を使うのはネットでトラブルに巻き込まれることもあるからゼッタイにダメなのですわっ!!」
「ああ、そういうことか。じゃあ、ストロベリーでいいや。いちごって名前だし」
それにしても、ソングってロボットすごいな。ソングだけでも売り物になる気がする。わたしにはAIとかロボットって難しくてよくわからないけれど、最近のロボットってこんなによくできているのか。他の子もサポートロボットを持っているけれど、みんな猫とかウサギとかパンダとか、そういう可愛い動物のロボットだった。ヴァンパイアの女の子だなんて、もしたら大当たりを当てたのかもしれない。めちゃハッピーっ!
「ふむ、ふむ、対戦相手が決まりましたですわっ! 相手の名前はファントム」
ソングが興奮気味に口を開く。
「おお、どんな相手?」
「現在99連勝中の男性みたいですわ。声の感じからすると子どもみたいですわね」
「ええええっ、いきなりそんなに強い人と対戦するの嫌だよ。負けちゃうじゃん!」
「ストロベリーちゃんに最適の相手だと計算が出ましたのですわ。ですが、ロボットのあたくしにもなんでこんなに強い人が対戦相手なのかは計算不能ですわね……降参するという方法もありますわ」
初戦から降参するのもな。やるだけやってみるか……。
「どのカードを使いますの?」
「さっき当てたアニソンで勝負するよ!」
「相手との対戦が開始しますわ! 礼儀正しい対戦を心がけるのですわ! 相手をバカにするような不適切な言葉を発したら即座に敗北になるので注意するのですわ」
ああ、インターネットだとそういう悪さをする人もいるからね。ネット対戦って少し怖いかも。
「まずは、相手からですわ。歌が流れるので聴いてみてくださいですわ。聴かないという選択もできますけど、どうしますの?」
「悪い大人もいるから相手の歌を聴かないという選択もできるのか。でも99連勝するような人の歌声ならちょっと聴いてみたいかも」
「わかりましたですわ、流しますですわ。相手には、先ほどストロベリーが歌った音声を送っておきましたですわ」
「えええっ、歌ってバトルしたかったな」
「たくさん歌うとノドを痛めますのよ、ほどほどが大切ですわっ! さあ、ファントムの歌が流れますわっ!」
「泣きたくなる日もあるよね♪ 大人に理解されない日常……俺はわかってあげるよ♪ 俺はキミだけのアイドルだからっ!!」
どこかで聴いたことがある歌声だ。テレビとかネットで聴いたことがあるような……。
「こ、これは、相手はプロクラスの歌声ですわっ!」
「ええっ!?」
そんな人もいるのか。まあ、しょうがないよね。
「ざんねんですが、初戦は……あれ、相手が降参しましたわ! ストロベリーさんっ! 記念すべき初勝利ですわよっ! しかもこんなに強い方を相手にっ!」
「ほ、本当っ!? わたしって歌の才能があるのかな?」
「うーん、ロボットのあたくしにはストロベリーさんは平凡な歌声に思えますが、人の心があれば、もしかしたら違う答えなのかもしれないですわねっ」



